提言

「裁判員制度が司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことができるようにするための提言」(2011年12月22日)


2011年(平成23年)12月22日


裁判員制度が司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことが

できるようにするための提言


京都弁護士会
              
会 長  小  川  達  雄


  2009年5月21日の施行以来、全国で起訴された裁判員裁判の新受人員は2011年7月末時点において4,002人にのぼっている(1)。これらの裁判員裁判は、司法に対する市民の理解と信頼を獲得できるほどに慎重かつ公正なものとなっているのか。私たちは、この視点から、裁判員裁判の実施状況を検証し、裁判員制度が我が国の刑事裁判の基盤としての役割を十全に果たすことのできる制度となるよう、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)附則第9条に定める「所要の措置」として、以下の措置を提言する。

第1  提言の趣旨

1  裁判員の負担軽減規定に関する提言
① 裁判員の負担軽減規定(裁判員法51条)に「但し、被告人及び弁護人の権利を害することがあってはならない。」と付加する
2  対象事件に関する提言
②  現行の対象事件(同法2条)以外のすべての刑事事件について、被告人が裁判員裁判を請求する権利を認める
③  現行の対象事件(同法2条)について、被告人が裁判員裁判を辞退することを認める
3  公判前整理手続に関する提言
④  検察官の全証拠リスト開示義務とリストに基づく弁護人の証拠開示請求権を認める
⑤  公判前整理手続と公判の担当裁判官を分離する
4  裁判員選任手続に関する提言
⑥  裁判員候補者への質問権(同法34条)を検察官、被告人及び弁護人に認める
5  公判審理に関する提言
⑦  裁判長による裁判員への基本原則等の説明(同法39条1項・同規則36条)は、宣誓前に行うとともに、冒頭陳述後と被告人の最終陳述後に公開法廷で行い、さらに評決前にも評議室で行うことを義務づけるとともに、評議室に掲示するなどの方法で注意喚起に努めなければならないこととする
⑧  少年逆送事件については、裁判長が、裁判員に対して、少年法の理念、少年法55条の解釈、不定期刑や刑の緩和、少年院と少年刑務所における処遇の実情及びその異同などの少年を被告人とする事件の審理において理解しておくべき事項について、これを十分に理解させるように努めなければならないこととし、審理においても社会記録や調査官作成の調査票、鑑別結果通知書の取調べ、調査官や鑑別技官の尋問を活用することとする
⑨  公訴事実に争いのある事件については、まず公訴事実の審理と中間判決を行い、有罪判決となった場合のみ量刑の審理と判決をすることとする
⑩  量刑資料に量刑調査や情状鑑定の結果を取り入れる
6  評議に関する提言
⑪  死刑判決の量刑評決要件は全員一致とする
7  上訴に関する提言
⑫  事実誤認及び量刑不当を理由とする検察官上訴は認めない
⑬  死刑判決に対しては必要的に上訴されるものとする


