「少年法等の一部を改正する法律案」に対する意見書(2005年7月15日)
2005年(平成17年)7月15日
衆議院議長 河野洋平 殿
参議院議長 扇 千景 殿
京都弁護士会
会長 田 中 彰 寿
「少年法等の一部を改正する法律案」に対する意見書
政府は、平成17年3月1日、「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「『改正』法案」という)を国会に提出し、同年6月14日、「改正」法案は衆議院法務委員会に付託されたので、以下の通り意見を述べる。
意見の趣旨
「改正」法案は、?触法少年及びぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与、?少年院送致年齢の下限撤廃、?保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する施設収容処分、?検察官関与を前提としない一定の重大事件について国選付添人制度の導入などを骨子とするものである。
「改正」法案は、児童福祉の機能を後退させ、保護観察制度の根幹を阻害するものであることから、?〜?については反対し、?については賛成するが国選付添人制度についてさらにより一層の拡充を求めるものである。
意見の理由
1.触法少年及びぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与
現行法上、触法少年については、福祉の対象として、児童相談所が優先的に取り扱い、調査のうえ福祉的措置を講じ、例外的に家庭裁判所の調査・審判を経ることが望ましいと判断した場合には、家庭裁判所に送致する。また、触法少年の事件は、犯罪にあたらないことから、警察は捜査を行うことはできず、児童福祉法25条に定める児童相談所への通告の準備行為としての調査ができるに止まる。
しかし、警察が行う通告の準備行為としての調査においてすら、時間も長く、実質的に捜査に等しく、14歳未満の少年の未熟さ、被暗示性、迎合性を考慮することなく行われ、事実関係を誤導される危険性が高いことが指摘されている。現実に、最近も、13歳の少年が警察の聴取に対し複数の放火を自白したが、架空の放火事件までも自白をしており、送致された事実についていずれも非行事実なし不処分とされた(那覇家裁平成16年9月29日決定)冤罪事件が発生している。
このような状況で、警察に法文上明確に調査権限を付与したならば、さらに虚偽の自白が引き出される危険性が高く、真実の発見から遠ざかるおそれがあるばかりか、少年に回復しがたい精神的な傷を残し、その更生の妨げになるおそれすらある。14歳未満という未だ成熟していない少年に対する調査は、子どもの心理・認知能力、子どもを取り巻く環境や人間関係に対する深い理解に基づいて行われる必要がある。そこで、現行法のもとでは、触法少年の調査は児童相談所によってなされることが予定されているのである。
児童相談所での統計上、触法少年は「非行」として数えられるが、多くの少年は、虐待を受けた経験や心理的な問題を抱えている。本年6月に公表された全国児童相談所長会の調査でも、非行相談として受け付けた子どもの3割が虐待を受けた経験を持ち、8割以上が何らかの心理的な問題を抱えていた。このような被虐待体験や心理的な問題を背景に持つ少年に対しては、児童相談所の福祉的観点からの調査がより一層必要である。
児童相談所の調査に不十分な点があるというのであれば、それは児童相談所に必要な施設・人員を配置してこなかった行政政策の貧困によるものである。児童相談所の施設・人員をより充実させる方向で解決を図るべきであり、警察の権限の拡大強化することで解決を図ろうとすることには反対である。
また、「改正」法案は、「ぐ犯少年である疑いのある者」についても警察に調査権限を付与している。そもそも、ぐ犯事件は犯罪ではない。ぐ犯少年とは、その性格及び環境に照らして、将来、罪を犯しまたは刑罰法令に触れる行為をするおそれのある少年をいうのであり、「ぐ犯少年である疑いのある者」についても警察の調査権限を認めるなら、その範囲は無限定に拡大するおそれがある。また、警察が、学校等の公務所・団体へ照会することも可能であるとされていることから、ぐ犯少年である疑いのある少年の生活全般が警察の監視のもとに置かれる危険性がある。
したがって、触法少年及びぐ犯少年に対する警察の調査権限の付与につい ては、反対である。
2.少年院送致年齢の下限の撤廃
「改正」法案は,14歳未満の少年であっても,初等少年院もしくは医療少年院に送致できるとしている。
この点について、法制審議会少年法部会において、法務省は、触法少年についても早期に矯正教育を行うことが適当な場合があると説明をしている(第1回会議)が、他方で、現在の児童自立支援施設が少年に対して十分な対応ができていないから選択の幅を広げるわけではないとも説明をしている(第3回会議)。
これまで、重大事件を犯した触法少年であっても、国立の児童自立支援施設で問題なく処遇をなし得たと報告されており、児童自立支援施設の処遇は有効に機能してきたのであって、少年院送致年齢の下限を撤廃すべき立法事実はないのである。「改正」の実際の目的は、触法少年に対する厳罰化を図ることのみにあると言わざるを得ない。仮に「改正」がなされれば、触法少年の重大事件が生じた際には、家庭裁判所において、十分な検討がなされないまま、より規律の厳しい少年院送致処分を選択されるという運用が広まる危険性は高い。
