「大阪府警の証拠紛失事件を受けて全面的証拠開示制度の導入を求める会長声明」(2011年5月26日)


  去る5月18日の新聞報道によれば、大阪市平野区のマンションで母子が殺害され放火された事件で、大阪府警が、捜査において現場付近の灰皿から採取したたばこの吸い殻72本のうち、71本を紛失していたとのことである。この事件では、被告人が犯人であるか否かが争われ、一審及び控訴審の各判決はいずれも、上記たばこの吸い殻のうち1本から、被告人と同一のDNA型が検出されたことを根拠にして被告人を有罪とし、一審判決は無期懲役を、二審判決は死刑を宣告していた。しかし、昨年4月の最高裁判決は、上記灰皿に残されていた他の吸い殻についてもDNA型鑑定が必要であるとして、一審及び控訴審判決を破棄した。しかるに大阪府警は、最高裁が極めて重要な証拠であると判示したたばこの吸い殻71本を紛失したうえ、弁護側の証拠開示請求がなされるまで1年以上にわたって、その事実を隠し続けてきた。しかも、弁護人が一審段階から、上記たばこの吸い殻の証拠開示を求めていたにもかかわらず、検察官は、最高裁判決によってあらためて大阪地裁で71本のたばこの鑑定が問題とされるまで、紛失の事実を明らかにすることなく証拠開示を拒否し続けてきた。近年、相次いで証拠資料の紛失が問題となった大阪府警が、またも証拠管理のずさんな実態を露呈し、その事実を隠蔽しようとしたことが非難されるべきは当然である。そして、公益の代表者たる検察官の不公正な態度もまた非難を免れないことは言うまでもない。

  この問題は、捜査機関が一方的に証拠価値を判断することを許していることによって生じている。すなわち、本件のように重要な証拠の管理がずさんなものとなったのは、証拠を収集した大阪府警が、独自の判断でそれらの証拠の価値を軽視したことに起因している。最高裁があらためて鑑定を命じたことに照らせば、大阪府警の判断が誤ったものであったことは明白である。証拠の価値は捜査機関が一方的に決定すべきものではない。そして、捜査機関の一方的な誤った判断が下されることを回避するためには、まず、捜査機関と対峙する被告人及び弁護人に開示され、それぞれの立場から多角的にその証拠価値が検討されなければならない。今回のような事態の再発を防止するためには、そのような制度を導入することが喫緊の課題といわねばならない。

  また、捜査機関がその収集した証拠をあたかも私物であるかごとく独占している実態もあらためなければならない。公費によって収集された証拠資料は決して捜査機関の私物ではなく国家によって保全された大切な資料であり、市民のために使われるべき公共物である。それゆえに、それらの証拠資料は、被告人及び弁護人にも当然に開示されて、証拠として利用されることが許されなければならない。

  今回のような事態を二度と生じさせないためには、検察官が手持ちの証拠資料(検察官の指揮下にある警察等の捜査当局が保持する証拠資料を含む)の一覧表を作成し、これを被告人及び弁護人へ開示することを義務づけ、そのうえで、原則としてすべての証拠が被告人及び弁護人に開示される制度を導入すべきである。そうすることによって、冤罪を防止するための無罪証拠が捜査当局の手元に埋もれることを防ぎ、刑事訴訟の目的である人権保障と真実の発見を実現することができるのである。

  よって、当会は、かかる全面的証拠開示制度の導入のために、すみやかに刑事訴訟法を改正することを求めるものである。

2011年(平成23年)5月26日

京    都    弁    護    士    会

会 長  小  川  達  雄


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