「司法修習給費制に関する「裁判所法の一部を改正する法律」施行にあたっての緊急決議」(2010年11月11日)


緊急決議の趣旨


  司法修習生に対する給費制を廃止し、貸与制への移行を定める「裁判所法の一部を改正する法律」が、平成22年11月1日施行された。
  しかしながら、給費制は、法曹養成に必要不可欠なものであり、かかる給費制が廃止されたことは、我が国の法曹養成制度にとって極めて重大な危機である。
  また、仮に、法曹養成全体に対する経済的支援のあり方を検討するために時間を要するとしても、その間、貸与制導入によって生じる経済的不利益等により、法曹志望者の減少に拍車をかけるようなことがあってはならない。当面貸与制を凍結し、給費制を復活させた上で、検討されることが必要である。
  よって、施行された「裁判所法の一部を改正する法律」を改正し、①恒久的に給費制を復活させること、②少なくとも本来あるべき法曹養成制度及びこれに対する経済的支援についての議論がなされ、一定の結論が出るまでの間は、貸与制を凍結し、当面給費制を復活させることを強く求める。


緊急決議の理由


1  司法修習の重要性
  そもそも、司法修習は、裁判官、検察官、弁護士のいずれの道に進む者に対しても、同じカリキュラムで行われ(統一修習制度)、裁判所法、検察庁法、弁護士法いずれにおいても、「司法修習を終えた者」が共通の資格とされている(法曹一元制度)。かかる統一修習制度は、昭和22年に司法修習制度が開始されて以来、我が国における法曹養成の一貫した方針となっている。それぞれの立場からの事件の見方を学ぶことにより、広い視野や、物事を客観的、公平に見る能力を養うとともに、法律家間の相互理解を深める意義があるとされ、かかる統一修習制度は、国際的に見ても特徴のある制度であり、これまで高い評価を受けてきたものである。
  そして、かかる司法修習生に対しては、これまで、国家公務員と同様の給与が支給されてきた(給費制)。この趣旨は、法曹が、国民の基本的人権の擁護にとっての最後の砦である司法制度を支える存在であることから、かかる法曹となるべき司法修習生に対しては、修習専念義務を課すことによって質の高い修習を実施するとともに、その間無給となるから生活費を保障して身分を安定させ、これによって、国家が責任を持って社会的基盤たる法曹を養成するというものである。
  すなわち、給費制は、戦後、今日に至るまで、わが国の法曹養成制度の根幹をなしてきた重要な制度なのである。

2  国民の理解は必ず得られる
  給費制の復活について、国民の理解が必要であることは言うまでもないが、給費制存続に関する国民の理解について、国による調査が行われたことはない。そのためか、給費制存続に対する異論の中には、司法修習制度そのものに対する根本的な誤解に基づくものが多い。法曹養成制度における給費制の必要性について、誤解を解くための十分な説明さえなされれば、必ず、給費制に対する国民の理解は得られる。
  実際、日本弁護士連合会(日弁連)を中心にした給費制維持活動は、弁護士・弁護士会のみならず、市民に幅広く理解を得られてきた。
  京都弁護士会においても、請願署名活動、京都の全ての法科大学院における小集会、シンポジウムの開催、国会議員要請等の活動を行ってきた。署名は、本年10月27日時点で25925筆が集まり、8月28日に行ったシンポジウムには一般市民を中心に240名もの参加があり、国会議員からも賛同の声が複数寄せられた。賛同団体も36に上り、法科大学院など法曹養成に関わる団体のみならず、日本公認会計士協会京滋会、京都司法書士会、京都府行政書士会、京都土地家屋調査士会、京都府不動産鑑定士協会など関連士業団体、多くの市民団体からもシンポジウムに対する後援がなされた。
  このように、給費制維持を求める運動は、弁護士や法科大学院など関係者のみならず広く市民全般に浸透しつつあるのであり、国民の理解は必ず得られるのである。
  残念ながら、与野党間の調整が間に合わなかった結果、本年11月1日をもって裁判所改正法が施行されることになった。しかし、裁判所改正法が施行された後も、給費制を復活させるための裁判所法の再改正に向け、各党の間での折衝が今なお続けられているのであり、国が責任を持って法曹を養成するという給費制の必要性について、真正面から説明をしさえすれば、国民の理解は得られるものである。

