希少種動植物の保護に関する意見書(2005年3月4日)


2005年(平成17年)3月4日

京都市長  桝  本  頼  兼    殿

                                
                                
京都弁護士会                    

会  長    彦  惣      弘



希少種動植物の保護に関する意見書


意  見  の  趣  旨


  下記内容の条例を制定するよう求める。

1(開発計画の公表及び行政内部の開発部局と環境部局との連携)
京都市に対し都市計画法上の開発許可申請があった場合に、(1)市民に対し計画内容を開示する制度、及び(2)環境部局に計画内容を通知し、環境部局から希少種に関するデータを収集する制度を創設すること
2(開発規制法と環境保護法の連携)
i)開発事業者は、開発許可申請の添付書類として、(1)事前調査を実施し、開発予定地に希少種が存在しないこと、または、開発によっても希少種の永続的な生存を危機にさらすことがない旨の評価書、並びに(2)事前に地元説明会を実施した旨の報告書を提出すること。
ii)京都市は、開発許可申請がなされたときは、開発予定地域に希少種が存在するか否かを調査し、開発計画が実現した場合に希少種の生態に与える影響を評価すること。
iii)京都市が実施する調査及び評価は、法律及び条例でアセスメントの対象外とされる事業であってもこれを実施するものとし、次の3で述べる専門的支援団体による希少種に限定したアセスメントによってこれを行うこと。
iv)京都市の調査・評価が終了するまで開発許可は凍結すること。
v)京都市の評価の結果、希少種の永続的な生存が危機にさらされるとの結論が出た場合には、開発部局は希少種の生態に影響を与えないような計画に変更するよう、事業者に対し指導、勧告又は是正命令を下すことができること。
vi)事業者が開発部局の指導、勧告又は是正命令に従わない場合には、京都市は、(1)当該事業者の氏名を公表し、また、(2)当該事業者に監督官庁がある場合には当該監督官庁に、当該事業者が指導、勧告又は是正命令に従わなかったことを通報することができること。

3(アドバイザーの設置)
    開発許可申請に対し、希少種保護についての限定的なアセスメントを実施し、かつ、開発部局が、事業者に対し、計画内容の変更を指導、勧告又は是正命令をおこなう場合に、その内容をなす希少種保護施策を立案する民間専門家アドバイザー機関を設置すること


意  見  の  理  由


  本意見書は、レッドデータブックに準絶滅危惧種に分類されているキマダラルリツバメが、開発許可にあたって何ら法的に顧みられることがなかったことを契機とし、開発規制法と環境保護法制との連携が必要ではないかとの考えに基づいて作成されている。

第1  本意見書作成の経緯と本件地域の特性等について
1  地元住民からの京都弁護士会に対する調査の申し出
  平成16年1月15日、京都市左京区八瀬高野川付近の住民等で組織する「八瀬の景観とキマダラルリツバメを守る市民の会」から、京都弁護士会に対し、社会福祉法人行風会が老人ホーム建設等のために開発を予定している左京区八瀬野瀬180−4番地、同112−1番地等約3700平方m(以下、本件開発地域)という)について調査の申し立てがなされた。申立の趣旨は、同開発により準絶滅危惧種のキマダラルリツバメが、その発生木の桜が伐採されることにより、この地域において絶滅する恐れがあること、及び同地域の景観が損なわれることから本件開発計画について調査をされたいとの趣旨であった。本件開発計画によれば、工事は第1工区として開発予定地の北側部分に4階建ての建物を建築することになっている。

  2  本件開発地域の特性
      本件開発地域は添付写真のとおりの位置関係にある。すなわち、叡山電鉄叡山本線を挟んで西側には、かって八瀬遊園があり、東側の高野川との間には数軒の料理旅館が立ち並んでいた。この叡山本線と高野川の間の地域が本件開発区域である。叡山本線の沿線、高野川沿岸及びその付近一帯は桜の名所として知られており、桜開花の時期には多くの市民が桜情緒を楽しんだ。後記4のとおり、この桜には準絶滅危惧種の蝶であるキマダラルリツバメと共生するハリブトシリアゲアリが生息している。このため、本件開発地域は、キマダラルリツバメの生息地として有名なところである。本件老人福祉施設建設は、八瀬遊園の廃止と相前後して廃業した料理旅館の跡地に計画されているが、計画実現のためには桜の木を伐採ないし移植しなければならないこと、また、建物建築による日光の遮蔽によって生態に影響が及ぶことが懸念された。

