取調べの可視化(全過程の録画)の速やかな実現を求める決議(2009年11月12日)


  憲法と国際人権法の理念に則った刑事司法を実現するため、当会は、新内閣及び衆参両議院に対し、被疑者の取調べの可視化(全過程の録画)を速やかに実現するよう求める。
  以上のとおり決議する。


提    案    理    由


  日本国憲法は、刑事司法手続において人権が尊重され、適正手続が保障されることを要請しており、これは、我が国が批准している国際人権規約(自由権規約)を始めとする国際人権法においても同様です。
  しかし、これまでの刑事司法手続においては、捜査機関による代用監獄を利用した長期間の身体拘束(人質司法)を前提として、取調室という密室で作成された被疑者の供述調書(特に自白調書)に大きく依存した裁判がなされてきました。
  しかも、被疑者の供述内容の任意性・信用性を担保するはずの調書作成過程を事後的・客観的に検証する手段は存在しなかったため、自白調書を作成するために捜査機関による違法・不当な取調べが横行し、その結果、虚偽自白が誘発され、多くのえん罪事件を生み続けてきました。
  最近でも、2007年に相次いで言い渡された、志布志事件、北方事件、氷見事件の(再審)無罪判決によって、捜査機関による違法・不当な取調べが現在も行われていることが明らかになっています。また、本年6月4日には、足利事件の再審請求人の菅家利和さんが、再度のDNA型鑑定の結果「無罪となる可能性が高い」として釈放され、同月23日の再審開始決定を経て、現在宇都宮地方裁判所において再審手続中です。菅家さんも捜査段階で虚偽自白に追い込まれており、捜査機関による供述の強要等や誘導がなされていたことが明らかとなってきています。
  このような捜査機関による供述の強要や利益誘導といった違法な取調べをなくし、えん罪を防止するためには、代用監獄制度を速やかに廃止するとともに現在の保釈制度を抜本的に改革し身体拘束を早期に解消する必要があることは勿論ですが、それにも増して取調べを可視化(全過程の録画)し、事後的・客観的な検証を可能にすることが重要です。
  取調べの可視化を実現することはまた、調書に記載された供述の任意性・信用性をめぐる争いによる裁判の長期化を防ぎ、被告人の迅速な裁判を受ける権利を保障するという意味でも重要です。また、本年5月から施行された裁判員裁判においては、供述の任意性立証のための手続は裁判を徒に長期化するものであり、裁判員にとって過度の負担となることが明らかです。その意味で取調べの可視化(全過程の録画)は、裁判員裁判を円滑に実施していくにあたっても極めて重要です。
  加えて、取調べの可視化(全過程の録画)は世界の潮流となっており、イギリス、アメリカの多くの州、オーストラリアを始め、韓国、香港、台湾、モンゴルなどで既に捜査機関に対し取調べの録画を義務づける制度が導入されており、我が国の刑事司法はこのような世界的潮流から立ち後れた状況にあります。
  これに対し、検察庁は、取調べの一部録画を、一部の自白事件について導入し、警察庁も同様に一部録画を開始していますが、録画されていない部分についてはやはり事後的な検証は不可能であり、最後の自白部分のみが記録されてしまうことから、かえって供述調書の任意性・信用性の判断を誤らせてしまう危険性が大きいというべきです。現に2008年10月には、日本国政府に対し、国連自由権規約委員会から「取調べ中の電子的監視方法が、しばしば被疑者による自白の記録に限定され、散発的かつ選択的に用いられていることに懸念をもって注目する。」との意見が示され、「虚偽の自白を防止し、取調べの全過程における録画機器の組織的な利用を保障し、取調べ中に弁護人が立ち会う権利を全被疑者に保障しなければならない。」との勧告がなされています。
  国会においても、2008年6月、本年4月と続けて取調べの可視化(全過程の録画)を義務づける内容の刑事訴訟法の改正案が民主党などの賛成多数により参議院本会議で可決されていますし、日弁連・全国の弁護士会に寄せられた約112万筆もの取調べの可視化(全過程の録画)実現を求める請願署名が、本年5月14日、衆議院議長に提出されるなど、取調べの可視化(全過程の録画)実現への市民の期待はすでに十分に成熟したものとなっています。
  本年8月30日に実施された総選挙の結果も、被疑者取調べの可視化(全過程の録画)実現を期待する市民の声が反映されているものと評価できるのであって、取調べの可視化(全過程の録画)はまさに喫緊の重要課題であるといえます。
  ところが、取調べの可視化(全過程の録画)については、真相解明が困難になるなどという理由から、その導入のためには「おとり捜査」や「司法取引」といった新たな捜査手法が必要となるとして、可視化導入を先延ばしにしようとする動きがあります。しかし、取調べの可視化(全過程の録画)が必要とされるのは、先に述べたとおり、これまで密室で行われてきた取調べを事後的・客観的に検証可能なものとし、えん罪という究極の人権侵害を防止することにある以上、新たな捜査手法をめぐる議論の帰趨にかかわらず、取調べは直ちに可視化されるべきであると考えます。
  従って、当会としては、新内閣及び衆参両議院に対し、取調べの可視化(全過程の録画)を義務付ける刑事訴訟法の改正案を速やかに上程し、可決成立させるよう強く求め、本決議を提案するものです。

2009年(平成21年)11月12日            

京  都  弁  護  士  会


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