意見書

京都府国民保護計画作成に対する意見書(2005年9月8日)


2005年(平成17年)9月8日


京都弁護士会              

会長  田  中  彰  寿

はじめに

  当会は、これまでいわゆる「有事法制法案」に反対し、また、国民保護法案について、その内容の危険性と問題点を指摘してきた。昨年6月にも、国民保護法案など有事法制関連7法案・3条約承認案件が参議院で可決されたときに、国民保護法案の問題点として、「武力攻撃事態等の発生の可能性という立法事実自体や、そこで想定される住民避難等の措置の実現可能性に疑問があるばかりか、平時から国民に非現実的な危機意識を植え付け、知る権利をはじめとする国民の人権を制約する危険性を有するなどの問題点がある」と指摘し、「当会は、国際協調主義に則り、非軍事的方法を真摯に模索探究し、平和主義を実現していくことこそが基本的人権の尊重であることを確認し、今後、有事法制3法及び有事法制関連7法等の発動が決してなされることのないよう強く求めるものである。」という会長声明を出したところである。それは、特定の思想信条や政治的立場からではなく、法律家としての良心に基づき、基本的人権を擁護する立場からである。
  昨年、国民保護法が成立し、国が作成した「国民の保護に関する基本指針」および「都道府県国民保護モデル計画」に基づいて、今年度中に都道府県において、国民保護計画の作成が行われる予定となっている。京都府においても、既に国民保護協議会が開催され、京都府国民保護計画(以下、単に国民保護計画という)の策定中である。国民保護法に対する評価は別として、現実に法に則り国民保護計画が具体的に策定される以上は、それが万が一にも基本的人権を侵すことのないよう、十分な配慮の上で策定されなければならないことは当然である。
  本意見書は、現在、京都府において検討されている国民保護計画の策定にあたって、人権保障上留意すべき点を中心として、既に公表されており今回の策定に当たっても重要な参考とされるであろう「都道府県国民保護モデル計画」(以下「モデル計画」という)に即して、できる限り具体的に指摘し、意見を述べるものである。

第1  本意見書の要旨

  本意見書では、モデル計画を検討対象としつつ、国民保護計画に関し、その策定時期、人権保障上特に規定すべき内容及び留意点、策定に際しての意見聴取等について指摘し、意見を述べている。
  すなわち、
1  第2「各地方公共団体が独自に基本的人権を尊重した国民保護計画を作成することが可能であること」では、
(1)  2005(平成17)年度中に国民保護計画を完成するという政府の方針に固執するのではなく、また、モデル計画を単に引き写しただけの国民保護計画を作成するのではなく、各地方公共団体独自に広く府民や国民保護計画に関係する者の意見を聞いて、軍事作戦優先ではなく、住民の生命身体財産の安全を優先し、かつ住民の基本的人権を侵害する恐れのない国民保護計画を作成すべきであること、国民保護協議会委員に弁護士委員を加えるべきこと、
(2)  各地方公共団体独自に、武力攻撃事態に至らないためにいかなる役割を果たせるかを積極的に検討する必要があることを述べている。
2  第3「基本的人権及び平和主義を尊重した国民保護計画の作成」では、
(1)  日本国籍以外の住民の人権保障を図るために国民保護計画で具体的な定めをおくべきこと、
  (2)  各国民保護措置のうちで特に人権保障上問題となりうる措置に関して、モデル計画では、人権保障のための手続き保障や具体的な定めを欠いているので、これらの措置を取り上げて、人権保障のために具体的に盛り込むべき事項を指摘している。
3  第4「国民保護法が定める強制措置の内容とその問題点について」では、
(1)  国民保護法が定めている強制措置については、その実施のための手続きや関係者が拒否できる「正当な理由」を具体化しないと人権侵害の恐れが強い、という観点から、国民保護計画に具体的に定めるべき事項や検討すべき事項を指摘し、
  (2)  更に強制措置の対象となる運送事業者や医療関係者など関係者について、単に事業者側だけではなく、実際に国民保護措置に従事することとなる労働者側の意見も聞きながら国民保護計画を作成すべきであることを指摘している。
4  第5「『平素からの備えや予防』について」では、モデル計画の内で特に「第2編  平素からの備えや予防」の項目を取り上げて検討を行った。
まず、武力攻撃事態等によって発生した国民保護法でいうところの「武力攻撃災害」と自然災害とは本質的に違うという観点から、
(1)  国民保護計画の定める訓練や啓発活動では、この違いを充分に意識した活動を行う必要があること、
(2)  自然災害への対策と武力攻撃災害への対策とを誤解させて住民の協力を求め、更には住民の協力を事実上強制することのないように、国民保護計画で具体的な定めをおく必要があること、
などを指摘し、そして、
(3)  国民保護法が単にいわゆる「有事」が発生した場合だけではなく、それ以前の「平時」からの備えを求める点において、有事の脅威のみを強調して平素からの対策を行った場合、憲法で定める平和主義や人権保障との抵触の危険があるという観点から、モデル計画の問題点を指摘し、平和主義や人権保障を侵害することのない国民保護計画とするために具体的に配慮すべき点を指摘している。
5  第6「安全配慮義務について」では、
(1)  実際に国民保護措置に従事する地方公共団体の職員や指定地方公共機関など関係者の生命身体の安全を確保するために、国民保護法に定められた抽象的な安全配慮義務に関する規定を具体化する規定を国民保護計画に盛り込むとともに、
  (2)  国民保護計画を作成するにあたり、国民保護措置に実際に従事することとなる職員や労働者の意見を聞き、その意向を反映させる必要があることを指摘している。
6  第7「報道の自由、知る権利への配慮をした国民保護計画」では、いわゆる「有事」において、知る権利や報道の自由が最大限に保障されなければならないという観点から、モデル計画に盛り込まれた規定では、知る権利や報道の自由、更には国民の表現の自由への保障としては不充分であること、また、指定公共機関、指定地方公共機関に指定された放送事業者の自律性を保障するためにも不充分である点を指摘した。
そして、これらの人権や放送事業者の自律性を保障するために国民保護計画に具体的に定められるべき事項を指摘している。

