「民法(債権法)改正手続に関する会長声明」(2009年7月23日)
1 民事法学者及び法務省職員を主要メンバーとする民法(債権法)改正検討委員会(以下「検討委員会」という。)は、2006(平成18)年10月から2年半をかけ、民法第3編の債権法を中心に、抜本的な改正に向けた検討を行い、本年3月末に「債権法改正の基本方針」(以下「改正の基本方針」という。)をとりまとめた。検討委員会は学者を中心とする私的な一団体にすぎず、「改正の基本方針」も一試案にすぎない。しかし、検討委員会には法務省参与や民事局付等の法務省職員が構成メンバーに入っていることから、今後、「改正の基本方針」が法務省がお墨付きを与えた事実上の改正案として扱われることが懸念される。
2 現行民法の体系は、民法典が1898(明治31)年に施行されて以来、100年以上の年月を経て、民法典のみならず長年にわたって集積された判例、特別法等によって構築されているものであり、我が国の基幹的な社会システムとして相当程度安定的に機能している。一般的に、法律の制定・改廃に当たっては、制定・改廃のための社会的必要性(立法事実)が存在することが前提となる。民法(債権法)の改正に当たっても、具体的で不可欠と言える社会的必要性(立法事実)の存在が要求される。現行民法の体系が我が国の基幹的な社会システムとして相当程度安定的に機能している現状を考慮すると、この社会的必要性(立法事実)が存在することが検証されないまま、改正の議論のみが先行することは絶対にあってはならない。
そこで、当会は、民法(債権法)の改正を検討するに当たって、まずは改正の社会的必要性(立法事実)が存在することが検証されるべきであり、民法(債権法)の改正自体が目的化することがあってはならないと考える。
3 民法は、我が国における法体系の中核をなす重要なものであり、最も市民の社会生活に密着した法律である。そのため、民法が抜本的に改正されることは、市民の社会生活や実務の多方面に重大な影響をもたらすことは明らかである。民法(債権法)の改正作業が、実務法曹や市民による十分な議論を経ずに行われた場合は、市民は、社会生活における法的予測可能性を失い、市民の社会生活に混乱をもたらす危険性が高い。このような事態を避けるためにも、民法(債権法)の改正作業には、実務法曹等も加わった議論の場を経て、慎重な上にも慎重を期して行われるべきであり、拙速な改正作業は厳に慎むべきである。
「改正の基本方針」の策定に当たっては、実務法曹の参加や傍聴は認められず、議事録等の情報公開も遅れた。そのため、現行法との連続性、他の法律との整合性、実務の安定性等といった実務法曹や市民の社会生活の観点から要求される配慮が十分ではないおそれがある。
そこで、当会は、「改正の基本方針」を事実上の改正案とすることがないよう求めるとともに、今後の民法(債権法)の改正作業においては、改正の要否の検討も含め、徹底した情報の公開が行われること、検討のための十分な時間が与えられること、開かれた議論の場が提供されることを求め、実務法曹界や市民の意見が実質的に反映されることを強く求めるものである。
2009年(平成21年)7月23日