意見書

京都市の新たな景観政策の素案 時を超え光り輝く京都の景観づくり についての意見書(2007年2月9日)


京都市の新たな景観政策の素案−時を超え光り輝く京都の景観づくり−についての意見書

2007年(平成19年)2月9日

京都弁護士会

目      次

意見の趣旨                                                        

意見の理由
第1.はじめに
第2.景観政策の理念、方針について
第3.景観に関する権利性確立の必要性
第4.京都市全域についての高度地区指定と容積率規制の強化の必要性
第5.京都市全域についての景観地区の指定の必要性
第6.住民及び市民参加の必要性
第7.補償問題について
第8.税制上の特別措置の必要性
第9.住み続けられるまちづくりの視点の必要性
第10.緑地の保全の必要性
第11.京都の景観と経済
第12.景観誘導型許可制度(例外許可制度)創設の問題点について
第13.区分所有建物の将来対策について

意見の趣旨


1.京都市新景観政策の素案における高さ規制やデザイン規制の強化等の基本方向に賛成する。
2.しかしながら、素案は、京都市全域を対象とするものではなく、容積率の引き下げを伴っていないこと、高さ制限の例外許可制度を盛り込んでいる等の不十分な点や問題点がある。
3.例外許可制度を除き、新景観政策を速やかに実施に移すとともに、これらの不十分な点や問題点については、十分な市民参加の手続きのもとに見直しをすべきである。
4.今後、より一層の住民参加のもとに、地区毎の詳細な景観保存再生計画を策定すべきである。
5.新景観政策によって発生する既存不適格建物、とりわけ区分所有によるマンションの建て替えに際しての公的支援策(解体費用の助成等)の拡充を図るべきである。


意見の理由


第1.はじめに  
1.昨年(2006年)11月、「時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会」(以下「景観審議会」という)の「最終答申」が出され、京都市はこれを受けて「新たな景観政策の素案についてー時を超え光り輝く京都の景観づくりー」(以下「新景観政策」という)を公表した。
    2006年内の各地区毎の説明会の開催及びパブリックコメントを経て、2006年度内に都市計画決定の縦覧・意見書受付、関係審議会の審議、関係条例の制定・改正が予定されており、2007年度のできるだけ早い時期に都市計画決定の告示、関係条例の施行による新基準の適用を開始したいとの京都市の意向である。

2.新景観政策においては、三方の山並みや京町家の伝統的な建物との調和を図るために田の字地区(注1)の高さ制限を現行の45メートルから31メートルに、職住共存地区(注2)の高さ制限を現行の31メートルから15メートルに引下げることを含めた市街地全域での高さ規制の見直し(一定の地域を除いて引下げ)が表明されている。高度地区の区分も、45メートル地区が廃止されるとともに、新たに12メートル、25メートルの地区が設けられ、10、12、15、20、25、31メートルの6段階に細分化した。また、歴史的市街地(注3)全域を景観法に基づく景観地区にして、美観地区を拡大するとともに、新たに美観形成地区を指定した。美観地区の区分も、従来の5種類の種別基準から、地域の景観特性に応じた8類型60地区のきめ細やかなデザイン基準を定めた。風致地区についても、地区の拡大、強化及びデザイン基準の種別基準から共通基準と61地域の地域別基準への見直しなどにより、世界遺産の周辺の歴史的環境と山並みへの眺望景観の保全を図った。更に、保全すべき借景や優れた眺望の保全を図るために新条例を制定し、市内38カ所の視点場を指定して、視点場からの眺望景観と借景の保全を標高規制、デザイン規制、世界遺産などからの500メートルの近景デザイン規制なども盛り込まれている。
あわせて、屋外広告物規制についても、屋上屋外広告物の原則全面禁止、田の字地区や眺望景観に配慮する必要のある沿道における道路に突出する屋外広告物の禁止、点滅式照明の禁止の市内全域への拡大、回転灯など可動式照明の市内全域での禁止を始め、規制の詳細化及び強化を図るものである
本意見書は、新景観政策のうち、屋外広告物規制関係を除く部分につき、当会としての意見を表明するものである。

3.2005年6月に景観法が施行されたことの後押しもある中で、上記の通り景観政策の抜本的強化がなされようとしていることは、後記の通り一部に不十分な点及び問題点はあるものの、全体としては高く評価できるものである。
    とはいえ、今般の高さ制限の強化を含む景観政策の抜本的強化は、あまりにも遅すぎたと言わざるを得ない。1980年代後半からバブル期にかけて、京都はこれまで経験したことのない高さ・容積率をぎりぎり一杯に使ったマンションラッシュ(以下、「第1次マンションラッシュ」という)に見舞われ、これまでの景観政策の不十分さが明らかになった。また、これに対抗して多くの地域で「まちづくり憲章」、「まちづくり宣言」などのまちづくり住民運動が展開された。そして、1992年4月には、「京都市土地利用及び景観対策についてのまちづくり審議会」が、田の字地区及び御所南の容積率400パーセント地域について「職住共存地区としての環境整備を図るため…現行の高さ・容積率を一旦引き下げ」ることを提案していた。京都市が同提言を受けて今般のように速やかに高さ制限の引下げに踏み切っていれば、1990年代後半からの都心部を中心とした高さ・容積率をぎりぎり一杯に使った第2次マンションラッシュは防げたといえよう。しかしながら、京都市は「一律に基準容積率や高さを引下げることは住民合意の面で極めて困難」(1998年4月「職住共存地区ガイドライン」)としてこれを見送り、建築基準法の規制緩和(マンションの共用部分の容積率不算入や建築確認の民間開放など)がこれに拍車をかけたため、1990年代後半からの第2次マンションラッシュにより、都心部を中心とした町並みと住環境は、かなりの程度破壊されてしまった。このような経過にかんがみ、今回の高さ等の規制の強化が速やかに実施されることともに、今般の高さ制限の引下げにより、既存不適格となる建築物が、田の字地区で135棟、職住共存地区で434棟に及び(2006年4月時点。新聞報道による)、市域全体では約1800棟に達するため、この将来対策の検討が今後、重要となる。