第2  各地方公共団体が独自に基本的人権を尊重した国民保護計画を作成することが可能であること

  1  国民保護計画作成を拙速に行うべきではない。
  (1)  自治体が足並みを揃えるよう、政府は国民保護計画の策定スケジュールを定め、「モデル条例」、「モデル計画」等を示して自治体を誘導しようとしている。
このような政府の方針を請けて、京都府においては、京都府国民保護協議会で配布された資料や既に公表されている資料によれば、国民保護計画の作成のスケジュールとして、平成17年度内における国民保護計画の作成を目指すとしており、具体的に京都府国民保護協議会本会の開催は、今後2回しか予定されていない。
      政府の方針としては、平成17年度中に各都道府県における国民保護計画の作成を目指しているが、国民保護法など法律の規定上、国民保護計画作成の期限が定められているわけではない。国民保護計画が住民の生命、身体、財産の安全にとって重要な意義を有するのみならず、人権保障上もその内容には慎重な検討が必要なことを考えれば、充分な検討をすることなく、単にモデル計画を引き写したような国民保護計画の作成を行うことは避けるべきである。
      特に国民保護計画の作成について、府議会へは報告で足り、府議会の承認が不要であることを考えても、住民の意見を充分に反映した国民保護計画を作成するには、国民保護協議会本会における審議の際に、多くの参考人から充分に意見を聞き、更に府民からの意見を聴取する機会を設けるなどして、国民保護計画が実施された場合に影響を受ける関係者や住民の意見を反映した国民保護計画を作成する必要がある。京都府国民保護協議会本会の回数も今後2回と限定するのではなく、必要な回数と時間を確保すべきである。また、国民保護協議会の審議に基本的人権の擁護の観点からの意見が出ることを担保するためにも、国民保護協議会の委員に当会推薦の弁護士を加えるべきである。
  (2)  また、モデル計画の内容を検討すれば、未だ検討中の事項や検討されていないが国民保護計画には盛り込むべき事項が多数存在すると思料される。
      例えば、
<1>  国民保護措置の実施が想定される事態の一つとして、着上陸侵攻があるとモデル計画において指摘されているが、モデル計画74頁においては、着上陸侵攻の際の避難措置について、地域が広範囲となり、国の総合的な方針としての具体的な避難措置の指示を待って行うことが適当で、平素から、避難を想定した具体的な対応を定めておくことは困難である、と指摘されている。同様にモデル計画82頁においては、着上陸侵攻の際の救援措置についても、平素から、大規模な着上陸侵攻にかかる救援を想定した具体的な対応を定めておくことは困難と指摘されている。
      このように、国民保護措置の実施が想定される事態について、現時点で具体的な避難措置や救援の措置について、具体的な計画を作成することができないのであり、かかる問題をそのままにして、中途半端な国民保護計画を作成すべきではない。
<2>  更に、住民の避難の措置と自衛隊や米軍の軍事行動との調整をどのように行うのかという点でも、モデル計画を見る限りは、具体的な計画を策定できる状況ではないと思料される。
すなわち、モデル計画31頁以下では、「避難及び救援に関する平素からの備え」について、基本事項が列挙されているが、自衛隊や米国軍の軍事行動と避難の措置が具体的にどのような関係になるのかが不明である。
モデル計画64頁以下で「避難の指示等」について定められているが、同様に軍事行動との関係が不明である。
      モデル計画67頁では、自衛隊及び米軍の行動と避難経路や避難手段の調整という項目が上がっているが、具体的にどのような方針や基準に基づき調整が行われるのか具体的な定めがされていない。
      軍事行動によって、住民の避難が阻害されることがないように国民保護計画を作成するためには、自衛隊や米軍が行う軍事行動との調整が不可欠であると思料されるが、モデル計画18頁では、「国民保護計画作成上の参考情報」として、米軍基地所在都道府県における米軍と調整する必要がある事項や米軍との連携の在り方については、関係省庁においてその対応を協議中、とあるだけである。
このように自衛隊や米軍の行動と住民の避難との関係が不明確なままで国民保護計画を作成しても、住民の避難が有効に行われる保障はないのであって、軍事行動が優先されるような国民保護計画とならないためにも、拙速な国民保護計画の作成は避けるべきである。

  2  地方自治体の使命は「住民保護」であり、作戦の支援ではない。
      国民保護法は、それ自体、単独の法律として存在するのではなく、米軍支援法、特定公共施設利用法等とともに、武力攻撃事態対処法(以下、「事態対処法」ともいう)を母法とする実施法の一つであり、地方自治体は、武力攻撃事態対処法の対処措置を実施する主体とされている(事態対処法3条、5条)。
      「対処措置」には侵害排除と国民保護の2つの分野があるが、地方自治体の主要な役割はあくまで国民保護にあり、事態対処法の下でも、地方自治体は「当該地方公共団体の住民の生命、身体及び財産の保護に関して、国の方針に基づく措置の実施その他適切な役割を担うことを基本とする」(同法7条、傍線は引用者)とされており、事態対処法、国民保護法の下でも、地方自治体の役割は、国の役割とは重点の置き方が異なっており、国家が「侵害排除」を行う際、地方自治体は、いわば安全装置として住民の人権保護の砦となることが求められていると言っても過言ではない。国民保護計画を策定するにあたっては、あらゆる場面でこの点が確認されなければならない。
      なお、事態対処法7条の「その他適切な役割」とは、立法作業に携わった礒崎陽輔氏によれば、「国の方針に基づかない措置で、当該地方公共団体の独自の判断で実施するもの」をいい、「地方公共団体が独自の判断で実施する措置があり得るのではないかと考えて」このような規定を挿入したとしている(礒崎陽輔「武力攻撃事態法の読み方」ぎょうせい、p37)。
      地方自治体が行う住民保護の措置や国民保護計画に、自治体独自の判断で行うものがあり得ることは、国民保護法の母法である武力攻撃事態法自体が認めているのである。
      この条項を活用した自律的な措置にどのようなものがあり得るのか,積極的に検討すべきである。

