共謀罪の新設に反対する意見書(2003年12月19日)


2003年(平成15年)12月19日

京都弁護士会

会長  塚本誠一


意見の趣旨


1  共謀罪は、処罰の対象となる行為の範囲を一義的に画定することができないという点において罪刑法定主義に反する上、処罰の対象となる犯罪類型が過度に広汎であるため、思想・表現の自由に対して不当な制約を及ぼすものである。
2  共謀罪は、共謀の有無それ自体を立証するため、捜査の自白獲得偏重に拍車をかけ、共犯者の虚偽自白を誘発する危険性が高く、さらに自白以外の証拠を確保するために、盗聴の拡大など通信の秘密を侵害しかねない捜査手法の無限定な導入を加速することにつながるものである。
3  「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」上も、今回提案されているような共謀罪を新設することが義務づけられているわけではない。
4  よって、当会は共謀罪の新設に反対するものである。

意見の理由


第1  提案されている共謀罪の概要
      共謀罪の新設を提案する「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」は、2003年3月に国会に上程され、衆議院の解散に伴って一旦は廃案となったが、再度、上程される見込みである。
      この共謀罪とは、「団体の活動として」、「当該行為を実行するための組織」により行われるものの遂行を共謀した者に対して、長期4年以上10年以下の懲役・禁錮の刑を定める罪を共謀した場合には2年以下の懲役・禁錮、死刑または無期もしくは長期10年を超える懲役・禁錮の刑を定める罪を共謀した場合には5年以下の懲役・禁錮を科すというものである。
      この共謀罪の新設は、形式としては組織犯罪対策法の改正案という形をとっているが、実質的には刑法を全面的に改悪するに等しい内容を含むものである。
      当会は、さる8月19日に「共謀罪の新設に反対する会長声明」を発表し、共謀罪の新設に反対してきたが、以下にその問題点を具体的に指摘し、改めて反対の意見表明をするものである。

第2  共謀罪の実体法上の問題
  1  原則的な問題点
現行刑法は、処罰に値するほど強度な違法性を有する客観的な「行為」を処罰の対象とするものであり、行為として外部に現れない人の「意思」や「思想」それ自体を処罰することはない。
ところが、共謀罪規定は、文字通り犯罪の「共謀」それ自体を処罰しようというものである。もしこれが、文字通りに適用された場合には、組織の属性や共謀の内容となった意思ないし思想に着目した刑罰の運用がなされることとならざるをえない。これは、現行刑法の考え方と決定的に矛盾する原則的な問題点である。
そもそも現行刑法は、あくまでも犯罪の既遂類型を処罰することを原則としており、一定の重要な法益を保護する場合に限り、例外的にその前段階である未遂類型や予備類型を処罰の対象としている。これは、現実的な結果発生ないしその危険性との結びつきにおいて、処罰の範囲を画定しようという現行刑法の基本的な思想の現れであり、共謀罪規定のように、犯罪実現の危険性と切り離して処罰の範囲を拡大する犯罪類型は、もともとこの枠組みになじまないのである。
  2  罪刑法定主義との抵触