4.当会は、京都を世界に誇れる歴史都市として保全・再生させるために、さらに、景観との調和を前提とした発展を図るために、大幅なダウンゾーニングをすべきことや、景観規制の拡大・強化、住民参加手続の拡充などを求める提案・提言をこれまでも繰り返しおこなってきた。
    日本弁護士連合会も、1993年10月に京都で開催された第36回人権擁護大会において、次の通り提言している。
(1) まちづくりの理念を、土地の高度利用を重視し経済効率を優先した考え方から、豊かな生活環境の保全と創造を基本とした考え方に転換し、容積率や高さ規制、町並みに配慮した建築規制など、土地利用に対する公共的コントロールを強化すること。
(2) 地域の特性を生かしたまちづくりを行うために必要な権限と財源を地方自治体に保障すること。
(3) 広く住民に対し、まちづくりの計画や開発に関する十分な情報を公開し、アセスメント手続や決定手続への参加及び争訟の権利を保障すること。
(4) 京都、奈良などに残されている歴史的景観の保全と修復を図るために必要な規制と財政措置をとること

当会は、2005年の景観法の施行をふまえ、景観法も活用しながら、今一度景観の保存・再生のあり方を考え、提言することが緊急の課題となっていると考え、2005年9月のフランス(パリ)、イタリア(ローマ、フィレンッエ)の景観調査も踏まえ、2005年12月17日にシンポジウム「京都の景観の保存・再生」〜パリやローマと並ぶ歴史都市としての蘇生への法的戦略〜を開催し(以下、「当会シンポ」という)当会公害対策・環境保全委員会から、京都市全域の景観保全再生に関する提案を行った。
    今般の新景観政策は、大半の点で、同シンポにおける上記提案と方向を一にするものである。しかしながら、下記に述べる通り、不十分な点や問題点があることを指摘するとともに、速やかに高さ制限の引き下げ、デザイン規制の強化を中心とする新景観政策を例外許可制度(第13参照)を除き一旦実施し、その上で、不十分な点については住民参加(第6参照)の下に、今後の更なる見直しを図ることを求めるものである。


第2.景観政策の理念、方針について
  京都の景観政策の理念及び方針について、下記の通りふまえられるべきである。
1.京都の景観の特質と景観の持つ意味
(1)自然と歴史と暮らしが一体となった景観形成
      京都の大景観の基本的特徴は、なだらかな北山、東山、西山の山並みに三方を囲まれ、この山並みが連続性をもちながら市街地へと続き、東には鴨川、西には桂川が北から南へゆったりとした流れを見せている地形に由来する盆地景観である。
      そして、市街地や周辺の山麓沿いには、平安京以来の神社、仏閣、離宮、史跡などがいたるところに点在し、これらが周辺の建造物や風物と一体となり、古都の雰囲気をかもし出している。また、市街地には、低層の町家群が碁盤目上の街路に沿って連担し、京都の市街地景観を特徴づけてきた。このような環境の中で、西陣織、清水焼、京扇子等の伝統地場産業が職住一体で営まれ、さらに祇園祭り、地蔵盆、五山の送り火などの伝統的祭りや行事が続けられてきた。
      このように京都の景観は、盆地という地形の中で、長年にわたる人々の暮らしと密接に結びついて作られてきた。まさに自然と歴史と暮らしが一体となって京都の景観を作ってきたといえよう。
(2)京都の景観保全の重要性
      上記のような京都の歴史的文化的景観は、それに接する者に過去の歴史との対話を可能にし、人間らしい生活実現の場となり、文化創造の母体となる。これは単に過去へのノスタルジックな感傷の満足にとどまらず、人間の尊厳を実現するうえで欠くことのできない存在である。経済効率が優先される開発・建築が横行する中で、歴史的文化的景観を保全し形成していくことは、人間らしい豊かな生活環境を保障することにつながるのである。景観は、いわば都市及び農村(以下単に「都市」という)の顔であると共に都市の人格でもある。すぐれた景観は、すぐれた都市の内実を意味するのである。
      景観法第1条は、良好な景観を形成することは、国民生活の向上並びに国民経済及び地域社会の健全な発展に寄与すると明言している。
      そして、景観法は、良好な景観の享受について、これを「権利」であるとまでの表現はしていないものの、良好な景観の整備・保全が図られなければならないこと、その実現は、国、地方公共団体、事業者及び住民の責務であるとうたっていることからすれば、すぐれた景観の享受は、景観権たる権利としても位置づけることができるものというべきである。
しかも、この景観の価値は、京都における景観の重要性に見るとき、まさに市民の暮らしと密接に結びついて、人間存在の豊かさを保障するものというべきである。
(3)景観との調和を前提とした発展の必要性
上記のようなすぐれた景観を享受することの権利及びその重要性に鑑みれば、人々の生活上の要求に応じて、新しい景観の創出がなされるとしても、それはあくまでも京都の盆地景観及び歴史的文化的景観を生かし、これと調和する形で形成されるべきである。
      ところが、近年、京都は無秩序なマンションやビルの林立、緑地の宅地化などの乱開発でさまざまな形で破壊され、景観上の混乱が生み出され続けてきた。
著名な神社・仏閣や、一部の保存地区(文化財保護法による伝統的建造物群保存地区)こそかろうじて保存されているが、その周囲や、かっては町家が立ち並んでいた歴史的市街地は、高さ、容積率、景観規制が不十分であったために、一部の開発業者によって、マンションを中心とした規制限度ぎりぎりの中高層建築物が無秩序に建て続けられた。さらに、中低層建築物についても、まちなみとの調和に十分な配慮しないで建てられることが少なくなかったところから、前記の京都独特の景観と住環境の破壊に拍車がかかる結果となった。
一部の開発業者によるマンション建設を中心とした規制限度ぎりぎりの中高層建築物計画に対しては、各地で住民の反対運動、まちづくり運動が起きたが、あくまで強行しようとする開発業者に対して、行政は、法令を遵守している以上やむを得ないとの対応に終始した。住民側の最後の手段として裁判にもちこまれた場合でも、裁判所は住民の生命、身体の安全に危険が及ばない限り、景観や住環境の破壊を理由に差し止めを認めることについては、極めて慎重な姿勢を示すにとどまっている。

