「足利事件に関する会長声明」(2009年6月8日)


1.1990年(平成2年)5月に栃木県足利市内で発生した幼女誘拐・殺人・死体遺棄事件(いわゆる足利事件)の犯人とされ、無期懲役刑の有罪判決が確定し服役していた菅家利和氏が、本年6月4日その刑の執行を停止され釈放された。
    菅家氏の刑の執行停止は、被害者の半袖下着に付着していた犯人のものと思われる体液に由来するDNA型と、菅家氏のDNA型とが一致しないという、東京高等裁判所が実施した鑑定の結果に基づくものであり、足利事件が冤罪事件であることが決定的となった。
    東京高等裁判所に対しては、速やかに再審開始決定をなし、再審手続においては、菅家氏が有罪とされた過程を捜査段階・公判段階を通じて再度徹底的に検証することにより、冤罪事件が生じた原因を明らかにし、菅家氏の完全な名誉回復を図るために必要かつ十分な審理を尽くすことを求めるものである。

2.取調べの可視化の必要性
    足利事件においては、菅家氏は取調べ段階において犯行を「自白」し、その旨の供述調書が作成されている。足利事件において自白調書が存在するという事実は、たとえ無実の者であっても、違法・不当な取調べにより、容易に虚偽の自白に至ってしまうという事実を明確に証明するものである。
現在の刑事裁判は、密室で作成された被疑者・被告人及び参考人の供述調書に大きく依存しており、供述調書の作成過程を事後的・客観的に検証する手段が存在しない。そのため、取調官による違法・不当な取調べが横行し、虚偽自白が誘発され、その結果多くの冤罪事件を生み出されつづけている。こうした状況に対し、当会は2008年2月に取調べの可視化(全過程の録音・録画)を求める会長声明を発しているが、足利事件における虚偽自白の存在は取調べの全面的な可視化の必要性・重要性をまさに突きつけるものである。
    検察庁は、取調べの一部録画を、一部の自白事件について本格的に導入し、警察庁も同様に一部録画の試行を開始したが、一部録画では、録画されていない部分については依然として事後的な検証が不可能であり、自白部分のみが記録されることから、かえって任意性・信用性の判断を誤らせ、その結果、裁判を誤った結論に導いてしまう危険性が大きいというべきである。
    この点、2008年6月、本年4月と続けて取調べの可視化を義務づける法案が参議院本会議で可決され、さらに、取調べの可視化実現を求める請願署名が日弁連・全国の弁護士会に合計約112万筆寄せられ、本年5月14日衆議院議長に提出されるなど、取調べの可視化実現への市民からの期待はまさに成熟したものとなっている。
    よって、本会は、衆議院に対して、取調べの可視化を義務付ける法案を、直ちに審議入りして早急な立法を目指すよう求めるとともに、警察庁・検察庁に対して、進んで取調べの可視化を実施することを強く求めるものである。

3.DNA型鑑定の問題
    足利事件において有罪の決め手となったDNA型鑑定については、初期の方式に基づいて行われたものであり、DNA型判定のものさしとなるマーカー自体に狂いがあったことが判明して現在では使用中止になっているなど、その精度及び信用性には大きな疑念がもたれている。
    足利事件と同時期に、同様の方式によるDNA型鑑定に基づく鑑定結果が刑事事件における有罪判決の証拠として用いられた事件は他にも多数存在している。それらの事件についてもDNA型鑑定結果に誤りがあった可能性は否定できない。
    当会としては,検察庁に対し,足利事件と同様のDNA型鑑定結果に基づき有罪判決が言い渡され確定している事件につき、誤判の可能性を再度検証するため、最新の技術に基づくDNA型鑑定の実施など必要な措置を早急に講じるよう求めるものである。

4.足利事件は、無実の菅家氏に有罪判決を下し、18年もの間、その自由を奪った。
    違法な捜査を行い客観証拠の検討を怠った警察及び検察庁並びに菅家氏の声に真摯に耳を傾けることなく安易に自白やDNA型鑑定の結果を妄信し、有罪への疑問を見過ごした裁判所は、本件事件における自らの誤りを率直に認め、まず、菅家氏に誠実に謝罪をすべきである。そして、第三者を加えた検証機関により、冤罪を生み出した過程を検証し、その原因を明らかにし、今後このような冤罪事件を生じさせないための具体的な方策が検討されることを求めるものである。
    我々司法に携わる者は、裁判員裁判という新しい時代において、菅家氏のような冤罪被害者を二度と出さないため、無罪推定という刑事裁判の大原則を再度心に刻み、謙虚な姿勢で裁判に臨まなければならない。

  2009年(平成21年)6月8日

京都弁護士会              
            
会長  村  井    豊  明
  

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