ところで、共謀罪にいう「共謀」なる概念は、法制審議会での説明によれば、概念的には従前「陰謀」として理解されていたものと同義であるといわれている。
この「陰謀」という概念自体、定義づけは曖昧であるが、破防法の解釈に関し、「陰謀とは、2人以上のものが・・・・罪を実行する目的で、その実現の場所、時期、手段、方法等について具体的な内容をもった合意に達し、かつこれにつき明白かつ、現在の危険が認められる場合をいう」と定義づけた上で、「明白かつ現在の危険を伴う陰謀とは、その目的とする犯罪が、すでに単なる研究討議の対象としての域を脱し、きわめて近い将来に実行に移され、または移されうるような緊迫した情況にあるときと解される」旨を示した裁判例がある(東京地判昭和39年5月30日下集6巻5=6号694頁)。
ここでは、単なる形式的な意思の合致だけでは処罰するに足りず、それがあたかも現実化されるような危険性が外部から認められることが要求されているが、共謀罪規定でも同様の考え方がなされない限り、おおよそこれが現行刑法下で許容される余地はない。
しかし、仮に、共謀罪規定にこういった共謀内容があたかも現実化されるような危険性が外部から認められることを要求するように規定が定められたとしても、いかなる行為をもって、それがあったといえるかは、極めて抽象的かつあいまいであり、その限界は個別の犯罪類型を逐一分析していかざるをえない。ところが共謀罪規定は、560以上もの犯罪類型に適用されることになっており、その全部について、共謀罪の適用される範囲を一般的に予告することは不可能に近い。ある犯罪類型がどのような行為を犯罪として処罰の対象としようとしているかを予告する犯罪予告機能は、罪刑法定主義の基本原則であるが、共謀罪規定はこの要請を十分に満たし得ず、思想・表現の自由を萎縮させる効果をもたらしかねないという修正できない重大な問題点を有している。
  3  適用範囲の広汎性
さらに共謀罪規定は、法定刑の軽重のみを問題にして、その適用される犯罪類型を選別している。しかし、たとえば既遂類型を考えた場合、現に犯罪結果が生じたことを理由にこれが処罰の対象とされているからといって、それよりも前の段階である共謀までもが可罰的であるとは限らないことは、論を待たない。それどころか現行刑法は、未遂に至らない行為の処罰は極めて例外的な場合に限っており、共謀があったことのみを理由に広汎な行為を処罰の対象としようとは、全く考えていないのである。
もっとも共謀罪規定は、団体的かつ組織的に敢行される可能性のある場合に限ってこれを適用しようというものであるが、現行刑法が制定された当時でも、そういった方法で犯罪が実現される場合があることは想定されていなかったわけではあるまい。それにもかかわらず、共謀のみを理由にして処罰の対象とする犯罪類型をほとんど設けていないのは、やはりこれらが原則的に処罰に値するだけの違法性を有していないからである。
ある行為を犯罪として処罰の対象とするかは、その行為自体が処罰に値するだけの違法性を有しているかどうかという点を個別に検証して結論づけられなければならないが、共謀罪規定の犯罪類型の定め方は、共謀それ自体の違法性を検証することなく、その発展的類型が可罰的であることから一足飛びにこれを処罰の対象とするものである。その結果、共謀罪は560以上もの犯罪類型に適用されることになっており、その処罰範囲は過度に広汎で、思想・表現の自由を不当に制限するものであり許されないといわねばならない。