2.景観の保存・再生の理念及び方針
(1)京都全体の景観の保存・再生の必要性
      上記のように、京都の個性は、歴史と自然の調和、中低層の町家群の連担美、職住接近と盆地景観によるヒューマンスケールの町にある。このような個性に鑑みれば、京都における景観の保存・再生は、京都市内全域にわたって計画的、総合的に行う必要がある。
      また、これと趣旨を同じくして、歴史的建造物の保全にあたっては、単に歴史的建造物を保全するだけでなく、その周辺の景観を広く含め、歴史的建造物に調和する形で保存・再生すべきである。
さらに、京都全体の地区特性を詳細に分析し、その分析に基づくきめ細かな景観保存再生計画が策定されるべきである。
(2)京都のまちにふさわしい高度・容積規制の重要性
      前記のとおり、盆地景観の中では、低層の家屋が連担する姿が京都の市街地景観の特質を形づくってきた。そこでの過剰な高度指定、容積率指定が、既にこれまで形成されてきた京都の低層家屋の連担を特質とする居住環境に合わない建築物を生み出す原因となっている。上記の京都のまちのスケールにふさわしい高度・容積をもった建築物が可能な限り連続性をもって存在するような景観を基本とするために、思い切った高度規制及び容積率規制の強化(ダウンゾーニング)が必要である。
(3)住民の定住権の保障の必要性  
      景観の保存・再生にあたっては、人々の居住と経済活動を保障し、京都に息づく文化、祭り、伝統行事を伝承していくことを可能にするという視点が忘れられてはならない。
      そこで、景観の保存・再生にあたっては、開発床面積の総量、事業用と居住用の床面積比、人口推移、緑地率、公共スペース、交通体系などが調和のとれる形でまちづくりを進め、定住権が保障されるようなまちづくりが必要である。
(4)住民参加の保障
      京都市においては、これまで、地域のマンション建築計画反対運動をきっかけに、「まちづくり憲章」「まちづくり宣言」の採択や、建築協定の締結、地区計画の取り組みなどにより、住民らによる住環境の保全に向けての取り組みがなされてきた。
      しかし、「まちづくり憲章」「まちづくり宣言」は、法的効力を持たないことから、これに違反する建築物等の新築行為等に対処することができない。また、建築協定や地区計画は、締結に多大な時間と労力を費やすため、実際的な利用が極めて困難である。このように、現在の法制度では、景観保全に関する地域住民の意思を反映させるための実効性ある制度が存在しないことから、住民の意思を無視した形での開発行為を止めることができなかった。
      景観法が施行された今日、基本計画の策定、後に述べる地区詳細景観保存再生計画の決定、地区のまちづくりなどにおいて、積極的な住民参加制度を採用すべきであり、計画案の策定段階から住民に情報を公開して、住民の意見を取り入れつつ、住民とともに計画を策定する必要がある。
(5)財政措置の重要性
以上述べた景観の保存・再生の重要性にみるとき、低層家屋の保存・再生のための税制、資金援助、市街地再生のための事業費用、規制に伴う支援策が必要な場合の財政措置、住民主体のまちづくりのための人的・技術的援助などを図るためにも、財政的な基盤の確立は、きわめて重要である。
そのために、府市による財政措置の確立を図るだけでなく、京都の景観が、京都府市民のものだけでなく、全国民、全人類のために重要性を持つところから、国政レベルでの財政措置が必要である。


第3.景観に関する権利性の確立の必要性
1.景観政策は、第1次的には地方自治体の都市計画行政により執り行われるものであることは言うまでもないが、良好な景観を保存、再生する責務は、住民、市民や住民運動・環境団体にも認められる(景観法第6条も「住民は、基本理念にのっとり、良好な景観の形成に関する理解を深め、良好な景観の形成に積極的な役割を果たすよう努める」と規定している)。
    景観を破壊する開発、建築行為等に対して、行政が良好な景観を保全する役割を十分に果たしておらず、開発、建築が進行する場合に、住民、市民や住民運動・環境団体が、開発者に対して開発、建築行為の差止めを求め、あるいは開発許可、建築確認などの行政処分に対して取消しを求めることができることが必要である。

2.国立市の高層マンション訴訟の最高裁判決(2006年3月30日。判例タイムズ1209号87頁)は、「景観利益の内容は、景観の性質、態様等によって異なり得るものであるし、社会の変化に伴って変化する可能性のあるものであるところ、現時点においては、私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず、景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。」として、景観権については認めなかったものの、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は法律上保護に値するものと解するのが相当である。」として、景観利益を認めるに至った。
    他方で、同判決は、「建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである。そして、景観利益は、これが侵害された場合に被侵害者の生活妨害や健康被害を生じさせるという性質のものではないこと、景観利益の保護は、一方において当該地域における土地・建物の財産権に制限を加えることとなり、その範囲・内容等をめぐって周辺の住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生ずることも予想されるのであるから、景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は、第一次的には、民主的手続きにより定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されているものということができる」とし、条例等で、景観を享受し得る主体や当該地域の保全すべき景観の特性について具体的に定めていくことを示唆している。

3.景観法に基づく条例においては、その冒頭で、京都の景観についての理念、定義規定を置くとともに、景観権を権利として規定すべきである。具体的には、「住民・市民は、第○条に規定する京都の歴史的文化的景観の保存・再生に対する理解を深め、積極的な役割を果たすよう努める責務を負うとともに、上記の歴史的文化的景観を享受する権利を有する」との趣旨の規定が必要である。この点については改正京都市消費生活条例(2005年10月1日施行)第3条が、全国の消費者条例に先駆けて「消費者権」を規定したことが参考になる。


第4.京都市全域の高度地区指定と容積率規制の強化の必要性  
1.京都市全域の高度地区指定の必要性
新景観政策においては、市街地全域での高さ制限の見直しが行われており、その大半で引下げが図られているが、山科区、西京区、南区、伏見区など一部地域が高度地区の指定から除外されている。しかしながら、京都市域全体として自然と歴史と暮らしが一体となって形成する京都の景観を保全していくためには市街地全域の高度地区指定をすべきである。
2.容積率規制の必要性
また、地域住民が住み続けられる住環境を景観とともに保全するためには、高さ規制だけでは不十分であり、建て詰まりや圧迫感を防止することが最低限必要である。そのためには、高さ制限だけでなく容積率規制についても過剰容積を是正する方向での引下げを図るべきである。具体的には、現行の高度地区45メートル、容積率700パーセント地域(いわゆる田の地区)については、高度地区31メートルへの引下げとともに、容積率を400パーセントに、現行の高度地区31メートル、容積率400パーセント地域(いわゆる職住共存地区)については、高度地区15メートルへの引下げとともに、容積率300パーセントに、それぞれダウンゾーニングすべきである。


