民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を求める緊急決議(2002年5月28日)



   民事法律扶助法は、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要
な措置を講ずることを国の責務とし、民事法律扶助事業の全国的に均質な遂行の実現に努めることを指定
法人の義務としている。
民事法律扶助事業の実施の指定を受けている財団法人法律扶助協会(以下、協会という)は、国に対し、
平成13年度の民事法律扶助事業の補助金として、59億8,000万円を要望した。これに対する国の決定額は
25億7,500万円弱であり、その後の補正額2億8,000円を加えても約28億5,500万円にとどまった。一方、
同年度に扱った協会の事業のうち、代理援助の件数だけでも29,854件に及んでおり、財源不足のため、
年度末には協会各支部において受付窓口の閉鎖や、自己破産の利用制限(全国30以上の支部)、申込み
は受け付けても扶助決定を4月以降とするなどの状況に陥った。
そこで、協会は法務省に対し、平成14年度の民事法律扶助事業の補助金として66億円余の予算要望を行
い、法務省は36億円の概算要求をまとめたものの、内閣府及び財務省の査定を受け、平成14年度の予算
は要望額の半額以下である約30億円しか認められなかった。
しかしながら、30億円の国庫補助金では償還金等を加算しても平成13年度の事件数にしか対応できず、
代理援助の件数が4万件に近づくことが予測される平成14年度は、前年度と同様、年度途中で財源不足の
ために、援助申込受付を中止せざるを得ない深刻な事態となることは必至である。
現に、協会京都支部においても、代理援助件数は706件(平成11年度)、1,348件(平成12年度)、1,799件
(平成13年度)と急増し、平成14年度は2,500件に迫ることが予想されているにもかかわらず、前年度実
績さえ下回る1,797件の予定上限件数の制約をせざるを得ない状況となっている。このままでは民事法律
扶助制度は破綻し、経済的弱者の司法へのアクセスが閉ざされることとなる。
しかるに,民事法律扶助制度は、憲法第32条の「裁判を受ける権利」を実質的に保障する制度であり、
平成13年6月12日に発表された司法制度改革審議会の「意見書」では、「民事法律扶助制度については、
対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等について、更に総合的・体系的な
検討を加えた上で、一層充実すべきである」とし、扶助の拡充を求めている。
京都弁護士会は国に対し、国民の裁判を受ける権利を保障し、利用しやすい司法を実現するために、民事
法律扶助事業に対する補正予算を計上するなど直ちに必要な財政措置を講ずることを強く求めるものであ
る。
以上のとおり、決議する。
                                   2002年(平成14年)5月28日
     京 都 弁 護 士 会      
提  案  理  由

1.民事法律扶助法の制定と国の責務
民事法律扶助法は、平成12年4月21日に成立し、同年10月1日より施行された。同法第3条は、国の責務と
して、「国は、民事法律扶助事業の適正な運営を確保し、その健全な発展を図るため、民事法律扶助事業
の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要な措置を講ずるよう努めるとともに、そ
の周知のために必要な措置を講ずるものとする」と定めている。また、同法第6条は、指定法人の義務とし
て、「指定法人は、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行の実現に努めると
ともに、第二条に規定する国民等が法律相談を簡易に受けられるようにする等民事法律扶助事業が国民等に
利用しやすいものとなるよう配慮しなければならない」としている。
従って、指定法人が同法の定める義務を履行するためには、その時代の国民の司法に対する需要に見合った
事業費の確保はもとより、全国の支部組織の強化が急務となっていることから事務費についても十分な補助
金が交付されなければならない。
なお、同法案の採決に際し、衆議院法務委員会は、附帯決議で、「政府は、指定法人が民事法律扶助事業の
統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な運営が行えるよう、財政措置を含む必要な措置を講ずるよう努
めること」とし、参議院法務委員会の附帯決議でも、政府に対し、「民事法律扶助制度が憲法32条の裁判を
受ける権利を実質的に保障する制度であることにかんがみ、財政措置を含む民事法律扶助制度の拡充に努め
ること」を求めている。
このように、民事法律扶助法に基づく法律扶助事業に対しては、国が十分な財政措置を講じることが当然の
前提とされているのである。