  3  本件開発地域における開発規制
  (1)本件開発地域は風致地区の第5種に指定されており、高野川をはさんで対岸は比叡山風致地区、開発地側は上賀茂風致地区と、それぞれ異なる自然景観の趣を有する地域を形成している。
      地区指定の経過についてであるが、本件地域においては風致地区制度が整備される以前の大正14年ころから既に遊園地及び鉄道施設として開発が先行しており、昭和5年の地区指定、昭和45年の京都市風致地区条例及び平成7年の同条例の抜本的見直し(施行は平成8年5月)の際にも、当然のごとく風致地区の中では一番緩やかな規制とされた。そのような経過から、遊園地が廃止になっても、もともと開発が前提の土地であることから急に見直しをかける訳にもいかず、そもそも、自然生物の存在を根拠に風致地区を見直すことは法制度上予定されていないことからして指定の見直しの話しはまったく出ていないのが実情である。風致保全規則第16条に、木竹の伐採についての許可を与える際の基準として、「巨樹、銘木及び歴史的、植物的、文化的又は記念的な木竹の伐採は伴わないこと。」という条項があるが、本件開発行為はこれには該当しない。風致地区条例の場合の伐採禁止は、原則凍結の歴史的風土特別保存地区における規制とは異なり相当程度緩やかなものといえる。
(2)本件地域の開発に必要な許可としては、宅地造成に関して、都市計画法上の開発許可、宅地造成等規制法上の宅造許可、京都市風致地区条例上の許可の3つが、建築物に関して京都市風致地区条例上の許可が必要とされている。これらについては、平成15年12月26日に同時に許可されている。許可に当たっては、同年7月15日に開発業者から事前相談があり、同月28日に現地調査を行ったうえで、風致保全計画に照らして高野川の河川景観を重視し、河川沿いの樹木は可能な限り保存することを許可条件に許可された。ほかに、建築物に関しては、建築基準法上の建築確認、京都市中高層建築物等の建築に係る住環境の保全及び形成に関する条例に基づく標識の設置等の責務が課されている。
(3)河川法との関係では、本件地域は、河川保全区域に指定されており、河川法55条の許可が必要とされている。造成主からは、平成15年12月3日付けで、土地造成に伴い石積擁壁及び排水路の設置をするための工事に関して55条許可申請がされ、同年12月26日で許可されている。土地の形状変更、工作物の新築に関する届出はされていないが、当該許可は、あくまで堤防に影響が生じるか否かという安全性だけを見るものであり、希少生物を保全する趣旨は含まれていないので、申請されればいずれにしろ許可される。

4  キマダラルリツバメの生態と希少性
    キマダラルリツバメは、添付写真のとおりの蝶である。キマダラルリツバメは、本州に分布しているが、生息地が局地的なため開発等で減少しており、京都府のレッドデータブックでは準絶滅危惧種(京都府内において存続基盤が脆弱な種)に、環境省のレッドデータブックでも準絶滅危惧種(存続基盤が脆弱な種)に分類されている。キマダラルリツバメは、桜などの古木に巣を作るハリブトシリアゲアリという蟻の一種と特殊な共生関係にある。ハリブトシリアゲアリが巣を作っている木にキマダラルリツバメが卵を産み付け、そこで孵ったキマダラルリツバメの幼虫にハリブトシリアゲアリが餌を与え育てるのである。そのため、キマダラルリツバメは、ハリブトシリアゲアリが巣を作るのに適した桜などの古木を発生木とし、この発生木が道路の拡張等で伐採されてしまうと生息が困難になってしまう。また、キマダラルリツバメが交尾をし発生木に卵を産み付ける夏の夕刻に発生木に日光があたっている必要があり、隣地に高層建築が建設され日陰になってしまうと、キマダラルリツバメの繁殖は不可能になってしまう。このように、キマダラルリツバメは限られた条件下でしか生息できないため近年生息地が減少し、現在、まとまった個体数を確認できるのは、京都、鳥取、福島の一部に限られ、京都の八瀬は全国的に知られた貴重な三大生息地の一つであった。なお、他府県の生息状況と保護状況は別紙「キマダラルリツバメの国内分布と現状」のとおりである。
  