第2  提言の理由

はじめに  -  提言にあたっての基本的視点  -
(1)  裁判員制度の趣旨と目的
  裁判員法は、裁判員の参加によって、「司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上」をはかることを趣旨としている(同法1条)。そして、裁判員法が刑事裁判手続法であることからすれば、裁判員制度も憲法の定める適正手続の保障(同法31条)及び刑事訴訟法の定める人権保障と真実発見(同法1条)を目的とすることは言うまでもない。市民の理解と信頼も、かかる裁判員制度の目的を実現することによって獲得していかなければならない。
  こうした裁判員制度の趣旨及び目的からすれば、裁判員制度には、従来の職業裁判官による裁判(以下「裁判官裁判」という。)で指摘されてきた経験則の偏り、供述調書等の証拠書類に依存した調書裁判、自白への依存、有罪判決を多く取り扱うことによる慣れからくる無罪推定の意識の希薄化といった問題点(以下「刑事司法の抱える問題点」という。)を解決する契機になることが期待されている。裁判員制度は、多様な社会経験を有する市民が裁判官と協働し、裁判手続や判決に健全な社会常識を反映させていく中で、調書中心の裁判を公判中心の裁判に改め、合理的な疑いを超える証明の基準や無罪推定の原則(以下「基本原則等」という。)を厳格に適用することによって、より真実に近づくことを可能にするとともに、被告人の人権保障を実現する制度にならなければならない。
  「司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上」は、市民の参加の結果、裁判員裁判がこれまでの刑事司法の抱える問題点を克服し、より慎重かつ公正な刑事裁判手続として機能することによって、はじめて得られるものである。
(2)  裁判員裁判の実施状況に対する評価
  これまでに実施された裁判員裁判について、全体的には、以下のように評価できる。
  まず、積極的に評価できる点は、市民感覚を審理や評議に反映させたことにより、合理的な疑いを超える証明の基準を厳格に適用したと理解できる判決が出るなど、基本原則等に忠実に従った慎重な判断がなされる傾向が認められることである。また、裁判官によっては、基本原則等を裁判員に理解してもらうための方策を工夫したり、事実認定と量刑判断の手続きを二分して運用するなど、望ましい刑事裁判を模索する動きもある。さらに、裁判員となる可能性のある市民が裁判を自分の問題としてとらえる意識が芽生えたことや、刑事裁判に関する報道が増えたり、刑事裁判に関する広報や教育活動が盛んになるなど刑事裁判に対する市民の関心がこれまでになく高まり、その理解が深められてきている。
  他方で、消極的に評価せざるを得ない点として、多くの裁判官によって裁判員の負担軽減を理由とした主張立証の厳選や審理期間の短縮が行われ、当事者が十分な訴訟活動をできない状況が生まれている点が指摘できる。また、公判前整理手続において争点と証拠を整理する際、裁判官が膨大な事件情報に触れることとなり、裁判官と裁判員の間に著しい情報格差が生じているばかりか、裁判官が公判前に心証をとってしまっているのではないかと疑われる事例もあるなど、裁判員と裁判官が対等な立場で裁判に参加するという市民参加の意義を損ないかねない状況も生じている。さらに、証拠調べ手続においては、確かに証拠書類の分量は減少し、供述調書は全文朗読されるようになったものの、証拠書類を証拠の中核とし、証人が補充的に利用されるという証拠構造は変わっておらず、未だ調書裁判の脱却からはほど遠い状況にある。
(3)  提言にあたっての基本的視点
  このように、これまでの裁判員裁判には積極的に評価できる面があるものの、他方で消極的に評価せざるを得ない面も存在しており、裁判員裁判が必ずしも真実発見と人権保障という目的に適うものとなっていないことも直視しなければならない。
  これまでの実施状況を見る限り、市民が参加しさえすれば、それだけで刑事司法の抱える問題点が改善され、真実発見と人権保障という刑事訴訟の目的を達成できるようになるという単純な問題でないことは明らかとなっている。市民の力を裁判に活かすためには、裁判員制度のさらなる改善が必要とされている。
  私たちは、裁判員法施行後2年半の裁判員裁判実施状況を振り返り、現れてきた消極的側面をできる限り打ち消すとともに、市民の力をよりよく発揮させることによって、裁判員制度がその趣旨と目的を実現し、我が国の刑事裁判の基盤となるよう必要な措置を提言するものである。

1  裁判員の負担軽減規定に関する提言
①  裁判員の負担軽減規定(裁判員法51条)に「但し、被告人及び弁護人の権利を害することがあってはならない。」と付加する
  これまでに実施された裁判員裁判では、裁判所から当事者に対して、主張立証の厳選や審理期間の短縮が過度に要求されている。情状証人の人数や尋問時間が制限されたり、被告人が書いた謝罪文や家族等の上申書が証拠採用されなかった事例は多くの弁護人が経験しているところである。主張についても、自首の成立や犯意の発生時期を争点から外さざるをえなくなった事例が報告されている(2)。一度決めた審理スケジュールに裁判所がこだわるという点も多くの弁護人の指摘するところであり、裁判長が法壇から弁論中の弁護人に対してストップウオッチを呈示したという非常識な事態まで生じている(3)。また、裁判員に凶器の重さを実感してもらうために法廷で実際に手で持ってもらおうとしたところ、審理時間を理由に拒絶された事例も報告されている(4)。
  このような状況については、裁判員経験者からも審理時間がもっと長ければよかった、もっと証拠を見たかったという声が出たという報道が多数なされている。
  このように、現在の裁判員裁判では、裁判官による行き過ぎた主張立証の制限によって、被告人の防御権を侵害しかねない状況が生まれてしまっている。かかる状況は、まさに「裁判員の負担が過重なものとならないように」すること(同法51条)を過度に意識したために生じたと言うべき  である。
  そこで、主張立証を制限する根拠とされている裁判員の負担軽減規定について、被告人及び弁護人の権利を害することがあってはならないことを付加し、被告人及び弁護人の防御権が裁判員の負担に優位する価値基準であることを明確にすべきである。

