取引履歴開示についての金融庁ガイドライン改正に対する意見書(2005年8月18日)


2005年(平成17年)8月18日

金融庁長官  五  味  廣  文  殿


                                                    
京都弁護士会

会 長  田  中  彰  寿




取引履歴開示についての金融庁ガイドライン改正に対する意見書



意 見 の 趣 旨

  1  貸金業者の取引履歴開示義務は信義則(民法1条2項)に基づくものである旨を明記するべきである。
  2  取引履歴開示請求の際の顧客本人の確認手続きの明確化については、以下の方法による場合には、顧客本人及び本人から依頼を受けた代理人としての確認方法としては十分かつ適切なものと明記するべきである。
? 顧客本人が取引履歴の開示を求めた場合には、本人の生年月日、本籍、住所等、通常、本人しか知り得ない情報を即座に正確に回答したとき
? 顧客の代理人として、弁護士・司法書士が取引履歴の開示を求めた場合には、生年月日、住所等本人特定情報及び委任を受けた旨を記載し、かつ、所属弁護士会・所属司法書士会、事務所所在地、職名、代理人氏名等を記した代理人就任通知書の提出があったとき
3  貸金業者が顧客又は顧客の代理人たる弁護士・司法書士の求めに応じて取引履歴の開示に応じる場合に、手数料、謄写代等名目の如何を問わず費用を請求してはならない旨を明記するべきである。


意 見 の 理 由

  1  金融庁ガイドライン改正案作成の経緯と概要
      金融庁は貸金業関係の取引履歴開示に関して別添資料のようなガイドライン改正案を策定し、平成17年9月2日までをパブリックコメントの期間としている。金融担当大臣は、同年8月12日の記者会見で、「先般7月19日に最高裁において貸金業が債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、特段の事情がない限り信義則上取引履歴を開示する義務を負うとの趣旨の判決が出されました。」「今般の最高裁判決を受け、事務ガイドラインにおいても正当な理由に基づく開示請求を拒否した場合には、行政処分の対象となり得ることを明確化することといたしたところでございます。」「なお、これに併せて弁護士等の代理人を通じる場合を含め、取引履歴の開示が求められた際の本人確認の手続きについても明確化することといたしました」と発表しているが、本件ガイドラインの内容は最高裁判決の趣旨とは大きく異なっている。
      今回の取引履歴開示に関するガイドライン案の内容は、取引履歴開示拒否が行政処分の対象になることが明記されたことと、取引履歴開示の本人確認手続きの定めに分けられる。後者の内容は、顧客本人が開示請求をする場合には、いわゆる本人確認法施行規則4条記載の書類(以下「本人確認書類」という)、例えば、印鑑登録証明書、外国人登録証明書、戸籍抄謄本、住民票、各種健康保険証、各種年金手帳、運転免許証等の原本提出を求めている。また、顧客の代理人が開示請求をする場合には、イ、本人確認書類(写しを含む)に加えて、ロ、委任状原本が必要とされる。当該委任状は本人確認書類の原本が提出された場合には認め印による押印で足りるが、本人確認書類が写しである場合には実印による押印が必要とされ、この場合、印鑑登録証明書は当然に必要とされよう。さらに、ハ、代理人確認書類としては委任状に事務所住所、電話番号等の連絡先が記載されていることを必要としている。