3  司法修習生に給与を支給すべき必要性がある
  司法修習生は、修習期間中は、修習専念義務があるためアルバイトをすることもできず、その収入の機会逸失を補償する必要がある。また、修習中は各地方裁判所に配属されることになるが、必ずしも自らが希望する土地に配属されるとは限らず、強制的に移転させられる側面があることから、住居費、交通費、引っ越し費用等の負担についても補償する必要がある。
  従って、司法修習生に給与を支給すべき必要性がある。
  一方、貸与制は、貸与金の償還は無利息であるものの、修習期間中の収入を補償するものではない。また、給費制で補償された各種手当もない。従って、貸与制は司法修習生に対する経済的制約に対する補償とはならない。
  なお、給費制について、なぜ裕福な者に対して国が給与を支給する必要があるのかという異論があるが、「裕福な者」が「司法修習生の親族が裕福である」という意味で用いられているならば、それは司法修習生という国家公務員に準じる身分に対する待遇を親族の資産によって異にすべきであるという主張であり、相応しくない。また、「将来裕福な者になる者」という意味で用いられているならば、将来、自らの努力により高収入を得る者がいる可能性の問題と、現在無収入の司法修習生に生活保障をする必要性の問題とを混同しているといえる。

4  給費制の復活は、司法制度改革の理念の実現にとって必要不可欠である
(1)国民にとって利用し易い司法を実現するためには、多様な人材が法曹界に入るべきであるということが、司法改革の最も重要な理念である。そして、多様性を有する法曹の質の確保のためには、法曹志望者の数及びその多様性が不可欠である。しかし、現在では法曹を目指す者、特に社会人経験者の志望者数が激減している。さらには、貸与制の償還義務の負担や弁護士の低収入化、就職難等を懸念し、司法試験に合格しながら司法修習を断念した者もいる。
  このように、貸与制は、多様な人材が法曹界に入るべきであるという司法改革の最も重要な理念を阻害する。そのような観点からも給費制の復活は必要不可欠である。
(2)なお、給費制を維持すると、予算の観点から、合格者が減らされ、法曹人口の増大という司法改革を実現できなくなるとの指摘がなされることがある。
  しかし、法曹人口・司法試験合格者数の適正規模については様々な意見があるが、2010年度の合格者数を3000名程度とするという制度設計当初の予定が、現実には2000名程度にとどまっているのは、合格者の質の問題が主な要因となっているのであり、予算の観点は理由とはなっていない。
  そもそも、法曹人口の適正規模は、どうあるべきかが問題であって、予算の問題とは切り離して検討すべきである。給費制の復活ゆえに法曹人口増大を阻害する、という考え方は、現状における分析を誤っているものと言わざるを得ない。
(3)さらに、法科大学院を含めた法曹養成制度全体の経済的支援を考えるべきであり給費制のみを議論すべきではないとの主張もなされている。しかし、法科大学院に対しても、より経済的支援が必要ということであって、給費制を廃止する理由とはなりえない。少なくとも、司法試験合格率が低い現状では、法曹となるべき司法修習生を優先する方が、法曹養成制度全体に対する経済的支援としては効果的である。