現行法は、14歳未満の少年については、家庭的な環境で「育て直し」をすることで更生を図る必要があるため、児童自立支援施設での処遇を選択してきたのであって、それは先に述べたとおり、実際に効果を上げてきた。特に、重大な事件を犯した触法少年の多くは、被虐待体験を含む複雑で過酷な生育歴を有している。家庭の中で十分な愛情を得られずに育ってきた結果として重大な事件を起こしてしまった少年に対しては、人間的な交流の体験を継続していく中で「育て直し」を図ることが必要である。そのためには、少人数の寮で、母親と父親のそれぞれの役割を果たす職員らといわば疑似家族を形成し、一つ屋根の下で暮らしていくという児童自立支援施設の処遇の方がふさわしいのであって、集団生活を厳格な規律で統制していくという面の強い少年院での処遇はなじまないのである。
したがって、少年院送致年齢の下限の撤廃については反対である。
3.保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する施設収容処分
「改正」法案は、家庭裁判所が、保護観察中の少年に対し、遵守事項違反を理由として、児童自立支援施設、児童養護施設又は少年院に送致する決定を行うことができる制度を創設する。
しかしながら、このような制度を創設する必要性は認められない。
現行法上、保護観察中の少年に遵守義務違反が認められる場合には、呼出・引致(犯罪者予防更生法41条)により保護観察所への出頭を確保した上で事情の聴取や指導を行うことができる。遵守事項違反の結果としてぐ犯事由が認められる場合には、家庭裁判所に対してぐ犯通告(同42条)を行うことができる。ぐ犯事由にも該当しないような事由について、遵守事項違反を理由として施設や少年院への送致を行う必要性は認められない。
かえって、このような制度の創設は、保護観察制度を変質させ、その根幹を揺るがせるものであって、その弊害が大きい。
保護観察による社会内での少年の改善更生は、保護司らと少年との信頼関係を基盤として、様々なケースワーク的工夫のもとに行われている。遵守事項の設定はその一つであって、少年にとって必要な課題を認識させ、その課題を達成していくプロセスにこそ意味がある。しかし、遵守事項違反に施設や少年院への送致という効果が与えられることになれば、遵守事項の設定そのものが硬直的なものとなるおそれがある上、少年が保護司に違反事実を報告・相談することを躊躇して、早い段階での対応を困難ならしめるおそれがある。少年院送致という威嚇に基づいて遵守事項を遵守させることは、少年との信頼関係の確保を困難なものにし、保護観察官や保護司のケースワーク的工夫を後退させる危険があり、自律的な少年の改善更生を支援していこうとする保護観察の趣旨からは遠ざかるものである。
また、そもそも、保護観察中の少年について、新たな犯罪行為、触法行為やぐ犯行為が存在しないにもかかわらず施設あるいは少年院送致が可能とすることについては、もとの非行行為を考慮にいれて判断されると考えざるを得ず、少年を「二重の危険」にさらすおそれがある。
したがって、このような理論的にも実務的にも大きな問題を抱え、その創設の必要性も認められない制度の導入については、反対である。
4.国選付添人制度について
「改正」法案において,検察官関与を前提をすることなく、国費で弁護士 付添人を選任する制度を導入している点については評価できる。
しかし、本制度の具体化にあたっては、?付添人の十分な活動時間が確保 されるよう、家裁送致後速やかに国選付添人が選任されるようにすること、 ?国選付添人の活動内容に見合った十分な額の付添人報酬が支給されること の2点につき、十分な配慮が必要である。
また、対象事件が一定の重大犯罪(故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事例は死刑又は無期もしくは短期2年以上の懲役・禁固の罪)に限定されている点につい ては極めて不十分であり、今後、対象事件の拡充を検討すべきである。
少年鑑別所送致の観護措置決定を受けた少年に対して、適正手続を保障す るために、付添人弁護士の援助を受ける必要性は非常に高い。憲法34条、 37条、子どもの権利条約37条(d)の趣旨に照らしても、子どもに資力が なく自ら付添人を選任できない場合には、国の費用で選任することが求めら れていると解されるところである。
また、2006年10月の被疑者国選弁護制度開始後においては、被疑者 段階で選任された国選弁護人は、家裁送致後も活動することが期待されると考えるのが常識的であり、そのような活動がなされて初めて少年に対する適正手続の保障が実効化すると考えられる。この点、2009年には、被疑者国選弁護制度の対象事件が必要的弁護事件にまで拡大されることが予定されているが、その場合、被疑者段階では国選弁護人となった弁護士の大多数が、少年が家庭裁判所に送致された後には国選付添人となれないという問題が生じる。つまり、2009年に対象事件が必要的弁護事件に拡大した場合、日本全国で対象の少年の刑事事件は約16,000件と推測されている(2003年非行別終局処分人員に基づく)が、このうち国選付添人の対象事件となるのは約1,600件しかなく(2003年非行別終局処分人員に基づく)、残りの約14,400件(9割)は私選の付添人にならなければ付添人活動が継続できないことが予想されているのである。
したがって、これらの問題に対応するために、国選付添人の対象事件の拡 充を検討すべきである。
もっとも、対象事件拡充のためには、弁護士及び弁護士会の対応体制の確保を求められるところであり、当会としても、そのための努力は惜しまないことは言うまでもない。