「幼児教育・保育の無償化による懸念を解消し、全ての子どもが良質な保育を受けられる保育制度の確立を求める会長声明」(2019年3月27日)


1  政府は、3歳児から5歳児までの幼児教育・保育の無償化を内容とする予算及び関連法案を今国会に提出し、予算については本日成立し、関連法案については現在、国会審議が行われている。
  乳幼児期は生涯に亘る人間形成において極めて重要な時期であり、全ての子どもが良質な幼児教育・保育を受けることは子どもの発達の権利を保障する上で重要な意義がある。幼児教育・保育の無償化は、全ての子どもが良質な保育を受ける環境整備の一環として重要であり、教育及び社会保障の普遍主義にも合致するものである。
    しかし、その一方で、保育については、他にも待機児童、保育士の処遇改善、保育の質の向上など様々な課題が指摘されているところである。そして、無償化予算の一部が自治体負担とされたことにより自治体財政が圧迫されて他の課題の解決が遅れることや、無償化によって保育需要が喚起されることによって、これらの課題がさらに深刻化するとの懸念が多くの自治体や専門家からなされている。

2  すなわち、まず、政府が定義する待機児童数は昨年4月時点で約2万人で、民間の調査機関によれば潜在的な保育需要は数十万人とも推計されている。
無償化以前の問題として、そもそも保育施設の整備が追い付かず、多くの子どもや保護者が保育を受けられない状況が続いている。こうした状況は、保護者、特に女性の就労継続を妨げ、出産を機に退職する女性は約5割で、男女共同参画社会の実現の妨げにもなっている。

3  次に、保育士の平均給与は、全産業平均を大きく下回る水準にあり、待遇に見合わない責任の重さや長時間労働などを背景として保育士不足が深刻な状況にある。深刻な保育士不足は、待機児童問題や保育の質に悪影響を及ぼす問題でもある。
現在、各自治体は、独自に保育士の処遇改善予算を組み、保育士確保に努めているが、今後無償化予算に圧迫され、十分な予算配分ができなくなるとの懸念がある。また、無償化による保育需要の増加は詰め込み保育を招き、さらなる保育現場の疲弊を招くことも懸念されている。

4  また、不十分な保育士配置基準、保育士の育成が追い付かないなどの事情を背景として、保育施設内での重大事故、児童虐待や不適切保育などの保育の質に関する問題が指摘されている。
    国の保育士配置基準は、1・2歳児は児童6人に保育士1人、3歳児は20人に1人、4・5歳児は30人に1人という極めて不十分な水準である。そのため、多くの自治体が独自予算を組み、上乗せ基準を設定し、各保育所も独自に基準を超える配置を行っていることも多い。配置基準の改善は、保育士の負担を軽減し、子どもの一人一人に対してより丁寧な保育を可能とするものであり、保育の質の向上のためにも非常に重要な政策である。また、処遇改善と合わせて保育士不足解消のために必要な政策と位置付けられ、これまで、保育団体や自治体が繰り返し国に対して要望を出してきたが、かえって小規模保育事業や企業主導型保育事業では一定割合で無資格者の保育を認める規制緩和が行われるに至っている。

5  さらに、公立保育所の運営費は、従来から市町村の全額負担とされていたところ、無償化予算も市町村が全額負担することとされた。公立保育所は、児童虐待への対応や障害児保育について重要な役割を担っている。児童虐待は喫緊の課題であり、障害児保育は障害の有無に関わらず共生する社会の実現のために重要であるが、無償化に伴い市町村の財政負担が増大し、公立保育所が廃止されるなど、機能低下が懸念される。

6  以上のとおり、幼児教育・保育の無償化は、全ての子どもが良質な保育を受ける環境整備の一環として重要な意味があるが、今日の保育制度全般における環境整備の状況は、待機児童、保育士の処遇改善、保育の質などの様々な課題が山積しており、かつ、これらの課題が複合的に絡み合っている。
したがって、当会は、子どもの権利や保護者の就労権、男女共同参画社会の実現などの観点から全ての子どもが良質な保育を受けられる保育制度を確立させるべく、政府に対し、幼児教育・保育の無償化を進めるのみならず、待機児童、保育士の処遇改善、保育の質などに関わる上記懸念を解消し、保育制度全般を改善するための十分な制度上、財政上の措置を講じることを求めるものである。

2019年(平成31年)3月27日

京  都  弁  護  士  会

会長  浅  野  則  明


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