3  「住民の生命、身体及び財産の保護」を実現する手段は多様であり、憲法が、地方自治体を三権と並ぶ統治機構の構成要素として位置づけを与えていることに鑑みても、地方自治体は、住民の生命、身体及び財産を保護するために独自に積極的な活動を行う責務がある。
      そして、国家間の関係は、いまや政府レベルの関係にとどまらないのであって、市民、NGO、自治体などによる、文化、学術、スポーツ等多面的な交流が緊密になされることは、市民間の相互理解を深めることに役立つ。市民レベルでの友好と相互理解が確固としている場合に、意見や利害の相違があってもそれが「有事」に至る可能性は小さいはずである。地方自治体は、事態対処法7条の「その他適切な役割」として、このような市民間、自治体間の友好と相互理解を積極的に行い、これを国民保護計画においても具体化すべきである。

第3  基本的人権及び平和主義を尊重した国民保護計画の作成

国民保護法第5条第1項は「国民の保護のための措置を実施するに当っては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならない」ことを謳い、第2項は「国民の保護のための措置を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該国民の保護のための措置を実施するため必要最小限のものに限られ、かつ公正かつ適正な手続の下に行われるものとし、いやしくも国民を差別的に取り扱い、並びに思想及び信条並びに表現の自由を侵すものであってはならない」と規定している。
国民保護措置のうちで特に人権侵害が危惧される措置について、かかる視点から、モデル計画の問題点の検討結果を踏まえ、盛り込むべき具体的規定について指摘する。

1  日本国籍を有しない住民の人権保障への配慮の必要性
外国籍住民を含めて、個人の基本的人権を保障した国民保護計画を作成することが必要である。
(1)  この点で、モデル計画3頁では、「外国人への国民保護措置の適用」として、外国人についても、武力攻撃災害から保護すべきことに留意するもの、と指摘されている。ここで、日本国籍を有しない者の人権保障としては、?国民保護措置を日本国籍を有する者と同様に適用して保護すべきであるという面とともに、?排外主義的な風潮による特定の国籍を有する住民への人権侵害が事実上発生しないように国民保護計画において配慮した定めをおくべきという面がある。モデル計画では、「外国人への国民保護措置の適用」と記載しているので、第1の点について日本国籍以外の者の保護は指摘していると考えられるが、第2の人権侵害を事実上発生させないための対処については、何ら指摘していない点で不充分であり、この点で日本国籍を有しない住民への人権侵害事例を発生させてはならないことを国民保護計画に明記する必要がある。
(2)  モデル計画29頁以下では、「研修及び訓練」に関する記述があり、そこでは訓練について避難誘導や救援等に当たり高齢者や障害者その他特に配慮する者への的確な対応が図られるよう留意するべきことが指摘されているが、日本国籍を有しない住民について、上記?及び?の扱いをされるべきことを留意することの指摘がないので、その点明記すべきである。
(3)  また、モデル計画44頁以下では、「国民保護に関する啓発」に関する記述があり、そこでは、「住民が取るべき対処等の啓発」として、武力攻撃災害の兆候を発見した場合の市町村長等に対する通報義務、不審物等を発見した場合の管理者に対する通報、弾道ミサイルが飛来した場合やテロが発生した場合の住民が取るべき対処などが啓発の対象事項として挙げられている。しかし、武力攻撃事態が発生した場合に、日本国籍を有しない住民への人権侵害の事実が発生しないようにするためには、国民保護計画の中に啓発の対象とすべき事項として日本国籍を有しない住民の人権保障を明記することが必要である。