第2  当会の調査の経緯、概要
    当会公害対策・環境保全委員会のメンバーは、現地調査を2度実施して現地の状況の把握と地域住民からのヒアリングをおこない、また、関係行政機関である京都市及び京都府に赴き関係部署からヒアリングを実施した。その調査結果は末尾添付の報告のとおりである。
  
第3  問題点とその検討
  1  希少種保護の必要性と保護法制について
      本意見書で希少種とは、環境省及び京都府の各レッドデータブックに絶滅危惧種・準絶滅危惧種として指定されている生物をいう。
      地球上には1000万種を超える多様な生物が生存し、それらが相互にいろいろな関係をもちあい全体としてまとまったシステムを構成している。これが生態系といわれるものである。しかし、現在、毎日、100種以上の種が失われているといわれる。
希少種保護がなぜ必要なのか。希少種を保護するということは生物の多様性を保護すること、さらには生態系を保護することにほかならない。1982年にリオデジャネイロで開催されたいわゆる地球サミットで採択され、我が国も批准している「生物の多様性に関する条約」の前文は、生物の多様性保護の必要性について、以下のように述べている。(1)生物の多様性は生態学的、遺伝学上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上、レクリエーション上および美学上の価値を有しており、これらを保護しなければ人間生活がなりたたない。(2)生物の多様性は進化および生物圏の生命維持のための重要性を持っている。(3)以上を前提に、人間の立場から生物の多様性の保護をみた場合には、生物の多様性を保全すること、および持続可能な方法により生物資源を利用することに責任をもつべきである。また、環境基本法14条2号は、「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られるとともに、森林、農地、水辺地等における多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて体系的に保全されること」と定め生態系の保全について正面から価値を認めている。
我が国の生物保護法制について見ると、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」はワシントン条約の国内法として1992年に制定されたものであるが、希少野生動植物種の指定を受けているのは極めて限定されており、また、文化財保護法は天然記念物の保護を図っているがこれも指定が限定的であり、いずれもキマダラルリツバメは対象外である。種の保存法や文化財保護法で保護種として指定されていなくとも、生物の多様性に関する条約は、絶滅危惧種あるいは準絶滅危惧種に対し法的に保護をすることは要求していると考えられる。そこで、本意見書は京都市の条例で、具体的に開発と希少種保護との調整を図ることを企図している。

  2  開発申請がなされたことが市民に公開される制度を整備すべきこと及び開発規制法と環境保護法との連携を図るべきこと  
    本件開発予定地が準絶滅危惧種であるキマダラルリツバメの生息地であることが開発部局に知らされたのは、まさに開発許可当日その日で、契機は地元住民からの申し出であった。このような事態が起きる原因は、次の3で述べるように開発許可申請がなされたことを市民に公開する制度が整備されていないこと、開発部局と環境保護部局との情報連携が全くないこと、及び開発許可基準に希少種保護要素が全く考慮されていないこと、による。
開発計画がおこったとき及び開発許可申請がなされたときに、そのことが市民に公開される制度が整備されておれば、市民に希少種保護を図る機会を与えることができ、また、都市計画法等の開発許可基準に希少種保護の要素が考慮されておれば、開発許可につき環境保護部局との連携・調整がなされるはずである。従って、開発許可申請のあったことを市民に公開する制度、及び希少種保護的要素を都市計画法等の開発許可にあたって考慮する法システムを構築することが問題を解決する方策である。