2  取引履歴開示義務が信義則を根拠とする趣旨の明記について
貸金業の規制等に関する法律第13条第2項で禁止されている「偽りその他不正又は著しく不当な手段」に該当するおそれが大きい行為として事務ガイドライン3−2−2に列挙している事項に、顧客等の弁済計画の策定、債務整理その他の正当な理由に基づく取引履歴の開示請求に対してこれを拒否すること、を加えて貸金業者の取引履歴開示義務を明確化することは賛成である。
しかし、改正ガイドライン案は取引履歴開示の根拠として、3−2−8(1)本文で「個人情報保護法の趣旨を踏まえ」としているが、取引履歴開示義務と個人情報保護法とは無関係である。すなわち、個人情報保護法が施行される平成17年4月1日の何十年も以前から、多重債務者から依頼を受けた弁護士が、破産・任意整理・過払い金返還請求等(以下「債務整理」という)の依頼を受けて受任し、貸金業者等に対し、受任通知を出し、依頼者の取引履歴の開示ないし債権調査票の提出を求めた場合、貸金業者等はこれに応じてきたし、まして手数料を要求することもなかった。弁護士が受任していない案件につき受任通知を出すことはないから、委任状の写しの提出も求められることもなかった。
この従前の実態を前提に平成17年7月19日言い渡しの最高裁判決は、貸金業法19条が貸金業者に帳簿の作成・備え付け義務を課しているのは、債務内容に疑義が生じた場合には紛争を速やかに解決することを図った趣旨であるし、金融庁事務ガイドライン3−2−7が債務内容の開示に協力しなければならない旨記載されていたのも貸金業法の趣旨を踏まえたものと解している。また、同判決は、顧客がその債務内容を正確に把握できない場合には、弁済計画を立てることができなくなったり、過払金があるのにその返還が請求できないばかりか、さらに弁済を求められるなど大きな不利益を被る可能性があるのに対し、貸金業者には特段の負担は生じないとして信義則を根拠として開示義務を認めたのである。
従って、貸金業者の取引開示義務は個人情報保護法とは無関係な法的性質をもっており、同法の、「他の法令の規定により開示することとされている場合」(同法25条3項)に該当し、個人情報取扱事業者が本人からの個人情報の開示等の求めに応じる手続きを定めることができる旨定めている規定(同法25条1項、29条1項、3項、4項)から除外される場合である。
よって、無用な混乱を避けるために取引開示義務の根拠が信義則にあることを明記するべきである。

3  本人確認手続きについては従来通りの扱いで足りる旨を明記するべきである
    本人確認手続きに関する今回の金融庁改正ガイドライン案は、最高裁の前記趣旨を踏みにじるものである。すなわち、従来、多重債務者から依頼を受けて案件処理にあたってきた弁護士は、受任通知書の送付のみで事務を遂行してきたし、特段、それで問題が生じた事例はほとんどなかった。前記最高裁判決はその実態を是認したのである。しかるに、金融庁改正ガイドライン案は、前記の通り、本人確認書類をいわゆる本人確認法施行規則4条に準拠して提出することを求めている。最高裁が認めた取引履歴開示請求を事実上制限しようという趣旨である。従前の取り扱いで明確化を欠くところなど全くなかったのであるから、今回の改正ガイドライン案は、明確化とは無関係なもので開示請求に障壁を設ける結果となってしまうことは明白である。
改正ガイドライン案が依拠している本人確認法は、その1条の目的で明記されているように、テロに対する資金供与や組織犯罪に対する資金供与等が金融機関を通じてなされること、及び預金口座等の不正利用を防止することを目的としている。債務者が自己の債務内容の詳細を知るための行為について、犯罪行為に関係する行為規制法に依拠させることは筋違いであるだけでなく、債務者に過重な負担を強いるものであって不当な扱いである。
よって、従来どおり、以下の場合には確認方法としては十分かつ適切なものと明記するべきである。
? 顧客本人が取引履歴の開示を求めた場合には、本人の生年月日、本籍、住所等、通常、本人しか知り得ない情報を即座に正確に回答したとき
? 顧客の代理人として、弁護士・司法書士が取引履歴の開示を求めた場合には、生年月日、住所等本人特定情報及び委任を受けた旨を記載し、かつ、所属弁護士会・所属司法書士会、事務所所在地、職名、代理人氏名等を記した代理人就任通知書の提出があったとき

4  手数料等費用の請求をしてはならない旨明記するべきである
    貸金業が顧客等から開示請求を受けた場合、手数料、謄写代等名目の如何を問わずに費用請求を許すことは、経済的に困窮している債務者にとって開示請求を事実上困難にするものである。他方、貸金業者にとって、「保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり」(前記最高裁判決)、特段の経済的負担を課すようなものではない。
貸金業者が顧客又は顧客の代理人たる弁護士・司法書士の求めに応じて取引履歴の開示に応じる場合に、手数料、謄写代等名目の如何を問わず費用を請求してはならない旨を明記するべきである。

以  上


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