2  国民保護措置の実施に伴う人権侵害を回避するために国民保護計画中に具体的な定めをおく必要性
モデル計画は、国民保護法第5条の観点に照らし、人権保障に十分配慮した規定を置いているとは言えない。
(1)  国民の責務との関係(法4条)
国民保護法は、国民の協力についても規定しているが、この規定によって国民の協力を事実上強制するようなことにならないよう国民保護計画を作成するべきである。
      特に、国民の協力はあくまで自発的な意思に基づくのであって、強制にわたることがあってはならない、と国民保護法4条2項で規定しているが、事実上の強制を防ぐためには、単にこのような規定をおくだけでは不充分である。
<1>  モデル計画第1編第2章(5)「国民の協力」(モデル計画3頁)では、「国民は、自発的な意思により、必要な協力をするよう努める」とあるが、これでは、事実上の強制にわたらないような配慮をするというのではなく、むしろ、自ら進んで「協力に努める」ことが強調されていると考えられる。
<2>  モデル計画第2編第1章第5「研修及び訓練」における「訓練にあたっての留意事項」(モデル計画30頁)でも、住民に対して広く訓練への参加を呼びかけるという指摘はあるが、訓練への参加が事実上強制されないよう配慮すべきという指摘はない。
<3>  モデル計画第2編第5章「国民保護に関する啓発」(モデル計画44頁以下)では国民保護に関する啓発活動について記述されているが、ここでも、住民に対して強制措置(違反した場合に罰則が科される場合を含む)がとられる事項と任意の協力に限られる事項などを正確に仕分けして、住民に対して啓発活動をすることにはなっていない。
<4>  モデル計画第3編第3章9「住民への協力要請」(モデル計画59頁)においても、住民に対し、「必要な援助について協力を要請する」とあるが、事実上の強制とならないように配慮した記載が存在しない。
このように、モデル計画では、事実上の強制とならないように配慮した定めをおいているとは理解できないのであって、国民保護計画の中で、国民の協力に関する事項を記載する場合には、あくまで住民の協力が任意であり、強制にわたってはならないということを各項目において明示して記載する必要がある。また、協力要請に際しては、要請が繰り返されたり、協力要請に応じないことが不利益に結びつくことがないよう留意すべきことを明記することも必要である(「『強制』とは相手の意に反して行わせることをいい、単純に勧誘や説得を行うことは強制には含まれないと考えるべきである。しかし、執拗に説得を繰り返したり、相手が不利益を被るような条件を出して協力を求めたりすれば、強制に当たることもありうる」(「国民保護法の読み方」礒崎p19))。
また、住民に対して事実上の強制措置が行われないようにするためには、国民保護法に関する正確な情報を住民に広報するよう努めるとともに、特に本意見書で人権保障との関係で問題となりうると指摘した規定については、人権保障のために具体的にどのような配慮を国民保護計画の中でしているのかを住民に具体的に説明することも啓発の内容として定めるべきである。
(2)  避難における立入禁止等の措置の問題(法66条)
避難住民を誘導する警察官又は海上保安官(これらの者がその場にいない場合、消防吏員又は自衛官)は、危険な場所への立入りを禁止し、若しくはその場所から退去させる措置を講ずることができるとされている(同条第2および3項)。しかし、この措置は、住民の行動の自由を侵害し、また事態の状況によっては報道機関の取材活動の自由を侵害する危険がある。
ところが、モデル計画第3編第4章第2の4「避難実施要領」(モデル計画77頁)以下において、避難実施要領の策定についての記載があるが、避難における立入禁止等の措置に関する具体的な定めがない。
また、政府解釈でも、法66条の規定は、避難しない者に避難を強制する権限を与えたものではないとされているが(磯崎陽輔「国民保護法の読み方」172頁参照)、モデル計画78頁に、要避難地域における残留者の確認に関する条項があり、そこでは、避難が本来任意であることについての明示的な指摘がない。
そこで、国民保護計画を作成する際には、立入禁止等の措置の実施が恣意的に行われることがないように、立入禁止等の措置が、住民の行動の自由や報道機関の取材活動の自由と抵触する可能性があることを国民保護計画の中で指摘し、同措置を実施するにあたっては、住民の行動の自由や取材活動の自由を侵害しないように慎重にすべきであることを明示的に指摘しておく必要がある。
そして、国民保護計画において、「特に必要があること」、「危険な場所」の要件についてできるだけ具体的な基準、想定される事態毎に具体例を明らかにすることが必要である。
さらに立入禁止や「当該危険を生ずるおそれのある道路上の車両その他の物件の除去」以外の「その他の必要な措置」の具体的な内容、措置を取るための適正な手続などを明記することが必要である。
(3)  緊急通報の発令(法99条)
知事は、緊急の必要性があると自ら判断した場合に、武力攻撃災害緊急通報を発令しなければならないとされているが、当該目的は、「住民の生命、身体又は財産に対する危険を防止」することにあるので、有事における情報統制にならないよう広く住民に情報を伝える必要がある。
モデル計画第3編第4章第1の3「緊急通報の発令」(モデル計画63頁)では、緊急通報の内容として、危急の被害を避ける観点から必要最小限のもの、としている。
情報の正確性、住民の混乱の防止という観点からどのような情報を、この段階で開示するのかということを考えての指摘だと思われるが、「必要最小限」に限定するのは、住民への必要な情報の提供を考えると問題であり、正確な情報をできるだけ住民に提供するという趣旨で、国民保護計画では規定をする必要がある。
(4)  武力攻撃災害における立入禁止措置の問題点(法102条)
国民保護法102条第5項は「都道府県公安委員会又は海上保安部長等は、武力攻撃事態等において、武力攻撃災害の発生又はその拡大を防止するため、知事から要請があったとき、又は事態に照らして特に必要があると認めるときは、生活関連等施設の敷地及びその周辺区域のうち、当該生活関連等施設の安全を確保するために立入を制限する必要があるものを、立入制限区域として指定することができる」と定め、同条7項は「警察官又は海上保安官は、第5項の立入制限区域が指定されたときは、特に生活関連等施設の管理者の許可を得た者以外の者に対し、当該立入制限区域への立入を制限し、若しくは禁止し、又は当該立入制限区域からの退去を命ずることができる」と定めている(緊急対処事態にも準用されている、183条)。武力攻撃災害における立入禁止措置については、個人の行動の自由を侵害し、また報道機関の取材活動の自由を侵害する危険性もあるから、国民保護計画において当該措置をとりうる基準を明記するとともに、措置をとる際の適正手続を具体的に定める必要がある。
モデル計画第2編第3章「生活関連施設の把握等」(モデル計画38頁以下)、モデル計画第3編第7章第1の3「生活関連等施設の安全確保」(モデル計画93頁以下)の各項において、「生活関連施設」やその安全確保についての記述があるが、そこでは、法102条5項に基づく立入禁止区域の指定の要件や手続き、立入禁止区域に指定するための知事からの要請を行うための要件が具体的には定められていない。
また、生活関連施設の敷地からどの程度の範囲までを立入制限区域と指定できるのか、その範囲は、明示されておらず、武力攻撃事態等の態様や武力攻撃災害の内容に応じてその時々で判断することをモデル計画では想定していると思われる。
しかし、立入禁止禁止区域の指定がされれば、警察官と海上保安官は、管理者の許可を得たもの以外の者に対しては、立入の制限、禁止、退去を命ずることができ、立入制限違反に対しては刑罰が科されるのであるから(法193条)、立入制限区域の指定は、住民の行動の自由や報道機関の取材活動の自由に対する罰則付きの制限となる。