第5.京都市全域についての景観地区の指定の必要性
1.景観計画
景観法の柱の一つは「景観計画」制度である。
景観計画には、?景観計画の区域、?景観計画区域における良好な景観の形成に関する方針、?良好な景観の形成のための行為の制限に関する事項、?景観重要建造物・樹木の指定の方針等を定めることとされている。
景観計画区域内で、届出対象行為(建物や工作物の新築、外観変更など)を行う市民や事業者は、その行為の内容を届出なければならず、行為内容が、景観形成基準に適合していない場合には、市から、設計変更等措置の勧告を受ける。
そして、勧告に背いた事業者らは、変更命令を受ける場合もある。

2.景観地区
また、景観法は、より強い規制あるいは誘導策として、都市計画としての景観地区を定める「景観地区」制度を設けた。
景観地区内の建築行為等については、景観法に基づく認定制度と、建築基準法に基づく建築確認制度によって、?形態意匠の制限、?建築物の高さの最高限度又は最低限度、?壁面の位置制限、?最低敷地面積等といった規制内容が担保されるものである。
景観地区は、従来の美観地区を発展させたものである。
ただ、「すでに、一定の建築美が存在する」地区を指定していた美観地区と異なり、景観地区は、「今後良好な景観を形成していこうとする」地区についても指定することが可能である。

3.市域全体を景観計画及び景観地区に指定すべき
景観の保存及び再生とは、限られた一区画、たとえば、ある通りに沿ったいくつかの家の色彩・形状等を整備するという細やかな面のみならず、場合によっては、互いに数十キロ離れた建物等のあり方を規制あるいは調整し、視覚に大きな影響を与えることによってはじめて実現なしうる総合的かつダイナミックな側面を有する作用である。
規制範囲を限定すると、「趣のあるまちなみ」のすぐ傍に、極めて不似合いな建造物が建築される事態が生じうることについては、これまでの例からみても明らかである。
「望ましい京都の景観」は、京都市全域を念頭においてはじめて作り出しうるものである。新景観政策は、歴史的市街地全域を景観法に基づく景観地区にして、美観地区を拡大するとともに、新たに美観形成地区を指定したことは評価すべきである。しかしながら、更に進めて、京都市全域を景観計画区域として指定することはもとより、京都市全域をより景観保全への実効性が期待できる景観地区に指定すべきである。
なお、都市計画区域及び準都市計画区域外についても、「準景観地区」として、景観地区同様の仕組みを条例で定めうる以上、かかる措置を講ずべきである。


第6.住民及び市民参加の必要性
1.景観形成の過程における住民参加
(1)景観法は、住民の責務として、良好な景観形成に積極的な役割をはたすこと、良好な景観形成に関する施策への協力義務を定める(第6条)とともに、次の通り、景観形成への住民参加規定を設けている。
ア  景観計画策定にかかる公聴会
  景観計画を定めようとするときは、公聴会開催等の住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずる(9条)
イ  景観協議会への参加
    景観行政団体等が組織する景観協議会に住民やまちづくりNPO法人等が構成員として参加(15条)
ウ  住民提案制度
    ?土地所有権等やまちづくりNPO等の団体による景観計画の策定・変更の提案(11条)
    ?景観重要建造物・景観重要樹木指定の提案(20条、29条)    
エ  景観協定(81条〜)
    景観計画区域内の一団の土地所有者等による景観協定
オ  景観整備機構(92条〜96条)
    良好な景観形成促進のため地域住民と密接にかかわっていく組織としてNPO法人等を景観正義機構に指定
(2)良好な景観の形成は、地域の固有の特性と密接に関連するものであること、景観を構成する要素は多種多様であり、良好な景観形成のためには様々な主体が参加する必要があること、また景観形成による恣意的運用の危険を排除する必要があることなどから景観法にはこのような住民参加規定が設けられている。そして、このような住民参加の制度が十分に活用・運用されるためには、公聴会などの開催が形式的なものにとどまることのないよう、早期の開催と十分な情報公開が必要となる。さらに、住民が良好な景観形成に向けて主体性をもって参加するには、まず、住民が景観のもつ価値に対する理解を深め、その上で景観形成についての住民の見識を高めることが必要となる。そのためには、まち歩き等のイベント開催、良好な景観の表彰制度等とともに景観価値を金銭的に評価するなど景観のもつ価値を住民が再発見・再認識し、専門家を交えて住民が景観保全の制度を学習し、良好な景観形成に向けて議論する機会を提供することが重要である。これらについては、上記(5)の景観整備機構が重要な業務を果たすことが期待されており、景観整備機構の業務に対する予算の裏付けや業務の実施に関し必要な情報の提供に努めるべきである。

2.今般の新景観政策の実施の緊急性と住民参加
今般の都市計画の変更等の手続きについては、京都市も、地区毎の説明会の開催や多くの関係団体に出向いて説明会を開催するなど、従前の都市計画の変更手続きと比較すると、相当程度丁寧な手続を取ったものということができる。第1で指摘している通り、現行の高さ・容積率を一旦引き下げることについては、1992年4月の「京都市土地利用及び景観対策についてのまちづくり審議会」答申において既に指摘されていたものであり、京都市が同提言を受けて今般のように速やかに高さ等の引下げに踏み切っていれば、1990年代後半からの都心部を中心とした高さ・容積率をぎりぎり一杯に使った第2次マンションラッシュは防げたのであり、今般の新景観政策の実施は、あまりにも遅すぎたのである。これ以上実施時期を遅らせることになれば、今後も従来の高さ制限をぎりぎり一杯使ったマンション、ビルが無秩序に建てられ続け、景観と住環境の混乱が続き、歴史都市京都の保全・再生は限りなく不可能になっていくことが容易に予想される。よって、今回の新環境政策については、いわゆる「駆け込み建設」を許さず、速やかに実施することが重要である。その上で、指摘している不十分な点や問題点等については、今後、以下に述べるより一層の、かつきめ細かな住民参加のもとで、補充、修正していくことが望ましい。