3  開発規制法に希少種保護的要素を盛り込むべきこと
      本件開発に適用になる開発規制法は、前記第1の3で述べたとおりである。これらの法律の開発許可基準には、土砂崩れなどの災害の防止や自然的景観の保護といった観点からの許可基準が定められているが、希少種保護といった観点からの規制基準は見当たらない。
希少種保護という観点から環境保護法と開発規制法が連携する場面としては、環境影響評価法及び環境影響評価条例による環境アセスメントがあるが、同法・同条例が適用になるのは一定規模以上の事業に限られており、本件のような規模の開発行為はそもそも対象にはならない。しかし、希少種保護の観点から見れば開発規模の大小は無関係なのであり、環境影響評価法及び条例が適用にならない規模の開発にあたっても希少種保護の必要性は変わらない。

4  希少種保護に限定したアセスメント制度を創設し、かつ専門的支援団体を育成すること
      一定規模の事業であれば法律ないし条例レベルのアセスメントが実施され、その中で絶滅のおそれのある野生生物等の発見、生息状況調査、生息への影響や保護施策の検討が事業実施前に行われる。しかし対象事業規模を画する網の目は未だ粗く、アセスメントが実施される事業はそれほど多くはない。一方、今回のキマダラルリツバメに見るように、ごく狭い土地のわずかの木に生息するような稀少生物は多く存在するのであり、たとえ小規模の開発であっても野生生物にとっては十分な絶滅圧力になる事例はいくらもあると思われる。対象事業のサイズを小さくし本格的なアセスメントを小さな事業でも行う方法もあるが、むしろ小規模な開発には、時間も費用もより簡略化した限定的なアセスメントを機動的に行っていく方が実際的である。民間人などから動植物研究家や土木工事の専門家を集めてこれをアドバイザー機関として委嘱し、アセスメントの前提となる調査と、野生生物の生息や生存への影響を低減する施策の立案を行わせ、開発部局から事業者に対し、その立案内容を遵守するよう指導、勧告又は是正命令を下すことができるようにするべきである。ここでいう民間専門家アドバイザーは、一定の質を保つため、各界からの推薦を受けて登録された専門家であって、個別案件の度ごとに市長から委嘱されるといったシステムが望ましい。
ここでいう限定的なアセスメントは科学的に完全を期するほどのものではなくともよい。最低限、そこに何が棲んでいるのかすら知らず、或いは保護施策の検討すらなされず開発行為が進んでしまうという事態だけは避けるべきである。
開発部局が許可の前提として発令した指導、勧告又は是正命令が厳しすぎるとして異議のある事業者、或いは開発中止しか方法がないという結論を出された事業者は、改めて本格的なアセスメントを自己の費用負担で要求できるという方式も考え得る。現状を変更しようという者がそのためのリスク(限定的なアセスメントに従うリスク、ないし従わないならば経費と事業期間変更の負担をするリスク)を負担すべきであろう。

    以上の理由で、京都市に対し、意見の趣旨で述べた内容の条例を制定することを求める。
    
  なお、開発規正法と環境保護法とが連携せずに別個の法体系になっていること、開発許可条件に環境保護的要素が弱いことが、根本的な問題点である。従って、例えば、都市計画法の開発許可基準に環境保護的要素を織り込むなどの抜本的な解決策が必要であるが、本意見書は条例制定権の限界を考慮し開発許可の基準にまでは踏み込まず、事前手続きを条例で定めるという学説(北村喜宣著「自治体環境行政法(第3版)」179頁・第一法規)の趣旨を参考にして開発許可制度との整合性を確保する形式をとった。都市計画法の許可基準に環境保護的要素を盛り込む形での法改正が抜本的解決として望ましい。


(別紙)
キマダラルリツバメの国内分布と現状(日本鱗翅学会  「日本産蝶類の衰亡と保護」より)
(添付)
  本件開発地域航空写真
  蝶の写真
  当会の調査の経緯と内容


関連情報