そこで、国民保護計画においては、立入禁止区域の指定にあたって考慮すべき事項を具体的に定める必要がある。すなわち、住民の生活への支障ができるだけ出ない方法で指定することや、立入禁止区域の指定が住民の行動の自由や報道機関の取材活動の自由などの人権保障と抵触する恐れがあることを考慮して、住民の行動の自由や取材活動の自由を尊重して立入禁止区域の指定を行うべきことなどを国民保護計画に明示的に定めておく必要がある。
また、国民保護計画において、各生活関連施設について、どの範囲を立入制限区域として指定するのか、想定される事態に応じて、ある程度基準を明確にして定める必要があり、この基準を定めるにあたっては、当該生活関連施設の周辺住民の意見や報道機関を含めた関係諸機関の意見などを聴取して行うべきである。
(5)  市町村長の応急措置(法111条、112条)
知事は、武力攻撃災害が発生するおそれがあり、武力攻撃災害拡大を防止するため緊急の必要があると認めるときは、武力攻撃災害を拡大させるおそれがある設備等の除去等必要な措置(事前措置)を構ずべきことを指示することができ(111条2項)、武力攻撃災害から住民の生命、身体若しくは財産を保護し、又は当該武力攻撃災害の拡大を防止するため緊急の必要があると認められるときは、住民に対して退避すべきことを指示することができるとされている(112条5項)。これらの指示は、住民の生命、身体、財産を保護すること等が目的であるから、軍事目的に協力する趣旨で発動してはならない。また、住民に対して退避の指示をする場合でも、個人の意思に反して退避を強制することができない。
モデル計画第3編第7章第3応急措置(モデル計画103頁)では、これらの点について触れられていないので、前記の点を明示的に国民保護計画に定める必要がある。
(6)  応急公用負担等(法113条)
知事は、武力攻撃災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、武力攻撃災害への対処に関する措置を講ずるため緊急の必要があると認められるときは、武力攻撃災害を受けた現場の工作物又は物件で武力攻撃災害への対処に関する措置の実施の支障となるものの除去その他必要な措置を講ずることができる(113条3項)。この応急公用負担の要件として、住民の生命、身体に対する危険を防止するために行うということが条文には明記されていないが、次条の警戒区域設定の要件と同様に、国民保護法の目的からして、このことが要件となっていると解されることから、当該公用負担を軍事目的に協力する趣旨で発動してはならない。
モデル計画第3編第7章第3の3「応急公用負担等」(モデル計画105頁)では、上記指摘がされていないので、国民保護計画において、上記の点を明示的に定める必要がある。
(7)  警戒区域設定の問題点(法114条)
知事は、武力攻撃災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、当該武力攻撃災害による住民の生命又は身体に対する危険を防止するため緊急の必要があると認めるときは、警戒区域を設定し、武力攻撃災害への対処に関する措置を講ずる者以外の者に対し、当該警戒区域への立入を制限し、若しくは禁止し、又は当該警戒区域からの退去を命ずることができる(114条2項)。警戒区域設定についても、個人の行動の自由を侵害し、また事態の状況によっては報道機関の取材活動の自由を侵害する危険があるから、警戒区域の設定と当該区域への立入禁止などの措置を行うためには、国民保護計画において、具体的で明確な基準を定めるとともに、人権を侵害することのないような適正な手続の保障について定めておくべきである。
モデル計画第3編第7章第3の2「警戒区域の設定」(モデル計画104頁)で警戒区域の設定について定めているが、警戒区域設定及び当該区域への立入制限等の措置の実施にあたって、人権に対する配慮を求める規定を全く置いていない。
警戒区域の設定によって、行動の自由や取材活動の自由に対して制限が加えられることになること、要件が限定されているとはいえ、警察官や海上保安官更には自衛官にも警戒区域の設定の権限が認められていること、同区域への立入制限等の措置への違反には罰則が科されること等からして、警戒区域が恣意的に設定されたり、軍事行動目的で警戒区域の設定が行われた場合には、重大な人権侵害の恐れがあると言わなければならない。
したがって、国民保護計画には、警戒区域設定にあたっては周辺住民の行動の自由や取材活動の自由の制限にかかわる措置であるから、これらの人権を侵害しないように留意すべきであるとの指摘を明示的に記載するとともに、想定される事態に応じて警戒区域設定の要件に該当する事情を具体的な例示を含めて定めるなど恣意的な設定を防止するための規定をおくこと、警察官、海上保安官、自衛官が警戒区域を設定できる場合を具体的に例示すること、などによって、人権侵害を惹起しないようにする必要がある。
また、生活関連施設とその周囲への立入制限などの措置と同様に、警戒区域設定に関して国民保護計画に定めをするにあたっては報道機関などの意見を聴取する必要がある。
(8)  避難施設の指定(法148条)
知事は、住民を避難させ、又は避難住民等の救援を行うため、あらかじめ、政令で定める基準を満たす施設を避難施設として指定しなければならない(148条1項)。避難施設に指定しようとする対象が民間施設である場合、あらかじめ管理者の同意を得て避難施設の指定をしなければならないが、避難施設に指定された場合、当然、本来の目的に利用することが制限されること、その場合強制収用でない以上損失補償がなされないことなどを、充分に説明した上で管理者の了解を得る必要があるとともに、同意を事実上強制することのないよう慎重な配慮が必要である。
モデル計画第2編第2章の5「避難施設の指定」(モデル計画34頁以下)において、避難施設の指定手続きが定められているが、そこでは、施設管理者の同意を文書で確認すると指摘しているだけである。
国民保護計画において、管理者の了解を得るにあたって説明すべき内容として、損失補償が行われないこと、本来の目的での利用が制限されても同様であること、了解するか否かは任意であることなど、説明すべき内容を具体的に定めて、管理者の充分な納得の上で了解を得るための説明の内容、方法(口頭ではなく説明内容を書面で交付するなど)などを具体的に記載しておく必要がある。また、管理者が同意を撤回するのは自由だと考えるが、この点がモデル計画では不明確であるから、国民保護計画では、同意の撤回の手続きなども規定し、かつ管理者に撤回が可能であることも説明すべき内容として定めておく必要がある。
(9)  交通の規制等(法155条)
都道府県公安委員会は、住民の避難、緊急物資の運送その他の国民の保護のための措置が的確かつ迅速に実施されるようにするため緊急の必要があると認めるときは、交通規制等ができるとされている(155条1項)。広範囲な要件のもとで交通規制等を認めている点で、人権保障上の問題を含んでいるとともに、場合によっては出動した自衛官が交通規制等を行うことができるとされており、軍事目的を優先した交通規制等がなされないか非常に危惧される。
モデル計画第3編第11章「交通規制」(モデル計画116頁以下)では、「住民の避難、緊急物資の運送その他の措置が的確かつ迅速に実施されるよう」にと規定しているが、明示的に軍事目的を優先した交通規制をすることを禁止する定めをしていない。
前にも述べたとおり住民の避難と自衛隊や米軍の軍事行動が錯綜した状態で住民の避難が阻害されることがないよう、国民保護計画では、軍事目的ではなくあくまで住民の避難や緊急物資の輸送のための交通規制であるということを明示した定めをおく必要がある。