3.地区毎の詳細景観保存再生計画の策定手続きについて
今後、区域内住民らの生活圏を対象とする地区毎の詳細な景観計画(以下、「詳細景観保存再生計画」という)を策定すべきである。同計画の策定にあたっては、市長は、?区域の地域的特性を十分に反映させることのほか、?区域内居住者あるいは区域内に勤務する者等の意向を、最大限に反映させることが必要である。
景観法自体が、景観計画作成に関する住民参加を強く求め、いわゆる住民参加条項を設けているところであるが、これらの条項が画餅に終わらぬよう、つとめなければならない。
そこで、具体的には以下の手続等を実施すべきである。
ア  市長は、計画案の作成にあたり、京都の町並みに造詣の深い都市デザイン・都市プランニング専門家の意見を聴取等する。
イ  地区詳細景観保存再生計画案について、地区住民らを対象とする公聴会開催並びにアンケート実施等による意見聴取を行う。
この際、形式的な意見聴取にとどまることのないよう、意見聴取の実施期間や計画案の周知について、十分に留意する。
ウ  意見に基づき、適宜必要な追加訂正等を行う。
エ  計画決定手続に入った後、再度、当該計画及び関連資料等を広く住民らに周知して、意見聴取を行う。
オ  地区住民らが、実質的に、計画作成手続に関与できるよう、活動費や専門家の派遣などといった措置を、年限を設けて行うものとする。
なお、市長から、景観整備機構として指定された財団法人やNPOが、地区住民らに対し、専門家の派遣や情報提供、相談そのほかの援助等、景観形成事業をサポートすべきことについては、景観法に規定されている。
カ  市長は、計画決定に際しては、建築専門家、住民団体、市民団体の代表者、社会学者、芸術家、植生生態の専門家、法律家など都市における景観及び自然の保全、快適な都市空間の創設に必要な知識を有すると認められる者の中から市長が任命した「景観保存再生委員会」の意見を聴取したうえで、地域住民の多数の同意を得なければならないものとする。
計画変更についても、上記と同様の手続によるべきである。

4.司法の場における住民及び市民参加の途の確保
(1)このような住民参加の趣旨は、司法の場においても貫徹されなければならない。たとえ、行政意思の形成及び遂行過程において住民参加が確保されていても、司法過程においても是正を求める途が確保されていなければ、住民参加は一方通行的なものにとどまる危険性があり、住民参加の実効性を確保する観点からも重要である。
      この司法過程における住民参加の趣旨実現の方向性としては、まず、原告ないし請求人適格を拡大し、関係住民が広く行政の意思決定(行政処分や行政計画等)を争う途を確保することが考えられる。
      この原告適格等の拡大については、2004年の行政事件訴訟法改正により一定の改善が図られ、小田急連続立体化事業に関する事業認可取消訴訟の最高裁判決(2005年12月7日)のように、原告適格を広く認める判決も出てきている。もっとも、騒音被害などとは違って、まちづくりや景観などのように抽象的な利益が問題となるような事案については、関係する個人に広く原告適格が認められるかどうかは不透明であり、今後、より一層の拡充が認められるべきである。
(2)一方、景観の破壊などといった、多数の市民の権利や利益が侵害されるにもかかわらず、市民の立場でかつ専門的・公益的見地から、司法の場で中止や是正を求める途が十分に確保されていない分野については、利害関係を有する個人だけでなく、一定の環境保護団体やまちづくりNPOにも原告ないし請求人適格を認め、市民の権利や利益を擁護を図ることが考えられる。
      特に、まちづくりや景観などの抽象的な利益が問題となるような事案については、関係する個人に広く原告適格を認めたとしても、個々に具体的な被害が生じているわけではないだけに、専門知識を要する訴訟を時間や費用をかけてまで提起することが期待できるかという問題もあるのであって、団体に訴権を認めた方が、市民の権利や利益の擁護を図る上でより適切ともいえる。
      景観法においては、景観計画の策定や変更を提案する権限を一定の環境保護団体やまちづくりNPO(以下「景観法上の適格団体」という)に認めるなど、これらの団体の活動や専門性が景観の保護に果たす役割を積極的に評価するとともに、計画策定手続の中にその役割を明確に位置づけているのであるから、司法過程においても景観法上の適格団体に訴権を付与することは、その景観法の理念に合致するものというべきである。
      このような点を踏まえれば、個人の原告適格の拡充とあわせて、景観法を改正するなどして、少なくとも景観法上の適格団体については、一定の要件の下に、原告ないし請求人適格を付与すべきである。

5.よって、高さ制限やデザイン規制の強化については、住民に対しより一層の十分な説明、理解を求める一方、いわゆる「駆け込み建設」を許さず、速やかに実施し、その上で、住民参加の下に、今後の更なる見直しや詳細化を図っていくことを求めるものである。


第7.補償問題について
1.問題の所在
新たに高さやデザインの規制を強化することによって、将来、同規模建物の建て替えができなくなる、いわゆる既存不適格建物問題が生じることが予想される。そこで、この既存不適格建物について、憲法29条3項による補償の必要性が問題となる。

2.財産権に対する制約(憲法29条1項2項)
憲法29条1項は「財産権はこれを侵してはならない」と定めている。これは、私有財産制を制度として保障しているのみならず、社会的経済的活動の基礎をなす国民の個々の財産権につきこれを基本的人権として保障しているものである(最大判昭和62年4月22日森林法違憲判決)。
他方で、同条2項は「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」とし、1項で保障された財産権の内容が法律によって一般的に制約しうるものであることを認めている。そして、ここでいう「法律」に各自治体が定める「条例」が含まれることに異論はなく、条例による財産権の制約は可能である(但し、上位法である「法律の範囲内」という制限には服する)。

3.土地所有権の公共的性格
土地所有権の内容に関して「公共の福祉」を考える場合、土地所有権の公共的性格を理解しておく必要がある。
すなわち、土地は基本的に有限であって、新たに創造することが原則不可能である。したがって、土地所有権は有限かつ不代替的な性格を持っている。
そして土地所有権は、それ自体としては連続する土地をあえて人為的に区画したところに存立している。上下の空間に及ぼされた土地所有権は、日照、通風、眺望、景観、地盤沈下、水脈変化等、他者ないし公共への影響が強いものである。
したがって、土地所有権は、隣地ないし近接地のそれとの強い関係性を不可避的に内包するという公共的性格を有しているといえる。
そこで、土地所有権に関して憲法29条2項は、「公共の福祉」の内実として、土地利用権に関する強い公共的コントロールを求めているものと解される。
土地基本法2条が「土地は、現在及び将来における国民のための限られた貴重な資源であること、国民の諸活動にとって不可欠の基盤であること、その利用が他の土地の利用と密接な関係を有するものであること、その価値が主として人口及び産業の動向、土地利用の動向、社会資本の整備状況その他の社会的経済的条件により変動するものであること等公共の利害に関係する特性を有していることにかんがみ、土地については、公共の福祉を優先させるものとする。」として、土地についての公共の福祉優先を定めているのも、かかる土地所有権の公共的性格に由来するのである。