5  弁護士を含め、法曹三者の活動に公益性はある
  弁護士を含め法曹三者の活動には公益性はある。従って、法曹として養成中である司法修習生に対して、国費を投入することに正当性がある。
  裁判官、検察官は公務員であるため、公益性があることは疑いない。さらに、弁護士も、ほとんどが公益活動に従事している。
  刑事事件における弁護人は、憲法及び刑事訴訟法によって、刑事訴訟手続において不可欠な存在である。そして、京都弁護士会における国選弁護活動で言えば、平成22年9月時点で、会員数497名のうち、国選弁護名簿に登録しているのは372名、年間(平成21年6月1日から平成22年5月31日まで)の国選件数が1629件にのぼり、1人あたり4.38件を担当していることになる。さらに、京都弁護士会の登録5年以内に限れば、やむを得ない理由がある者を除いて全員が国選弁護名簿に登録している。
  また、京都弁護士会は、人権・権利擁護といった公益的活動を行うため、60を超える委員会等を有している。ほとんどの会員が複数の委員会に所属し、無償での活動等に従事している。弁護士過疎の解消のため、積極的に弁護士過疎地での相談業務等に取り組んでもいて、弁護士過疎も解消されつつある。その他、各種の無料相談を実施し、ボランティアで多数の市民からの相談を受けている。また、京都弁護士会の会員のうち、日本司法支援センター(法テラス)に登録している者は約400名に上る。
  さらに、弁護士は、その支払う会費によっても、公益活動をしている。この例としては、日弁連委託援助事業がある。2009年度に日弁連が事業費として負担したのは、刑事被疑者・少年保護付添援助で約10億円、民事法律援助事業で約4億円、合計約14億円である。日弁連の年間収入は一般会計・特別会計合計で約60億円なので、2割以上を公益活動に回している計算になる。会費負担を通じて公益活動に貢献しているという意味では、全ての弁護士が公益活動をしていることになる。
  そもそも、弁護士の仕事の公共性は、上記の活動に限られない。一般の業務においても、高い職業倫理のもと、「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士法1条)の観点から、あるべき紛争解決を目指して業務を行うのであり、公共的価値を実現する職務である。
  このように、現実には、ほとんどの弁護士が公益活動に従事しているのであり、法曹として養成中である司法修習生に対して、国費を投入することに正当性がある。
  なお、修習生全員に給費制を認めるのではなく、貸与制を前提としつつ、公益活動をした弁護士に対して、貸与金の返還免除を認めれば足りるとの意見もある。しかし、上記のような現状に鑑みれば、ほとんどの弁護士が免除となるべきである。また、公益活動の種類・内容も千差万別であるにも関わらず、免除に公益活動の要件を狭く設定することは、公益活動の内容について国が枠をはめることとなる。それでは、本来弁護士が幅広く行っている公益活動を阻害するものとなってしまい、国民の利益とはならない。

6  速やかな再度の裁判所法改正が必要である
  貸与制を導入する裁判所法改正が決まった平成16年当時、「給費制の廃止及び貸与制の導入によって、統一・公平・平等という司法修習の理念が損なわれることのないよう、また、経済的事情から法曹への道を断念する事態を招くことのないよう、法曹養成制度全体の財政支援のあり方も含め、関係機関と十分な協議を行うこと」という附帯決議がなされている。
  そして、現在、まさに当時危惧されたような、「司法修習の理念が損なわれ」、「経済的事情から法曹への道を断念する」事態が生じている。すでに、法科大学院受験者が激減し、さらには、社会人からの法科大学院入学者数も減少している中、「多様な人材を法曹界に」という、司法制度改革の理念が揺らいでいる。今回、貸与制に移行するとなれば、社会人受験者がさらに減少し、多様性が低下することは避けられない。
  なお、貸与制は決まったことであり、それを今更変更するのはいかがなものか、という意見もある。しかし、平成16年当時から、貸与制導入による不都合・不具合が生じることが危惧されていた。つまり、実際導入されるにあたって、その点について対策を講じることが想定されていたのである。従って、今、変更することに支障はない。
  また、5年間の返済猶予期間に貸与制の是非につき議論すれば足りるのではないかという指摘もある。しかし、今後の法曹志望者にとっては、将来の免除の有無が不明という曖昧な状況では、法曹を目指すことを躊躇してしまうこととなる。
  将来貸与金が免除されることになったとしても、現在の貸与制を漫然と維持することは、この5年間で、毎年毎年、多様かつ有為な人材が法曹界に入ってくることが阻害され、さらには、志願者が減少することによって、法科大学院の教育環境や法曹の質に悪影響を及ぼすことは必至である。
  将来、この5年間が、法曹養成にとって「空白の5年間」となってしまっては、取り返しがつかない。給費制の存続のための裁判所法の再改正は、今や待ったなしの状態である。

以上


    2010年(平成22年)11月11日

京都弁護士会 司法修習費用給費制の復活を求める緊急全体集会

関連情報