司法アクセスを阻害する弁護士報酬の敗訴者負担に反対する決議(2002年12月3日)



  弁護士報酬の両面的な敗訴者負担制度は,市民の司法へのアクセスを抑制するおそれが
あり,また裁判の人権保障機能及び法創造機能を損なうものであるから,当会はその導入
に強く反対する。

  以上のとおり決議する。

提  案  理  由

1.司法制度改革の基本理念は何か
  司法制度改革推進本部司法アクセス検討会において,弁護士報酬の敗訴者負担制度の取
扱いについて本格的な検討が開始されようとしている。
  そもそも司法制度改革の基本理念は,市民に開かれた市民の利用しやすい司法の実現で
あった。司法制度改革審議会意見書も,市民が容易に自らの権利・利益を確保し実現でき
るよう,そして,事前規制の廃止・緩和に伴って,弱い立場の人が不当な不利益を受ける
ことのないよう,市民の間で起きる様々な紛争が適正かつ迅速に解決される仕組みを求め
ている。
  よって,市民の司法へのアクセスの拡充のための制度整備は,このような視点に合致す
るものでなければならない。その法制化に向けての検討においては,何よりも裁判の現場,
裁判の実情を踏まえ,具体的事案に即し,制度改革が市民の司法へのアクセスを阻害しな
いことを確認した上でなされなければならない。

2.弁護士報酬敗訴者負担制度の弊害
(1) 裁判は,訴え提起前には,証拠の偏在,法律の解釈適用に幅があること,または法律の
不備などから,事実関係や勝敗の見通しを立てることが困難な場合が少なくない。
たとえば,不法行為の過失の認定や損害の算定,賃貸借契約の解除における正当事
由や労働事件での解雇権の判断など,法的評価に幅が あり裁判結果の見通しが困難な
場合がある。証券取引や商品先物取引,変額保険などの消費者訴訟に見られるように,
裁判官によって事業者の注意義務の認定に広狭があるケースも,また少なくない。
  薬害・医療過誤訴訟,消費者訴訟,労災事故に関する訴訟,複雑な不法行為訴訟,不
正競争防止法違反や談合・カルテルに関する訴訟などでは,証拠の偏在などのために訴
訟提起の段階で勝敗の見通しを立てることはしばしば困難である。
  近年の急速な社会の情勢や価値観の変化により,司法判断も変化し,また変化してい
くことが期待されている。公害・環境訴訟,消費者訴訟,労災訴訟,ハンセン病訴訟,
議員定数などの憲法訴訟,セクシュアル・ハラスメントやDV被害など女性の権利に関
する訴訟などが,敗訴判決を乗り越えて新たな権利の確立と社会規範の創造に果たして
きた役割は大きい。このように判決の見通しをたてにくい裁判において、敗訴者負担制
度が導入されると,敗けた場合の二重の弁護士費用の負担をおそれて,これらの訴訟の
提起が著しく抑止されるおそれが大きい。
(2) 司法制度改革審議会が,敗訴者負担制度の導入を検討することにしたのは,「弁護士報
酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者」に訴訟を利用
しやすくするためであるが,そのような事例はこれまでの議論を見ても殆ど想定しえな
い。他方で,敗訴者負担制度は,契約書面を事前に完備して訴訟に臨むことができる貸
  金業者や相手方の弁護士報酬を負担できる経済的余力がある当事者を除き,多くの市民
  の司法へのアクセスを抑制するおそれがある。また提訴後においても,意に反する和解
  を強いられるおそれがある。さらに,敗訴者への負担の可否,あるいは負担させる額の
  決定を裁判所の裁量に委ねることは,裁判所の裁量権を不当に拡大させる危険性がある。
(3) 弁護士報酬の敗訴者負担制度の採否は,市民による裁判の利用を拡充することに寄与す
  るものか否か,司法改革の趣旨に合致したものであるか否かの観点から検討することが
  必要である。その観点に照らせば,例えば国や地方自治体に対する公益のための訴訟な
  どに限って,片面的敗訴者負担制度,すなわち原告勝訴の場合にのみ被告に弁護士報酬
  を負担させる制度を採用して,この種の訴訟の拡充を支援すべきである。

3.結  語
  弁護士報酬の敗訴者負担のあり方は,市民による裁判の利用に極めて重大な影響をもつ問題である。
  敗訴者負担制度を導入することは,社会の変化に対応した判例の発展や司法の活力ある法創造機能
を阻害する。活力を失った司法は,行政や立法の追認機関となり,法の支配を社会の隅々に及ぼす
という司法改革の本来の目的に逆行するものである。
  当会は,市民の裁判へのアクセスを拡充するために,弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入
に強く反対するものであり,市民による訴訟の利用を抑制する恐れを排除するために,市民ととも
に全力を尽くすものである。

                          2002年(平成14年)12月3日

                                                        京都弁護士会          
                                                            会 長    田  畑  佑  晃

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