4.補償の要否(憲法29条3項)
(1)「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」(憲法29条3項)とされる。それでは、都市計画法、景観法及びこれらに基づく条例による高さ規制の強化により、これまで適法とされていた既存建築物が既存不適格となる場合、これに対して補償を要するのであろうか。既存不適格建物については、将来の建替時に規模の縮小を余儀なくされ、あるいは現時点で不動産価値が下落するおそれがあることから問題となる。
(2)1968年の都市計画法改正に際し、宅地審議会の第6次答申(1967年3月)は、都市計画規制と損失補償の関係について、「我が国の都市化の現状にかんがみるとき、長期的、かつ綜合的見地から土地利用の合理化を図るための対策を確立し、住みよい、働きよい良好な都市環境と都市機能を計画的に形成することは、市民全体の利益であると共に、国家的要請でもある。このような要請にこたえるための開発行為の規制は、公共の福祉を確保するためにするものであり、かつ、それにより現在の利用に対して新たな特別の犠牲を負わしめるものではない。したがって、こうした公共の利益のためには、財産権の行使は相当の制約を免れることはできないと考えるべきである。」と述べている。また、最高裁は、「単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を超え」、「特定の人に対し、特別の財産上の犠牲を強いるもの」である場合には、憲法29条3項により補償を要するものとされる」(最大判昭和43年11月27日刑集22-12-1402判時538-12)としている。
近時、土地所有権については受忍すべき社会的拘束と考えられる度合いが強まっているとされている。具体的には、?)財産権の剥奪または当該財産権の本来の効用の発揮を妨げることになるような侵害の場合には補償が必要とされ、?)?)の場合に至らない場合において、財産権行使の制限の程度が、?当該財産権の存在が社会共同生活との調和を保っていくために必要とされるものであるときは、社会的拘束の現われであるとして補償は不要とされ(例:建築基準法に基づく建築制限)、?他の特定の公益目的のために、当該財産権の本来の社会的効用とは無関係に偶然に課される制限であるときには補償を要する(例:自然公園法に基づく建築制限)、とされている(芦部信喜・演習憲法189頁、今村成和・国家補償法22頁、中島茂樹・基本法コンメンタール177頁)。
(3)本景観政策の特徴
ア  本景観政策における高さ規制の見直しの対象は、歴史的都心地区をはじめ、幹線道路沿道、職住が共存する市街地、水辺沿いなど、京町家等の歴史的建造物が多く存在し,鴨川をはじめとする豊かな水辺空間や緑地空間を有する特長的な景観が形成されている京都の旧市街地(伏見旧市街地を含む。「歴史的市街地」)のほぼ全域である。
イ  高さ規制見直しの目的は、市民共有の財産である歴史都市・京都の景観を保全・再生させて良好な状態で未来の世代に継承し、京都の世界に誇る歴史都市としての地位を確固たるものとして、歴史と共に積み重ねてきた都市としての付加価値を更に高め、京都らしい都市の活力と魅力を向上させることにある。これによって規制対象区域の住民は景観利益と優れた住環境を享受できる。
ウ  「歴史都市・京都の美しい景観を保全し、再生させる」という目的実現のためには、人為的に区画され、有限・不代替である土地の利用についての強い公共的コントロールが不可欠である。
エ  古都保存法に基づく歴史的風土特別保存地区の指定や、都市緑地法に基づく特別緑地保全地区の指定の場合は、土地上に建物を建築すること自体が原則的に禁止される(そのことの故に、これらの規制については補償規定がある)のに対して、本景観政策においては、建物の建築自体が禁じられるわけではなく、建築規模の制限が強化されるにとどまる。
オ  本景観政策では、現に存立しているマンション等の建物については、高さを制限内に押さえるように再築等を強制されることはなく、建物の存続する限り現状のまま維持することは認められていることから、現有の財産権を維持することは妨げられない。
カ  不動産の所有者は、都市計画法・建築基準法・景観法等の建築関連法令等の枠内で不動産の建築が認められているのであって、建築時の建築関連法令等の規制内容に枠付けられた範囲で、一切の変更なしに権利の内実を保障されているものではない。
キ  これまでも京都市において、20メートル高度地区の一部における15メートル高度地区の導入を初めとする高度地区の変更・強化、高さ規制の強化、指定地域の細分化及び拡大、裾きりの廃止を含む市街地景観整備条例の改正・強化、指定地域の細分化及び拡大を含む風致地区条例の改正・強化はくり返し行われてきており、その度に今回と同様の既存不適格建物は相当数発生してきているが、補償を行っていない。
最近における重要な改正としては、2003年4月に施行された職住共存特別用途地区の指定、高度地区の変更及び市街地景観整備条例の改正(美観地区の拡大)により、中心部の職住共存地区の高さ制限が31メートルから原則20メートルに引き下げ(但し、前面道路の反対側の境界線からの20メートルセットバックなどを条件として31メートルまで認める)られ、容積率は400パーセントから原則300パーセントにひき下げ(但し1階に店舗を付置し、傾斜屋根を設置することなどを条件として400パーセントまで認める)られており、これに伴い同地区の高さ20メートル、容積率300パーセントを超える既存マンションの大半は、既に既存不適格となっている。
ク  全国的にも、最近まで京都市を始め一部の都市にとどまっていた都市計画法の定める高度地区の指定が、東京都の7区4市を始め、ようやく全国各地で広まりつつある。また、景観法の施行を契機として、景観地区の指定による高さやデザインの規制が広がりつつあるが、これらにともない発生する既存不適格建物について補償は行われていない。
(4)以上のような今回の京都市の景観政策においては、第13で述べる既存不適格マンションの建替えにあたっての公的支援や第8で述べる税制上の措置等が検討されるべきであるが、私人に対する補償問題を含むものとは考えられない。