第3  共謀罪が捜査手法に及ぼす影響
  1  自白偏重捜査
      まず考えられるのが、自白等の供述による立証である。
      自白については、一般的に、虚偽自白によるえん罪の危険性が指摘されている。自白は、犯罪を実行していない者が自白することなどありえない、という意味で審判官に与える影響が大きく、当該犯罪の証拠の中では非常に有力な証拠と考えられがちである。しかし、犯罪を行っていない者が様々な事情によって虚偽の自白をすることは、これまでの歴史、幾多の裁判例が示すところである。そして、この虚偽自白の危険性は、自白以外に有力な証拠がなく、捜査機関が自白獲得に熱心になる場合に増大するが、今回導入されようとしている共謀罪は特に客観的、物的な証拠に乏しい犯罪類型であるため、個々の事案とは関わりなく、一般的に自白を偏重した捜査が行われ、虚偽自白を誘発する危険性が高い。つまり、多くの犯罪では自白の外に当該犯罪特有の証拠が存在し、常に自白を偏重した捜査が行われるわけではないが、共謀罪では一般的に客観的、物的証拠に乏しいため、まず自白獲得に向けた捜査が行われやすい。その結果、上述の虚偽自白が出現する確率が増大し、誤判の危険性が増すのである。
      以上の検討を前提にすると、共謀罪は捜査機関を自白獲得に駆り立てる犯罪類型ともいえる。歴史を紐解けば明らかなように、まず自白の獲得を想起させる犯罪類型が好ましいはずはなく、ここに共謀罪を犯罪化することの無理が現れている。
  2  危険な共犯者供述の増加
      次に、自白と共に共謀罪の立証に多用されると考えられるものに共犯者の供述がある。共犯者の供述については一般的に、共犯者は自己の罪を軽く見せるため他の者(実際には犯罪を行っていない者)を自己の犯罪に引っ張り込む危険があり、この場合、共犯者の供述には真実に合致する部分も存するから、当該共犯者供述が虚偽であると見抜くことは難しい、といわれている。しかも、今回の法案では、共犯者が捜査機関に共謀罪に該当する事実を申告した場合、その者は刑を減免されることになるのだが、これでは共犯者が他の者を犯罪に引っ張り込み、共犯者自身は刑の減免を受けようとする危険性、つまり虚偽供述の危険性が益々高まるといえる。それどころか、他の者を陥れる手段として、この共謀罪が悪用される危険(犯罪事実がないにもかかわらず、共謀したとして捜査機関に申告する危険)すらある。
      このように、共謀罪の導入によって、虚偽自白、共犯者の虚偽供述が行われる可能性が高まり、その結果として誤判の危険が増大する。
  3  捜査方法の無限定な拡大の危険
      共謀罪の捜査については客観的、物的証拠がなく、捜査機関が捜査に困難をきたすことは目に見えている。そうすると、共謀罪の実効的捜査手段の確保のため上記自白等の供述証拠以外の証拠、或いは、自白の補強証拠を収集可能にし、共謀罪を実効化するためとの大義名分で、なし崩し的に捜査方法の拡充のための法改正、法制定が行われることは十分に予測される。つまり、共謀罪の導入は上述の危険に加えて、本当に必要なのかどうか議論が尽くされない状態のまま、安易に捜査方法を拡大する危険を孕んでいるのである。
      具体的には、電話等を用いた共謀の立件のため犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(以下、「通信傍受法」という。)の適用される犯罪を拡大すること、メール等を用いた共謀の立件のため電気通信回線で接続しているパソコンや他の記録媒体等のデータの差押えを容易にすること、果ては、電話、メール等を用いない対面による共謀を立件するため屋内盗聴を可能とすること等が考えられる。例えば、さる9月10日に出された法制審議会答申(ハイテク犯罪に対する刑事法の整備要項)では、あるパソコンに対する差押令状で当該パソコンとLAN等で接続されている全てのパソコン、記録媒体等からのデータの取得が可能とする法改正が提起されているが、共謀罪の新設はこのような通信の秘密を侵害しかねない捜査手法の無限定な導入を加速することにつながる。
      このような捜査方法の急激な拡大は、法による人権保障機能を大幅に弛緩させ、場合によっては不当な権利制限を強いる危険があるため、立法事実と共に捜査権限が広範に過ぎないか、捜査を受ける者にとってより制限的でない法設計が可能なのではないか、との点が十分に検討されるべきであるが、現在までに行われてきた議論を前提にすると、上記のような法改正、法制定を根拠付ける立法事実さえ見出すことができないのである。例えば、2000年8月15日施行された通信傍受法についていえば、同法は犯罪事実の解明という利益と通信の秘密の保護との調和を図るため、適用要件を厳格に絞り、適用される犯罪を限定しているが、同法の施行からわずか3年しか経過していない現時点において、どこをどう見渡しても同法の限定を緩和する程の立法事実の変化があったことが見えてこないのである。

