「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」の廃案を求める会長声明(2002年10月29日)



2002年(平成14年)10月29日


内閣総理大臣  小  泉  純一郎  殿
衆議院議長    綿  貫  民  輔  殿
参議院議長    倉  田  寛  之  殿
京都弁護士会

会  長  田  畑  佑  晃


「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び
観察等に関する法律案」の廃案を求める会長声明



  当会は、犯罪にあたる行為を行った精神障害者に対する特別立法制定の動きに対し、今年3月7日に「重大な触法行為をした精神障害者に対する新たな処遇制度案についての意見書」を発表し、かかる動きに強く反対してきました。
  ところが、先の通常国会に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」が提出され、多くの当事者団体、家族会、精神科医療団体、法律家団体などの反対により継続審議となったものの、臨時国会での審議が予定されています。
  この法案は、殺人、放火、強姦、強制わいせつ、強盗、傷害にあたる行為を行い、心神喪失または心神耗弱を理由として、不起訴処分や無罪判決等を受けた場合に、裁判官1人と精神科医1人の合議により、「医療を行わなければ原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれ」すなわち「再犯のおそれ」があれば特別の施設へ強制入通院させるというものです。
  しかし、日本並びに諸外国の研究結果を見ても、再犯予測は不可能といわれています。不可能な予測を強いれば必ず誤って拘束される人が生じ、回復することのできない人権侵害が発生します。しかも、入院期間には上限すらないのです。
  また、この法案の事実認定手続きには反対尋問権などの当事者としての権利がなく、付添人弁護士には争うべき手段がほとんどありません。遡及処罰の禁止、二重処罰の禁止などの憲法で保障されている適正手続きの趣旨にも反しています。
  そもそも、犯罪白書等の統計において、精神障害者の犯罪率・再犯率ともそれ以外の人より低いとされています。精神障害者を特別に再犯防止の対象とすべき合理性はありません。この法律は、「精神障害者は危険である」という差別偏見を助長し、却って精神障害者が社会の中で生きていくことを困難にするものです。
  強制入院という社会からの隔離が何をもたらすのかをハンセン病訴訟は教えてくれました。「人生被害」を強いる法律をこれ以上作ってはなりません。
  必要とされているのは、誰もが精神に障害を感じたときに一般科医療と同じように安心して自ら治療を受けられる精神科医療の実現、医療法特例の撤廃をはじめとした精神科医療の一般科医療並みへの引き上げ、そして、絶対数でも人口比でも世界一多い33万人にも上る入院患者が社会に帰るための施策、社会的入院の解消です。それらの精神科医療・福祉の充実とともに、不幸な事件を起こしてしまった精神障害者に対しては、刑事手続き中及び処遇の過程においても治療を提供するとともに、起訴前鑑定を適正化し、安易な起訴・不起訴がなされないようにする枠組みが必要です。
  当会は、この法案の廃案を求めるとともに、精神科医療・福祉の充実を強く求めます。

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