第4  国民保護法が定める強制措置の内容とその問題点について

1  国民保護法における強制措置の内容
国民保護法は、国民保護措置の実効性を確保するために、以下のとおり、知事及び市町村長に対し、強制権限を付与している。
(1)  運送の強制
  知事、市町村長は、運送事業者である指定公共機関又は指定地方公共機関に対し、避難住民の運送、緊急物資などの運送を求めることができる。この場合、運送事業者は正当な理由がない限り拒否できない(法71、79条)
(2) 物資の保管命令・売渡要請・収用
  知事は、「救援を行うため必要があると認めるときは」、物資の生産、販売等を業とする者に対し、医薬品、食品等の救援の実施に必要な物資として政令で定める物資(特定物資)について保管を命令し、売渡を要請し、正当な理由なく拒否したときは、これを収用することができる(法81条)。物資の保管命令に従わず、特定物資を隠匿・損壊・廃棄・搬出したものについては、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられる(法189条1号)。同収用手続については、公用令書の交付により行うとされる(法83条)。指定行政機関又は指定地方行政機関も、「救援を支援する緊急の必要があると認めるとき、又は都道府県知事から要請があったとき」同様の措置をとることができる(法81条4項)。
法が定めるこれらの権限は、「武力攻撃事態等」又は「緊急対処事態」の閣議決定がなされた事態の下で、対策本部から「救援の指示」を受け、知事が「救援を行う必要性を認めた」、又は指定行政機関又は指定地方行政機関が「緊急の必要性があると認めた」という要件だけで所有者の同意がない場合でも「政令が定める物資」を公用令書一つで収用するというものである。
(3)  土地・家屋・物資の強制使用
  知事は、収容施設又は臨時の医療施設を開設するため、所有者及び占有者の同意を得て、土地、家屋又は物資を使用することができ、正当な理由なく拒否したときは、「特に必要がある」と認めれば、強制使用できる(法82条)。この強制使用は、公用令書を交付して行うものとされるが、交付すべき相手が不明である場合等には、事後の交付で足りるものとされている(法83条)。
なお、前記(2)における売渡要請等の対象となる物資は、特定物資であっていわゆる商品として業者が所有するものであるが、本項で使用の対象となる物資は、商品には限定されていない。また、上記特定物資及び土地・家屋・物資について所定の措置をとる必要がある場合に、知事などは、職員による立ち入り、検査を行わせることができ、(2)の特定物資の保管については必要な報告を求め、保管状況を検査させることができる(法84条)。この立入検査を拒み・妨げ・忌避し、特定物資の保管に関する報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、30万円以下の罰金を科せられる(法192条1号)。
(4) 医療の実施指示
  知事は、大規模な武力攻撃災害が発生した場合、「医療の提供を行うため必要があると認めるとき」、医療関係者に医療の実施を要請し、正当な理由なく拒否したときには、医療の実施を指示できる(法85条)。

2  人権侵害の危険性と措置の実施にあたって考慮すべき事項
国民保護法が定める上記強制措置は、営業の自由や財産権を制約し、さらには、個人の思想良心に抵触する行動を強制するおそれがあり、以下に述べるとおり、その実施にあたっては、慎重な配慮が必要である。
(1) 武力攻撃事態等及び緊急対処事態の認定について
  「武力攻撃事態等」又は「緊急対処事態」については、その定義が曖昧であることは、法案段階から日弁連や当会において指摘してきたところである。しかも、我が国に対する武力攻撃の恐れがあるのか、武力攻撃が予測される事態であるのか、緊急対処事態であるのかの認定については、認定そのものや認定の時期について政治的な判断が含まれるだけに、国民の間で評価、判断が分かれる可能性が高い。この点で、価値的な評価に差が生ずることが通常では考えにくい自然災害とは大きく異なるのである。
従って、知事等が前記強制措置をとるには極めて慎重であることが必要である。
(2) 正当な理由の判断
  前記の各措置については、「正当な理由」があれば、拒否することが可能である。そして、この「正当な理由」の内容については、例えば自己が使用する必要性があるなど具体的にその内容が明らかにされるべきである。また、この正当な理由の解釈について、思想、信条を理由とするものは認められないというのが政府の解釈のようである。しかし、前述のとおり、前記各措置をとる際の前提となる武力攻撃事態等や緊急対処事態の認定については、議論の分かれるところであり、思想、信条に基づく拒否について、一律に「正当な理由」から排除すべきではない。
(3) 適正手続の保障
  前記1(2)(3)の各措置は、「武力攻撃事態等」又は「緊急対処事態」の閣議決定がなされた事態の下で、対策本部から「救援の指示」を受け、知事が「救援を行うために特に必要があると認めた」というだけで、「政令が定める物資」等を公用令書一つで収用や使用ができるというものである。
この規定については、余りにも包括的な収用権限、使用権限を知事に付与するものであり憲法が保障する財産権保障を損なうおそれが強い。都道府県知事は、前記各措置の実施にあたっては、適正手続を保障するべく、国民保護計画に具体的な定めをおくべきであり、基本的人権の保障の観点からは、この点について、関係者からも充分な意見を聞いて、慎重な運用のための規定をおくことが必要である。