2  対象事件に関する提言
②  現行の対象事件(裁判員法2条)以外のすべての刑事事件について、被告人が裁判員裁判を請求する権利を認める
  平成23年10月までに実施された裁判員裁判においては、10件の完  全無罪判決がなされ、相当数の一部無罪判決が出されている。これらの無罪判決の内容を検討すると、裁判員が加わった合議体は供述調書よりも法廷で直接見聞きした証言内容や証言態度を重視し、基本原則等に忠実に事実認定を行っていることがわかる(5)。事実認定については、多くの事件を職業的に処理している裁判官による裁判以上に、裁判員裁判の方が、一般市民の社会経験や常識に基づき、基本原則等に忠実な審理が行われ、慎重な判断がなされていると評価できる。
  事実認定に関しては、裁判員裁判は裁判官裁判と比較してより慎重な刑事裁判として機能しているといえ、また、刑事司法の抱える問題点を解決する契機となっている。
  このような裁判員裁判の事実認定に関する積極的評価に照らすと、現行の対象事件以外の刑事事件においても、被告人に広く裁判員裁判を請求する権利を認めるべきである。
③  現行の対象事件(裁判員法2条)について、被告人が裁判員裁判を辞退することを認める
  裁判員裁判がより慎重な刑事裁判として機能していることは前記のとおりであり、裁判員裁判は被告人の裁判を受ける権利(憲法37条1項)を  具体化しているといえる。
  しかし、他方で、被告人に裁判員裁判を強制することが、裁判を受ける権利の保障につながっているとは必ずしも言い難い場面が生じている。すなわち、裁判員裁判では、公判前整理手続と最短6週間の裁判員呼出期間の確保が必要とされている。そのため、裁判官裁判であれば起訴から2ヶ月程度で判決に至っていた争いのない事件であっても、裁判員裁判となれば、これらの期間分は必ず長期化してしまい、判決までに4ないし6ヶ月程度の時間がかかることとなる(6)。また、裁判員裁判では、裁判官が裁判員の負担に配慮するあまり主張立証を過度に厳選する傾向が顕著に現れている。こうしたことから、裁判員裁判が被告人の裁判を受ける権利をかえって損なっている事例も生じている。このように、裁判官裁判と裁判員裁判のどちらが被告人の裁判を受ける権利の保障の観点から望ましいかは事件によって異なりうる。
  また、現行法が2つの裁判制度を認めていることからすると、被告人が裁判官裁判を受けることを選択することを認めることは立法政策上も許されるというべきである(7)。
  したがって、現行法上、裁判員裁判対象事件とされている事件について、裁判員裁判を被告人が辞退し、裁判官裁判を受けることを選択することを  認めるべきである。

