「足利事件無罪判決に関する会長声明」(2010年3月26日)


1.1990年(平成2年)5月に栃木県足利市内で発生した幼女誘拐・殺人・死体遺棄事件(いわゆる足利事件)の犯人とされ、無期懲役刑の有罪判決が確定していた菅家利和氏に対する再審裁判において、本日宇都宮地方裁判所は上記罪名につき、菅家氏が犯人ではないとしていずれも無罪判決を言い渡した。
  これにより、足利事件が冤罪事件であることが再審裁判所によっても確認され、上記無罪判決はそのまま確定することとなると思われる。

2.しかし、足利事件については、無罪判決が確定すれば、それで一件落着となるわけではない。冤罪事件は国家による最大かつ究極の人権侵害であり、二度とあってはならないことは明白である。
  今後このような冤罪事件を絶対に生じさせないためには、刑事司法に携わる各機関(警察庁、検察庁及び裁判所)から独立した第三者機関を設置し、足利事件において冤罪が生み出された過程を検証してその原因を明らかにするとともに、今後このような冤罪事件を生じさせないための具体的な方策を検討し、必要に応じて関係機関に対し実効性のある勧告等がなされるべきである。無論、かかる検証の際には、足利事件を担当した弁護人の弁護活動も対象とした検証活動が必要であり、我々弁護士会としてもあるべき刑事弁護活動についての検証と議論が必要であることは言うまでもない。

3.また、足利事件においては、取調べ段階において自白調書が作成され有罪認定の証拠とされている。これは、たとえ無実の者であっても、密室における違法・不当な取調べにより、容易に虚偽の自白に至ってしまうことを示している。密室における取調べが冤罪事件を生み出す大きな要因となっていることが明らかである。
    この点、現在の刑事司法手続では、供述調書の作成過程を事後的・客観的に検証する手段が存在せず、そのため取調官による違法・不当な取調べが横行し、虚偽自白が誘発されるという構造になっている。足利事件の公判においては、取調べ状況を録取した録音テープの存在が明らかとなり、法廷で取り調べられた結果、検察官の誘導に基づき虚偽の自白がなされるという実態が明らかとなった。しかし、ある特定の取調べの一部を録音するのでは不十分である。供述調書の作成過程を正しく事後的・客観的に検証するためには、取調べを可視化(全過程の録画)するのが最も適切かつ簡便な方法である。
  現在、取調べの可視化(全過程の録画)については、真相解明が困難になるなどという理由から、その導入のためには「おとり捜査」や「司法取引」といった新たな捜査手法が必要となるとして、検討会が立ち上げられ、導入が先延ばしにされようとしている。しかし、取調べの可視化(全過程の録画)が必要とされるのは、上述のとおり、これまで密室で行われてきた取調べを事後的・客観的に検証可能なものとし、冤罪という究極の人権侵害を防止することにあり、今回の無罪判決において現実に虚偽自白に基づく冤罪事件が生じたことが明白となった以上、新たな捜査手法をめぐる議論の帰趨にかかわらず、取調べは直ちに可視化されるべきである。
  よって、当会としては、内閣及び国会に対し、取調べの可視化(全過程の録画)を義務付ける法案を、直ちに審議入りして早急な立法を目指すよう求めるとともに、警察庁・検察庁に対して、進んで取調べの可視化を実施することを強く求める。

4.また、捜査機関による供述の強要や利益誘導といった違法な取調べを誘発している原因としては、本来拘置所等の刑事拘禁施設においてなされるべき身体拘束が、被疑者段階においては捜査機関たる警察署留置施設においてなされているのが原則となっていること(代用監獄制度)が指摘される。加えて、無実の者が虚偽の自白を強いられる物理的・心理的背景として、国際的に見て極めて長期に亘る起訴前の身体拘束期間を利用した取調べや、起訴後も犯罪事実を認めない限り原則として保釈されない、いわゆる「人質司法」と呼ばれる運用が依然として続いていることも同様に指摘できる。

  その意味で、足利事件のような冤罪事件を防止するためには、取調べの可視化(全過程の録画)を速やかに導入することに加えて、代用監獄制度を速やかに廃止し、起訴前保釈制度の新設も含めて現在の保釈制度を抜本的に改革して、身体拘束を早期に解消する必要があることが明らかであり、内閣及び国会に対し、かかる措置を早期に講じるための適切な立法を行うよう求める。


      2010年(平成22年)3月26日

京  都  弁  護  士  会

会  長    村  井  豊  明

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