2.民事法律扶助法施行後の状況と国の予算措置
平成12年10月1日から民事法律扶助法が施行され、新しい法律扶助事業がスタートしたが、この数年度におけ
る事業及び国庫補助金の推移並びに財団法人法律扶助協会京都支部の援助件数は、次のとおりとなっている
(同協会調べ)。

(1)  民事法律扶助事業の推移(件数)
平成11年度  平成12年度  平成13年度  平成14年度
全国統計                                            予定上限件数  予定希望件数
代理援助            12,744      20,098      29,855 30,600        41,925
書類作成援助             0         163       1,063 1,600         1,812
法律相談援助        22,362      35,505      48,191      61,650

京都支部実績
代理援助               706      1,348       1,799       1,797        2,500
書類作成援助             0         13          85 90          110
法律相談援助           244        931       1,247     2,300        1,950

(2)国の補助金の推移(単位:千円)
平成11年度  平成12年度  平成13年度  平成14年度
事 業 費           909,781   1,842,648   2,432,251 2,632,614
事 務 費                 −     299,439   389,455     350,272
広報宣伝委託謝金 3,060   17,404     33,241      15,572
合  計             912,841 2,159,491 2,854,947   2,998,458


これによると、国庫補助金の伸びは、法施行時に代理援助件数の伸びを超えたものの、平成13年度は代理援
助件数の伸びが48.5%であるのに対し、年度当初の補助金の伸びは20.2%増にとどまった。そのため、財団法
人法律扶助協会では、平成13年秋の段階で資金難から扶助事件決定を中止せざるを得ない状況に立ち至った。
同年秋の補正予算において、2億8,000万円が追加されたことにより、同協会の事業は、かろうじて急場をし
のぐことができたが、その後も特に自己破産件数の伸びはすさまじく、平成13年度(平成14年3月)末での推計
は22,387件に達する見込みとなり、ついに同協会は、平成14年1月、全国の50支部について援助件数の上限枠
を設定する措置を講じた。その結果、各支部では、利用を制限したり、受付窓口を閉鎖するなどの対応をと
らざるを得ないという異例の事態となった。
例えば、同協会和歌山支部では同年1月から受付を中止し、4月まで待機措置を取ったとのことであり、東京、
大阪、京都、兵庫、奈良などの各支部でも自己破産の利用を一部制限し、申込みは受付けても決定を4月以降
としたり、同様の措置を講じた支部が次のとおり全国に広がる傾向を見せた。

(1) 自己破産の援助を生活保護受給者に限定、または援助要件を厳格にした支部
東京、茨城、栃木、群馬、静岡、大阪、京都、滋賀、愛知、岐阜、福井、広島、山口、福岡、長崎、大分、熊本
、鹿児島、宮崎、仙台、福島、山形、岩手、秋田、札幌函館、旭川、香川、徳島                  (29支部)

(2) 自己破産の援助申込みを受け付けても決定を4月以降とした支部
東京、神奈川、埼玉、千葉、静岡、山梨、長野、新潟、大阪、京都、兵庫、奈良、愛知、三重、岐阜、福井、石川、
富山、岡山、島根、福岡、佐賀、長崎、大分、宮崎、沖縄、仙台、福島、山形、秋田、青森、札幌、函館、旭川  
                                                  (34支部)

また、同協会は法務省に対し、平成14年度の民事法律扶助事業の補助金として66億円余の要望をなし、法務省は
36億円の概算要求をまとめたものの、内閣府及び財務省の査定を受け、平成14年度の国庫補助金は約30億円とさ
れ、結果として大幅に圧縮された。
しかしながら、30億円の国庫補助金では、償還金等を加算しても平成13年度の事件数にようやく対応できる程度
であり、代理援助の件数が40,000件に近づこうとしている平成14年度においては、早ければ秋の時点で同協会の
かなりの支部で援助申込受付の中止という深刻な事態となることが予想される。
同協会京都支部では、前記のような事態のため、平成13年度において自己破産の利用の一部について制限を実施
したほか、同年度中に代理援助申込みを受付けても決定を4月以降とした平成14年度への繰越件数が359件にも達
している。このため、代理援助の上限件数が前年度実績を下回る1,797件に設定された平成14年度は、これらの繰
越件数分を考慮すると、前年度実績なみの代理援助を行おうとしても約3,000万円程度の財源不足に陥ると予想さ
れる事態にある。
これに対し、当会は、同支部に対するこれまでの援助に加え、さらに追加援助を行う予定であるが、しかし、日本
弁護士会連合会・当会を含む各弁護士会及び個々の弁護士からの同協会に対する資金援助、寄附などにも限界があ
る。指定法人たる財団法人法律扶助協会による民事法律扶助事業の運営は、極めて厳しいものとなっている。