3  公判前整理手続に関する提言
④  検察官の全証拠リスト開示義務とリストに基づく弁護人の証拠開示請求権を認める
  公判前整理手続は、公判審理を充実したものとし、継続的、計画的かつ迅速に行うために実施されるものであるが(刑事訴訟法316条の2)、かかる要請は市民の参加する裁判員裁判ではいっそう強くなる。そのため、裁判員裁判では公判前整理手続が必要的とされている(裁判員法49条)。したがって、裁判員制度を発展させていくためには、まずは、公判前整理手続が十分に機能していなければならない。しかし、公判前整理手続における重要な手続である類型証拠開示及び主張関連証拠開示には依然として問題がある。
  第1の問題点は、弁護人には検察官がどのような証拠を持っているかを把握することができない点である。そのため、弁護人は探索的な証拠開示請求を行わざるを得ず、十分な証拠開示請求をすることができないままに終わってしまっている。第2の問題点は、弁護人が開示請求した証拠について、その許否を第一次的には検察官が判断することとなっている(刑事訴訟法316条の15、同条の20)点である。そのため、検察官が証拠  開示を容易に拒むことができ、証拠開示が限定的なものとなってしまっている。
  そもそも、公費によって収集された証拠は公共物である。すべての証拠について、被告人及び弁護人に利用の機会が与えられなければ公正な裁判は実現できない。また、公判前整理手続の主要部分である証拠開示手続を円滑に行うことは、証拠開示請求手続に要する期間を短縮することにつながり、迅速な裁判の実現にも資することとなる。
  したがって、検察官には全証拠リストの開示義務を課し、原則として全ての証拠を弁護人に開示すべきことを認めた上で、例外的に明白に著しい弊害がある場合にのみ裁判所の判断によって証拠開示を制限できることとする規定に改めるべきである。
⑤  公判前整理手続と公判の担当裁判官を分離する
  現在の裁判員裁判では、公判前整理手続と公判を同一の裁判官が担当している。そのため、裁判官は公判前整理手続を通して裁判員よりも格段に多くの事件情報を得て、予断を抱かざるをえない状態で裁判員裁判に臨んでしまっている。
  すなわち、公判前整理手続において、裁判官は検察官の証明予定事実や弁護人の予定主張、それらに対する求釈明の応酬、証拠請求と証拠の採否にあたってのやりとりなどをすべて見ている。裁判官は、証拠の採否を判断するために提示命令をかけて証拠の内容を見てしまうこともある。そして、このような機会に裁判官が触れる主張や証拠の中には、厳選の名の下に公判には現れないこととなるものも少なくない。しかし、裁判員は、それらの主張や証拠に一切触れることなく審理が進められる。また、公判前整理手続から事件に接してきた裁判官と、選定手続で初めて事件に接することとなる裁判員とでは、事件を検討する時間にも圧倒的な差が生じる。
  このように、公判前整理手続において、裁判官は事件に関して相当な量の情報を得て一定の予断を抱かざるをえない状態にあり、また、裁判官と裁判員の間には審理が始まる時点で明らかな情報格差が生じてしまっている。このような格差のある裁判官と裁判員が、対等な立場で審理に立ち会い、評議において議論することは極めて困難であり、裁判員の意見が裁判に十分に反映されないおそれがある。
  したがって、公判前整理手続と公判の担当裁判官を分離すべきである(8)。

4  裁判員選任手続に関する提言
⑥  裁判員候補者への質問権(裁判員法34条)を検察官、被告人及び弁護人に認める
  これまでに実施された裁判員裁判では、裁判員候補者に対する当事者からの質問要求はほとんど認められていない(9)。裁判長による裁判員候補者への質問も、審理期間中の予定の確認などが中心となっており、極めて形骸化している。そのため、審理に不適当な裁判員候補者を除外するという選任手続の本来の目的を達することができていない状況にある。
  最高裁がとりまとめた結果をみても、2009年5月21日の施行以来2011年7月末までの間に全国で不選任決定がされた裁判員候補者の総数59,327人のうち、理由あり不選任がなされた人数は240人のみである(10)。理由なし不選任も9,904人とごく限られた数しか行われていない。裁判員候補者に対して有効な質問がなされず、不選任とする理由を発見することもできない現状においては、当然の結果といえる。
  しかしながら、検察官及び被告人に認められている裁判員候補者の不選任請求権(同法36条)は、公正な裁判を実現するための極めて重要な権利である。そして、当事者がこの権利を実質的に行使するためには、被告人及び弁護人を含めた当事者からの直接の質問権を認め、裁判員候補者への質問を充実したものとする必要がある。
  したがって、裁判員候補者に対して、不当な場合にのみ裁判長が制限できることとして、当事者による直接の質問権を認めるべきである。