第8.税制上の特別措置の必要性
眺望景観保全(周囲から眺める景観保全も含む。)、送り火景観保全のために規制が行われた建築物等、景観重要建築物、景観重要樹木については、次のような税制上の特別措置を行うことにより指定へのインセンティブを高めることが必要である。
1.次に掲げる措置は、地方税法、相続税法の改正を要するが、当面は、京都の景観を保全するために地方自治特別法の立法によるものとする。
(1)これらの建築物等・樹木及びその敷地に対する固定資産税及び都市計画税は、本則の固定資産税及び都市計画税に条例で定める負担調整率を乗じた金額とする。
(2)?個人がこれらの建築物等・樹木及びその敷地を相続により取得した場合、相続人の死亡の日まで、相続税の納税猶予の特例を受けることができる。その相続人が死亡した場合には、猶予されていた相続税は、免除される。
?納税猶予の特例を受けた建築物等・樹木及びその敷地について、次の事由があった場合は、猶予は取り消され、イ及びロの場合は猶予されていた相続税に利子税を付加して、ハの場合は猶予されていた相続税を納めなければならない。
    イ  特例の適用を受けた建築物等・樹木またはその敷地を譲渡したり、転用した場合
    ロ  特例の適用を受けた建築物等・樹木を取り壊した場合
    ハ  特例の適用を受けた建築物等・樹木及びその敷地について、買取の請求があった場合
(3)?個人または法人がこれらの建築物等・樹木及びその敷地を取得した場合、不動産取得税の納税猶予の特例を受けることができる。不動産の取得から2年以内に猶予が取り消されなかった場合には、猶予されていた不動産取得税は、免除される。
?納税猶予の特例を受けた建築物等・樹木及びその敷地について、次の事由があった場合は、猶予は取り消され、イ及びロの場合は猶予されていた不動産取得税に利子税を付加して納めなければならない。
    イ  特例の適用を受けた建築物等・樹木またはその敷地を譲渡したり、転用した場合
    ロ  特例の適用を受けた建築物等・樹木を取り壊した場合

2.地方税法6条は公益上の事由により地方団体が課税権を行使しないことができる旨及び不均一の課税をすることができる旨を定めている。地方税法73条の31、地方税法367条は、特別の事情がある者につき、不動産取得税、固定資産税を減免することができる旨を定めている。
    これらの建築物について、地方税法のこれらの規定により、地方税の減免をすべきである。


第9.住み続けられるまちづくりの視点の必要性
1.20世紀後半になってわれわれは地球環境問題に突き当たり、持続可能性を追求していく必要性が出てきた。
  そして、持続可能な都市を実現するためには、自然環境への負荷をできるだけ軽減することが大前提であるが、そのためには、地域経済・社会、文化・伝統などの保存・活性化、社会的公正の実現といった社会経済的側面が忘れられてはならない。

2.この点、住宅が持続可能な都市の実現に占める位置は大きい。それは、住宅が人間生活の基盤であり、物的存在であると同時に社会的存在でもあるからである。
  わが国では、よりよい住環境を求めて、住宅の建設や建て替えが頻繁に行われているが、あるいはむしろそのために、住宅市街地はいっこうに安定したまちなみを獲得できないままである。
  また、住宅は単体として供給されるが、それは集合としての住環境や都市環境の重要な構成要素となる。したがって、都市が持続可能であるためには、建物単体での規制に止まらず、集合体としての建物ないし街区単位の建築計画ないし規制が必要であるところ、わが国ではかかる規制が脆弱であることから、各住宅の隣棟間隔は建て詰まり、低層住宅地に高層マンションがそびえるといった状況が進行している。
  このように、わが国では、膨大な建設活動を繰り返していながら、なお持続可能な(住み続けられる)住宅を獲得できないままに推移している。
  にもかかわらず、近年の動向は、都市再生法に見られるように、そうした現状を抜本的に改善するどころか、住宅地の混乱にいっそう混乱を重ねる結果に導く政策をとり続けている。

3.以上のような、わが国の住宅建築の状況は、京都においても同様である。
  ところで、従前の京都の市街地は、町家が連担し、路地空間が存在した。これは一見建て詰まりのように見える。ではなぜ、このようなまちなみで、人が住み続けることができたか。
  それは、?まちなみを統一して、同質の建物を建築したことから、あたかも街区ないし路地の1面全体で1棟の建物のように機能したことから統一感、美観が保たれたこと、?そのまちに住む人に共通項が多かったことからコニュニティーがうまく形成されたこと、?敷地の奥の部分には建物を建てないという不文律があったために、街区全体で見た場合、建物の列と建物の列の間に巨大なグリーンベルトがあり、これが通風(奥の庭は日当たりがよく、坪庭は日当たりが悪いという日照条件から来る温度差が風を発生させる)をよくし、都市の気温の上昇を抑えるといった物理的な環境を保持するとともに、緑の持つアメニティー、プライバシーの保護機能が、ソフト面で持続可能な住環境を提供していたことにあると思われる。

4.都市部において、建物どうしは近接して建築しても、敷地の奥については建物を建てず、これを相互に守ることによって、街区の奥地に大きな空地を見いだすという手法は、わが国独自のものではなく、ヨーロッパの各都市の旧市街地には共通してみられる技法である。
  このことは、洋の東西を問わず、都市における持続可能な生活にとって、空地の存在が大変大きな意味を持っていることを意味していると言えよう。
  たとえば、パリ市においては、1977年に施行された「土地占有プラン」(POS)の時代(2000年以降は「都市計画ローカルプラン」(PLU))から、敷地の奥側に建物を建てさせないような規制があった。
  すなわち、?建物を建築しようとする敷地の隣接地にすでに建物が建っていて、その建物が自己が建築しようとする建物に面している壁面に居間を採光する主たる窓があるときは、自己の建てようとする建物を敷地境界線から6m離して建てなければならず、かつその窓の上端から仰角45度の斜線以上には建物を建ててはならない。??の窓がサービス用途の部屋の採光窓または居間の副次的窓であるときは、3m離して建てなければならない。?前面道路から20m以上の奥地については、その部分の敷地面積の50%以上を空地としなければならないこととされている。

5.あるべき住環境の創造に向けて
(1)以上見てきたように、都市生活を持続可能にするためには、建物の統一性、建物群と建物群とのあいだに空地を設けることが必要不可欠なのである。
かかる視点からすると、建物の統一性を維持するのみならず、敷地の奥の部分には建物を建てさせないような規制を、早急に導入すべきである。
その場合には、前述のパリ市の規制が参考になろう。
(2)新景観政策において、歴史的都心地区を含む市街地の大半において建物の高さ規制が強化されたことは評価に値するが、それのみで住環境が持続可能なものとなるかといえばそうではない。
すなわち現在「田の字地区」の内部地域にあっては、狭い通りに面して高い建物が林立しており、かつそれらが極めて近接して建てられているが、かかる状況は、前面道路から見た場合の圧迫感が非常に大きいのみならず、それらの建物の居住者にも大きな圧迫感を与えるとともに、アメニティーを大きく阻害していることは明らかである。
そこで職住共存地区等においては、一定程度以上の高さ(例えば10メートルを超える場合)の建物を築造しようとする場合には、道路面から見た低層階の壁面の連続性は維持しつつ、建物相互間には大きな間隙ができるように、隣地境界線付近には建物を建てさせないような規制の導入を検討すべきである。