3.司法制度改革と民事法律扶助制度
平成11年7月、内閣のもとに設置された司法制度改革審議会は、2年にわたる審議を経て、平成13年6月、意見書をと
りまとめたが、そこではわが国の法律扶助制度が「欧米諸国と比べれば、民事法律扶助事業の対象事件の範囲、対
象者の範囲等は限定的であり、予算規模も小さく、憲法第32条の『裁判を受ける権利』の実質的保障という観点か
らは、なお不十分と考えられる」と指摘し、「民事法律扶助制度については、対象事件・対象者の範囲、利用者負
担の在り方、運営主体の在り方等について、更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実すべきである」と
提言した。
その上で、同意見書は「今般の司法制度改革を実現するためには、財政面での十分な手当が不可欠であるため、政
府に対して、司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について、特段の配慮をなされるよ
う求める」とまとめている。
このことをふまえ、平成14年3月に閣議決定された「司法制度改革推進計画」においては、「民事法律扶助制度につ
いて、対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等につき更に総合的・体系的な検討を加
えた上で、一層充実することとし、本部設置期限までに、所要の措置を講ずる」ことが明記された。
従って、国は、平成16年11月末日までに、民事法律扶助制度について財政上の措置を含む所要の措置を講じなければ
ならないこととされたのである。

4.民事法律扶助事業に対する抜本的財政措置を講じる必要性
国は、今次の司法制度改革を「明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会への転換に不
可欠な、国家戦略の中に位置づけるべき重要かつ緊急の課題であり、利用者である国民の視点から、司法の基本
的制度を抜本的に見直す大改革」としている。
民事法律扶助法に基づきスタートした法律扶助制度は、今次の司法制度改革の議論の過程において先行実施され
たいわばモデルケースであり、その成否は司法制度改革全体の性格を決定づける極めて重要な意義をもつもので
ある。
その意味で、国は、民事法律扶助事業が財政難を理由にとん挫するような事態を断じて招いてはならないという
べきである。
しかしながら、内閣のもとに設置された司法制度改革審議会及び司法制度改革推進本部の上記のような意見にも
かかわらず、民事法律扶助事業に対する国庫補助金の決定のプロセスと結果を見る限り、国は国民の「裁判を受
ける権利」を保障することを放擲しようとしているといわざるを得ない。特に、内閣府及び財務省は司法制度改
革と法律扶助制度改革の意義を改めて確認し、必要な予算の確保に努めるべきである。
また、上記2.に述べたとおり、現に法的援助を求める多数の国民が存在するのであり、それを財源不足を理由
に放置することは、民事法律扶助法に定める国の責務を放棄するに等しい。
日本弁護士連合会は、先般、同連合会の司法制度改革推進計画において、民事法律扶助の「一層の充実・発展を
図るため、必要な提言等を行い、逐次所要の取組を行う」ことを表明し、また、本年5月24日「民事法律扶助事
業に対する抜本的財政措置を求める緊急決議」を採択したところである。
当会は、国による民事法律扶助事業に対する抜本的な財政措置が怠られるならば、憲法が保障する国民の「裁判
を受ける権利」が損なわれ、今次司法改革に対する国民の期待を裏切る事態を招くことに深い憂慮を抱くもので
あり、国に対し、民事法律扶助事業に対する抜本的な財政措置を速やかに講じられることを強く求め、本決議を
提案するものである。

以 上

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