弁護士による依頼者密告制度(ゲートキーパー立法)に反対する会長声明(2006年3月23日)


1、2003年6月、FATF(OECD加盟国等で構成されている政府間機関である金融活動作業部会)はマネー・ロンダリング及びテロ資金対策を目的として、従前から対象としていた金融機関に加え、弁護士などに対しても、不動産の売買等一定の取引に関し、金銭の移動がマネー・ロンダリングやテロ資金の移動であるとの「疑わしい取引」を金融情報機関(FIU)に報告することを義務づける勧告を出した。
  これを承け、政府の国際組織犯罪・国際テロ対策推進本部は、2004年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中でFATF勧告の完全実施を決めた。さらに、2005年11月17日には、この勧告実施のための措置として、現在金融庁に置かれている金融情報機関(FIU)を警察庁に移管すること、法律案の作成は警察庁が行い、この法案は2007年の通常国会に提出することなどを決定した。
  FATF勧告が求める内容からすれば、弁護士は、「疑わしい取引」を報告しなければならず、かつ、報告したことをその依頼者に開示することは禁止され、通報しておけば依頼者との関係では民事責任を免れるものの、通報しなかった場合には刑事罰その他の制裁が科されるという内容の法律となる。
  このような法制度は、依頼者に対する民事免責と処罰や懲戒をもってする心理的強制によって、結局は「疑い」のレベルに至らないあらゆる情報までを、依頼者には内密にして通報することを求めるものであり、まさしく、広範な「弁護士による依頼者密告制度」を創設するものといわなければならない。
  当会は、以下のとおり、この「弁護士による依頼者密告制度の法制化」(ゲートキーパー立法)に強く反対する。

2、この制度は、弁護士の守秘義務を侵害し、市民と弁護士との信頼関係を決定的に損なうことになる。
  弁護士と依頼者の信頼関係が維持されることは、依頼者の権利利益を擁護するための弁護士活動の必須不可欠の大前提というべきである。そのために、弁護士は、職務上知り得た依頼者の秘密を守るべき義務を負担している。一般的にも、依頼者が弁護士に話した内容については堅く秘密が守られ、弁護士は、依頼者の秘密をあくまで守り抜く存在であると信じられている。それゆえに、弁護士に真実を語り、また、弁護士は真実が語られるからこそ、法を遵守して行動するように適切に助言することができるのである。
  にもかかわらず、依頼者が信頼して弁護士に打ち明けた事実が、依頼者に知らされることなく国家機関に開示されるとなれば、このような信頼関係を構築・維持することは到底不可能である。そして、市民は弁護士に真実を語ることを躊躇することになり、弁護士が適切な助言をすることもできず、却って違法行為を助長することになりかねない。

3、また、この制度は、市民の弁護士に対する信頼を傷つけ、弁護士の国家権力からの独立性を危うくするものである。
  弁護士は、刑事弁護を始めとして、警察機関との対抗関係の中で市民の人権を擁護することを重要な職責の一つとしており、市民の間にその職責に対する期待と信頼が存在している。
  ところが、「疑わしい取引」を警察庁に報告するという制度を設けることになると、弁護士と警察庁とが犯罪捜査において協力関係にあること、あるいは、その統制下に置かれているような外観を作り出すことになり、一般市民の弁護士に対する信頼を決定的に傷つける。また、弁護士が、刑罰をもって通報を義務づけられるというのでは、弁護士が国家権力から独立して市民の人権を擁護するという使命も果たし得なくなる。弁護士は市民の守り手ではなく、警察機関とともにする市民の監視役になってしまい、職業としての弁護士制度の崩壊を招き、ひいては民主的な司法制度の根幹を揺るがしかねないものである。

4、現に諸外国においても、アメリカでは、アメリカ法曹協会(ABA)は、報告義務を課すことにより却って違法行為を助長するとの理由による強硬な反対運動がなされており、未だ立法化の動きはない。カナダでは一旦法制化されたが、弁護士会による法律の執行の差止仮処分が認められ、政府が弁護士への適用を撤回している。同様に国内法制化されたベルギーやポーランドでは、弁護士会がこの制度の違憲性を指摘して、行政・憲法裁判所に提訴し係争中である。このように、諸外国でも反対運動が続けられている。

5、よって、当会は、今回の政府決定を容認することはできず、強く反対し、「弁護士による依頼者密告制度の法制化」(ゲートキーパー立法)を阻止するため、日弁連とともに反対運動を強力に展開していくことを決意する。


2006年(平成18年)3月23日


京都弁護士会                    

                                                  
会 長   田   中   彰   寿


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