3  「モデル計画」の内容と国民保護計画の策定にあたって留意すべき事項
(1)  「モデル計画」の内容
モデル計画は、第3編第4章第2の3「県による避難住民の誘導の支援等」(76頁)において、指定地方公共機関による運送の実施についてわずかに規定をおいているものの、「正当な理由がないかぎり」、求めに応じるものとする、とのみ規定している。また、モデル計画は、第3編第5章の5「救援の際の物資の売渡要請等」(86頁)において、救援の際の特定物資の売渡等の要請、収容施設や臨時医療施設の開設のための土地使用、更に医療の要請について定めているものの、「正当な理由」についての具体的な説明がされていない。さらに、売渡要請などについても、権利者の権利を侵害しないような手続についての定めを具体的においていない。
(2)  国民保護計画の策定にあたって留意すべき事項
そこで、具体的に国民保護計画を策定するにあたっては、以下の諸点に留意すべきである。
<1>  国民保護計画において強制措置について定める項では、国民保護措置の実施の前提となる武力攻撃事態等の認定について、自然災害と異なり、様々な評価があり得るので、知事又は市町村長が強制措置を実施することについては、慎重な配慮が必要である旨を明記することが必要である。
<2> 上記「正当な理由」については、例えば自己使用の必要性がある場合などを例示すべきであり、また、知事、市町村長の強制措置の対象となった住民が思想、信条に基づきこれを拒否した場合、一律に認めないとすべきではない。どのような場合が「正当な理由」に該当するかについては、関係者の意見を広く聴取し、国民保護計画の中で具体的に定めることも検討する必要がある。
<3> 上記1(2)(3)の各措置を実施する場合の必要性の要件や手続について、具体的に明記すべきである。
<4>  更に、国民保護計画を作成するにあたって、強制措置の対象となりうる運送業への従事者(単に事業者だけではなく、実際に運送に従事することになる労働者やその意向を代表する労働組合)、医療関係者、売渡要請や土地などの使用の要請を受ける可能性がある一定の土地所有者などの権利者等からできる限り広く意見を聴取したうえで、その意見を反映した国民保護計画を作成するようにすべきである。

第5  「平素からの備えや予防」について

1  自然災害のための制度を武力攻撃災害に対する備えや予防へ転用する考え方は危険であることについて
(1)  国民保護法は、地方自治体は、「国民の保護のための措置を的確かつ迅速に実施するため必要な組織を整備するとともに、国民の保護のための措置に関する事務又は業務に従事する職員の配置及び服務の基準を定めなければならない」(法41条)と義務づけている。
      そして、法41条は、いつ、どのように発生するかわからない「事態」のために専任の組織を創設することはできないので、「有事のための専属組織を平時において設置しておかなければならないわけではなく、既存の組織を活用して、有事に転用できるよう有事における役割分担をあらかじめ定めておくことを意味している」と解されている(前掲「国民保護法の読み方」114頁)。
(2)  モデル計画は、このような法の解釈を前提として、武力攻撃災害を自然災害と同様に扱い、自然災害への備えや予防手段を武力攻撃災害に転用しているが、そのような考え方は危険である。
      国民保護法は、「武力攻撃災害」という概念を用いているが、武力攻撃災害と自然災害は全く異なるのであって、これを「災害」として同一視した対策をとることは、両者の違いを無視した安易な人権制限につながる危険性がある。  
同法によれば、「武力攻撃災害」とは、「武力攻撃により直接又は間接に生じる人の生死又は負傷、火災、爆発、放射性物質の放出その他の人的物的災害」(法2条4項)をいうとされる。同法は、本来人為的に引き起こされる武力攻撃による被害を、不可避的に発生する自然災害と同種であるかのように言うことにより、有事の場合に、自然災害を対象とする既存の災害対策法制によって構築された組織やネットワークを転用しようとしている。
      我が国の災害対策法制は、伊勢湾台風を契機として制定された、災害対策基本法を中心として法制化され、同法は、国、地方公共団体、及びその他の公共機関によるネットワークを構築し、総合的、計画的な防災行政を整備、推進することを目的としている。そして、同法の基本は、国民の生命、身体、財産を災害から保護すること(同法1条)、すなわち、憲法の基本原理である基本的人権の保障にある。しかるに、国民保護法は、前記のとおり、平和主義、基本的人権の保護という憲法の基本原理を損なうおそれがあるから、国民保護計画に、災害対策法制に基づく諸制度を転用するのは、これらの制度の趣旨に反するおそれがあり、慎重でなければならない。
      国民保護法が、「武力攻撃災害」という概念を用いて、武力攻撃による被害を一種の自然災害であるかのように位置づけることは、国民の協力や強制措置について了解が得られやすいという狙いもあるのではないかと考えられる。
      国民保護法は、政府に対して国民に対する啓発に努めることを求めているが(法43条)、政府あるいは地方公共団体は、国民の自然災害に対する意識を利用し、武力攻撃の事態と自然災害とを同種のものと誤解させるような啓発活動を行うことにより、国民の協力や強制措置への受忍を事実上強制し、国民の権利を安易に制限するようなことがあってはならない。
      したがって、京都府が国民保護計画を作成し、また国民保護法に定める国民保護措置を実施するにあたっては、安易に災害対策法制に基づく諸制度を転用すべきではなく、自然災害と武力攻撃事態(緊急対処事態を含む)による被害の性格の違いや、そもそも武力攻撃事態等の発生やその認定自体が、自然災害と異なって、政治性を有するものであって、自然災害と同視できないことを充分に念頭に置く必要がある。
(3)  そもそも、武力攻撃災害に対して、有効な備えや予防がありうるのか大いに疑問である。平成17年3月に国が作成した「国民の保護に関する基本指針」は、武力攻撃事態として、着上陸侵攻、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃の4つの類型を想定しており、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃に対しては、まず屋内へ避難することとされている。基本指針のこの考え方は、最初の攻撃は避けようがないので、その後の被害の拡大を抑えることを想定しており、最初の攻撃に対しては有効な備えや予防があり得ないことを前提としている。また、その後の被害の拡大を防止するといっても、京都府の広い地域が攻撃され、或いは広い地域に被害が広がる恐れのある場合に、多くの京都府民が他府県に避難することなど、現実的には不可能である。また、原子力爆弾など、核兵器を用いた攻撃がなされた場合には、どんな備えや予防があっても甚大な被害が生じることになる。
      このように、武力攻撃災害に対して有効な備えや予防は実際には不可能であるにもかかわらず、国民に対してその備えや予防を強調すると、武力攻撃災害に対する不安や危機意識だけを煽ることになり、仮想敵国を作り出して仮想敵国の国民を差別扱いしたり、わが国の軍事大国化を進めることにもなりかねない。
      よって、京都府が国民保護計画を策定するにあたっては、これまでに述べた問題点を踏まえ、平時からの備えや予防を強調することのないように留意すべきである。