第4  「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」との関係
  1  本条約の概要
      共謀罪新設の提案は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(以下、「本条約」という。)の批准に伴うものであるとされている。
      本条約は、国連総会の下に置かれた「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」で1999年から起草作業が進められ、2000年12月の国連総会で採択され、2003年9月29日に発効した。なお、2003年5月14日、国会はこの条約の批准を承認している。
      本条約は、性質上越境的で、かつ、組織的な犯罪集団が関与する犯罪の防止のために、重大犯罪の共謀、証人等の買収、公務員の腐敗行為、マネーロンダリングなどの犯罪化と、コントロールドデリバリーなどの新たな捜査方法の導入、犯罪人引渡などの国際共助を求めるものである。
  2  「越境性」と「組織的な犯罪集団の関与」
  本条約は、その第3条1項において、条約の適用範囲を「性質上越境的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」としている。
  このうち、「性質上越境的なもの」とは、「二以上の国において行われる場合」および、「一の国において行われるもの」であっても「その準備・計画・支持又は統制の実質的な部分が他の国において行われる場合」「二以上の国において犯罪活動を行う組織的な犯罪集団が関与する場合」「他の国に実質的な影響を及ぼす場合」と定義されている(第3条2項)。
  そして、「組織的な犯罪集団」とは、「3人以上の者から成る組織された集団であって、一定の期間存在し、かつ、金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得るため一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として一体として行動するもの」と定義されている(第2条(a))。
  しかし、新設が提案されている共謀罪においては、これらの「越境性」、「組織的な犯罪集団の関与」という要件が抜け落ち、単なる「団体性」と「組織性」にすり替えられている。
  この点、法務省は、本条約第34条2項において、「第5条(共謀罪)・・・の規定に基づいて定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第3条1に定める越境的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める」と規定されていることから、共謀罪については越境性と無関係に立法しなければならず、「越境性」「組織的な犯罪集団の関与」の要件を設けることは禁止されていると述べている。
  しかし、「公的記録のための解釈的注」において、同条約第34条2項の規定は「条約の適用範囲を変更したものではなく、越境性と組織犯罪の関与が国内法化の本質的な要素ではないことを明確化したもの」とされているように、この規定は、各国が国内法化の際に「越境性」と「組織的な犯罪集団の関与」とを要素とする必要はないことを示したにすぎず、これらの要件を設けることが禁止されているわけではないのである。
  したがって、法務省の上記見解は誤りである。
  3  「推進するための行為」
  また、本条約第5条1項には、「国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」と規定されている。
  共謀罪は、実行行為に着手する以前の段階を犯罪とするものであるため、必然的に、その成立範囲はあいまいで不明確となる。そのため、共謀罪の成否を明確にし、その成立範囲を限定づけるための方策として、前段で「その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為」(以下、「推進するための行為」という。)を要求することを認めたのが、上記の規定である。すでに共謀罪を持つ国においても、成立を明確にするためにいわゆる顕示行為(オーバート・アクト)を要件としている国もある。
  ところが、今回提案されている共謀罪は、この「推進するための行為」を要件とはしていない。政府は、単なる「団体性」と「組織性」の要件で、後段の「組織的な犯罪集団が関与するもの」という要件を充たしているから「推進するための行為」は必要ないという説明をしているが、前述の通り、「組織的な犯罪集団が関与するもの」という限定的な要件は今回の法案には規定されていない。
  よって、この点でも、今回の提案は、本条約の範囲を超えるものである。
  4  共謀罪新設の根拠
  そもそも、政府は、共謀罪新設の根拠を本条約の批准のためとしており、法制審議会においても、共謀罪を新設しなければならないような立法事実が日本国内にあるという説明はしていない。そうであれば、条約が求める以上に広範な共謀罪を新設することには、何ら合理性がない。
  また、本条約第34条1項においては、「締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置をとる。」とされている。つまり、条約上の義務についても、あくまでも日本国内法の基本原則の範囲内で対応すべきなのである。そして、本条約審議の際には、政府自身が「すべての重大犯罪の共謀と準備行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない。」と述べていたとおり、法原則と両立しない共謀罪の新設は日本国内法の基本原則の範囲を超えるものなのである。
  なお、日本は、国連のすべての条約を批准しているわけではなく、選択的に本条約を批准したのである。たとえば、死刑廃止条約、自由権規約の第1選択議定書など、主要な国連の条約の中で日本が批准していないものは少なくない。批准した条約の順守状況についても、自由権規約に関する政府報告書はその提出時期を過ぎてもまだ提出されておらず、国連規約人権委員会の度重なる懸念事項も無視しているような状況である。このような人権条約に対する対応と本条約に対する迅速で積極的な対応を比較してみるとき、バランスを欠いているといわざるを得ない。

第5  結論
      以上見てきたとおり、共謀罪の新設は、構成要件の明確性を欠くものであって罪刑法定主義に反し、法益侵害の現実的危険性が生じる以前に処罰時期を著しく早め、処罰範囲を一気に拡大して、事実上刑法を全面改悪するに等しいものである。また、捜査手法からすれば、自白偏重、共犯者の引っ張り込みなどにより誤判の危険性を高め、盗聴の拡大などの捜査方法の拡充を招くものであり、管理・監視の強化がよりいっそう進むことになる。これは言論の自由、結社の自由、通信の秘密などの思想・表現に関わる基本的人権への重大な脅威である。それを犠牲にしてまでも共謀罪を新設すべき合理的根拠は存在しない。
      そもそも、共謀罪の新設によってもたらされる社会の変化、すなわち、国家権力によって監視され、隣人に密告される社会が本当に住みよい社会なのか、との点についても、今一度、充分な検討がなされるべきである。
      当会は、共謀罪の新設に反対する。
以  上

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