第10.緑地の保全の必要性  
当会では、2004年11月に「歴史都市京都の緑地保全を求める提言」を作成し、その中で緑地保全のための具体的方策として、?現行法令・条例の積極的活用と強化、?現行法の改正、?景観法の積極的活用の3点について提言した。
緑には自然景観保全の機能があり、人にやすらぎ、うるおいといった精神的効果を与えることができる。これらの機能や効果を有する緑を充実させ、都市を人間が住む本来的な空間に甦らせていくところに都市緑化の意義がある。
  したがって、都市景観保全はひとりまちなみだけを保全すれば足りるものではなく、緑地保全と一体として進めていくことが重要である。
新景観政策において風致地区制度及び自然風景保全条例の拡大・強化が図られていることは評価できるが、なお市域に残された緑地、里山が開発可能性から守られたとは言い難い。上記「歴史都市京都の緑地保全を求める提言」において述べた具体的方策の実施の検討、とりわけ、開発可能性のある緑地、里山のうち、未指定範囲については、地域の状況に応じて、古都保存法の歴史的風土特別保存地区の指定もしくは都市緑地法の特別緑地保全地区の指定を行うべきである。


第11.京都の景観と経済
当会の意見書はもとより、新景観政策に対しても、「景観でメシが食えるか」、「ダウンソーニングは、商業・産業発展の活力をそぎ、京都の経済の発展を阻害するのではないか」との批判も予想される。
    しかしながら、当会シンポに先立つヨーロッパ調査(2005年9月)においても、歴史的文化的景観を修復保全したことによりまちが活性化した例をいくつか見ることができた。例えば、パリのマレ地区においては、歴史的建造物の保全修復により文化的に価値の高い景観が生み出され、この雰囲気に惹かれた人々があいついで出店・居住をするようになった。その結果、この地区では、文化的活動のみならず商業活動が活発化するとともに、地区内の不動産は非常に高い市場価値を有するに至った。また、ローマにおいては、徹底して保存された歴史的文化的景観が独自の魅力を生み出し世界有数の観光地としてにぎわうだけでなく、デザイン関連産業を主とする職人企業のスタジオ、ショールームなど歴史的都心部の立地を最大限に生かした活用がなされ、景観のもつ文化的芸術的価値が商業の発展に大きく寄与している。美しい景観が都市の経済的発展を支えているのである。この京都においても、無秩序な商業施設の出店により景観上の混乱をきたしている従来の中心商業地域の一部が魅力を失いつつある一方で、町屋が残る市中心部の職住共存地区で従来の風情を生かした形での新たな出店が相次いでおり、このことは景観が商業活動を活発にすることを裏付けるものであるといえよう。
    京都の一大産業である観光産業との関係でも美しい町並みの保全は必須である。旅の形態が、従来の名所旧跡をポイント的に廻る旅からその都市の生活文化そのものを楽しむ旅に変化しており、人が歩き、買い物をし、食事をするための魅力的な空間が観光客を呼び寄せるのであり、ヒューマンスケールの美しい町並みこそがこれからの観光産業には必要となる。
    歴史的文化的景観の保全は、都市の発展を阻害するものではなく、都市の発展の一翼をになう重要な一要素である。      


第12.景観誘導型許可制度(例外許可制度)創設の問題点について  
新景観政策においては、高さの最高限度の引き下げを提唱すると同時に、「建築活動を良好なものへと誘導し、優れた都市景観の形成と都市の活力との調和を図るため」高さ制限の例外許可制度としての景観誘導型許可制度を条例で手続きを定めて制定する方針を示している。しかし、次の理由により、高さ規制の例外許可制度は設けるべきではないと考える。
    まず、京都の場合、低層の町屋と高層の建築物の混在といった建築物の高さの極端な不均衡が景観悪化の一因となっている。したがって、高層建築物のボリューム感そのものが解消されない限り、いかにデザイン等を工夫しても景観の向上は望めない。
    また、例外許可制を既存不適格建物の救済策ととらえる考えもある。しかし、既存不適格建物は、本来、低層建物が予定されている地域に、高層建物が建てられたのであり、それを本来あるべき姿に戻すだけである。ここで例外を認めてしまうと今後百年経過しても京都のまちを本来あるべき姿に戻すことはできない。今回の規制以外にも、これまでも、美観地区(市街地景観整備条例)、風致地区(風致条例)、高度地区の制定・強化など新たな規制が導入されたために既存不適格建物が生じたケースは多々あり、今回の規制のみを特別視する必要はない。
    さらに、いかなる場合に「地域の景観の向上に貢献する」か、その判断基準を明確化することは不可能であり、例外許可が恣意的運用されるおそれは否定できない。加えて、例外許可がなされた場合にそれを争う法的手段がないことから、例外許可が恣意的運用により多発してもこれを止めることは困難である。
    これらの理由より、高さ制限の例外許可制は設けるべきではないと考える。


第13.区分所有建物の将来対策について
既に第1―3で述べた通り、大量に発生することになる既存不適格建物、特に区分所有建物(マンション)の問題については将来の建て替えに関して問題が生じることが予想される。
そもそも、これまでマンションの建替え問題については、既存不適格か否かを問わず、資金面及び法制面(8割の賛成が必要)の制約から、その条件を備えたマンションは京都市内にほとんど無いというのが実態であり(京都市の平成17年度高経年マンション実態調査)、新景観政策の問題をマンションの建替え問題とからめて議論することは非現実的であるが、これまでほとんどなされてこなかった区分所有建物の将来対策について、今後京都市が本格的に取組むことが求められている。
具体的には、京都市も既に検討を始めているところであるが、建て替えの際の区分所有者間の話合いが円滑に進むよう、情報提供、専門家派遣の斡旋などのバックアップ体制を整えることはもとより、解体費用、設計費用、共同利用施設などの整備費の助成や融資制度の充実などマンションの建て替えの際の公的支援の拡充を図っていく必要がある。

注記解説
注1. 田の字地区  河原町通、烏丸通、堀川通、御池通、四条通、五条通の6本の幹線道路沿道地区のこと
注2. 職住共存地区  上記6本の幹線道路に囲まれた内部地区及び御所南の容積率400%地区のこと。田の字地区と職住共存地区を合わせて歴史的都心地区という
注3. 歴史的市街地  おおむね昭和初期には市街地化していた北大路通、東大路通、九条通、西大路通に囲まれた地域

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