  2  個別の問題点について
      特に以下の点を指摘する。
(1)  「第2  関係機関との連携体制の整備」について
<1>  モデル計画では、国、特に防衛庁・自衛隊との連携を図る、とされており京都府も、平成16年11月に作成した平成17年度政府予算に関する重点要望書(以下「京都府要望書」という)で、特に自衛隊との実質的な連携ができる体制を構築することが重要であると述べている。
      しかしながら、自衛隊との過度の連携は、国民保護計画を通して、国、自衛隊が京都府政全般に干渉することにつながりかねず、憲法が保障する地方自治の原則を危うくすることになる。
      よって、京都府の策定する国民保護計画においては、防衛庁や自衛隊との連携が過度に強調されることがないようにしなければならない。      
<2>  モデル計画案は、市町村との連携の項で、消防団の充実・活性化を図るというが、消防団に国民保護計画のなかで重要な役割を担わせるのであれば、消防団員に対して、国民保護措置を実施するにあたっては、国民の基本的人権を尊重し、国民の権利利益の迅速な救済が必要であること(基本指針3頁「第1章  国民の保護のための措置の実施に関する基本的な方針」)をよく理解させる必要があり、国民保護計画において、そのための具体的な手だてを明記すべきである。
      また、モデル計画案は、ボランティア団体等に対する支援の項で、特に自主防衛組織に対する支援を述べるが、自主防災組織を一般のボランティア団体と区別する必要はない。かえって自主防災組織を特別扱いすることは、住民間に無用の摩擦や人権侵害をもたらすおそれがある。国民保護計画においては、その点に留意することを明記すべきである。
(2)  「第4  情報収集・提供等の体制整備」について
モデル計画案は、地方公共団体は、国民保護措置の実施のために必要な情報の収集、蓄積及び更新に努めると定める。しかし、この情報収集活動が過度に強調されると、平時から個人情報が際限なく行政によって収集、蓄積、利用される恐れがある。また、国民が平時から、他人の行動を監視し、行政にその情報を伝えることになれば、国民相互が監視しあう戦前の恐怖政治の再現と成りかねない。国民保護計画において、その点に留意し、京都府の情報の管理の点を含めて、京都府の情報収集活動を監視する第三者機関の設置を明記すべきである。
(3)  「第5  研修及び訓練」について
      モデル計画案は、特に訓練について、防災訓練における既存のノウハウを活用する、防災訓練における実施項目を参考にして訓練を実施する、可能な範囲で国民保護措置についての訓練と、防災訓練とを有機的に連携させるとして、自然災害のための制度の転用を図っている。しかし、自然災害のための制度を国民保護措置に転用することについては前述のように大きな問題点があり安易な転用は慎むべきである。
      また、モデル計画案は、訓練にあたっては、住民に対し広く訓練への参加を呼びかけるとされているが、訓練に参加するか否かは住民の自由意思に基づくべきであり、訓練に参加しなかった者が他の住民から差別扱いされるようなことがあってはならず、事実上の強制をすることのないよう、国民保護計画においてその旨を明記し、担当職員に周知徹底を図るべきである。
(4)  「第5章  国民保護に関する啓発」について
      モデル計画案では、国民保護の意義や仕組みについて、広く国民の理解が深まるよう、あらゆる機会を通じ説明を行うことが重要であるとされているが、有効な備えや予防が難しいにもかかわらず、過度の啓発活動を行うと、前述のように、国民に対して武力攻撃災害に対する不安や危機意識を煽ることになる。また、モデル計画案では、啓発の実施にあたっては、防災に関する啓発と連携するとされているが、自然災害のための制度を国民保護措置に転用することの問題点については既に述べたところである。国民保護計画において、「啓発」に名を借りた言論弾圧や思想統制とならないための方策、措置を明記することが必要である。

第6  安全配慮義務について

  1  事態対処法及び国民保護法上の安全配慮に関する規定
  事態対処法及び国民保護法には、措置の実施に当たって、安全の確保につき多くの規定を置いているが、これは、対処措置に携わる者あるいは協力する者について、自己の生命身体を危険にさらしてまで対処措置を実施する必要がないという基本的な考え方に基づいている。
地方公共団体は、いわゆる非常事態が警報され、措置が指示されるという場合に、地方公共団体や指定公共機関、指定地方公共機関に所属する職員等を国民保護措置に従事させるよう派遣や指示を出し、職員らは危険に接近し、危険な状態にさらされることになるから、これらの者の生命身体への安全配慮は十分なされなければならない。
      事態対処法第17条は、「政府は、地方公共団体及び指定公共機関が実施する対処措置について、その内容に応じ、安全の確保に配慮しなければならない」と定め、国民保護法第22条では、国、都道府県、市町村が国民保護措置について、「その内容に応じ、安全の確保に配慮しなければならない」と定めている。いずれも規定が抽象的であるため、実際には国民保護措置の実施にあって危険な行為を事実上強制される可能性があり、これを防止するには、国民保護計画内に具体的な定めをする必要がある。ところが、以下で述べるとおり、政府が作成した基本指針やモデル計画において、上記の点について、充分具体的な定めがされているとは言い難い。

  2  国民の保護に関する基本指針について
  同指針には、第1章8「安全の確保」という項が設けられている。その内容としては、「情報の提供」、「連絡応援体制の確立」、機関同士の「連携」と記載されている。これらは、「情報の提供」により、無用な混乱が回避され、混乱や危険な状態に曝されないという効果があることは否定できないが、むしろ「対処措置」(事態対処法第2条7号)や「国民の保護のための措置」(国民保護法第10条)を円滑に行うために必要な行為という意味合いが強く、法律が特別に安全配慮義務を規定した趣旨をより具体化し内容を豊かにするものとは言い難く、極めて不十分である。
  また、「対処措置」や「国民の保護のための措置」を円滑に行うために必要な行為と、国民保護措置に従事する者に危険が及ばないために必要な措置とは、ある意味では逆のことを意味する。そして、危険が及ばないようにするために必要な措置としては、様々な積極的行為や物的人的な具体的措置が想定されるところだが、基本指針はそれらについては全く触れられていない。

  3  都道府県国民保護モデル計画について
  モデル計画では、第1編第2章  国民保護措置に関する基本方針(8)「国民保護措置に従事する者等の安全の確保」に「県は、国民保護措置に従事する者の安全

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