5  公判審理に関する提言
⑦  裁判長による裁判員への基本原則等の説明(裁判員法39条1項・同規則36条)は、宣誓前に行うとともに、冒頭陳述後と被告人の最終陳述後に公開法廷で行い、さらに評決前にも評議室で行うことを義務づけるとともに、評議室に掲示するなどの方法で注意喚起に努めなければならないこととする
  裁判員への基本原則等の説明について、同法39条1項及び同規則36  条は、「裁判員及び補充裁判員の権限、義務」のほか、「事実の認定は証拠によること、被告事件について犯罪の証明をすべき者及び事実の認定に必要な証明の程度」として説明すべき内容を定めるのみである。これらの項目について、どの段階で、どのような方法で説明すべきかは法律上明確にされていない。そのため、これまでの裁判員裁判では、裁判員及び補充裁判員が選任された直後に非公開の場で基本原則等の説明がなされている。
  しかし、裁判員に対する選任直後の説明においては、基本原則の説明ばかりでなく、審理スケジュールの説明や事務的な連絡事項など極めて多岐にわたる情報が一度に伝えられている。このような説明方法では、他の雑多かつ膨大な情報に埋もれてしまい、裁判員が基本原則等を十分に理解することは困難である。また、基本原則等に対する理解が最も重要となるのは評議と評決においてである。評議からほど遠い選任直後の段階で説明されるだけでは、評議に臨む段階でもなお、裁判員が基本原則等を心がけることができているかは疑わしい。さらに、基本原則等の説明が公開の法廷で行われず、かつ、選任直後の説明の際以外は当事者の立会権すら認められていないため、その説明が適切に行われているかどうかを確認することもできない。
  したがって、基本原則等の説明は、評議室だけでなく、基本原則等が重要となる審理の各段階において公開法廷でも繰り返し行うことを義務づけるべきである。また、基本原則等が最も重要となる評議時にはいつでも確認できるように、評議室に基本原則等の説明を掲示するなどし、常に注意喚起に努めることを義務付けるべきである。
⑧  少年逆送事件については、裁判長が、裁判員に対して、少年法の理念、少年法55条の解釈、不定期刑や刑の緩和、少年院と少年刑務所における処遇の実情及びその異同などの少年を被告人とする事件の審理において理解しておくべき事項について、これを十分に理解させるように努めなければならないこととし、審理においても社会記録や調査官作成の調査票、鑑別結果通知書の取調べ、調査官や鑑別技官の尋問を活用することとする(11)
  少年である被告人に対して死刑判決を言い渡した裁判員裁判(12)においては、社会記録のうち、検察官が請求した「刑事処分相当」という調査官意見の結論部分と弁護人が請求した「矯正可能性あり」という鑑別所の処遇意見のみしか証拠として取り調べられず、結果として、被告人が少年であることをほとんど考慮しない判決がなされた(13)。
  少年法の理念は、少年の健全育成ないし成長発達権保障にある(少年法1条、保護主義)。そのため、逆送されて刑事裁判を受けることになった少年であっても、「裁判所は、事実審理の結果、少年の被告人を保護処分に付するのが相当であると認めるときは、決定をもって、事件を家庭裁判所に移送しなければならない。」(少年法55条。以下「55条移送」という。)とされている。また、裁判所が55条移送ではなく刑罰を科すという選択をする場合も、不定期刑(同法52条)や刑の緩和(同法51条)など成人とは異なる処遇が予定されている。少年法の理念や制度は、刑罰に対する考え方とは大きく異なっているのである。しかし、こうした理念や制度は、必ずしも市民に一般的な常識として受け入れられているとは言い難い。
  したがって、裁判員が適切な判断をすることができるように、裁判長が、裁判員に対して、少年法の理念、少年法55条の解釈、不定期刑や刑の緩和、少年院と少年刑務所における処遇の実情及びその異同などの少年を被告人とする事件の審理において理解しておくべき事項について、十分に理解させるよう努めることを義務づけるべきである。
  そして、少年に対して55条移送がふさわしいのか、あるいは、刑罰を  科すにしてもどの程度の量刑がふさわしいのかを判断するには、「なるべく、少年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等について、医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的智識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用して、これを行うように努めなければならない」とされている(同法50条、9条、科学主義)。
  したがって、少年に対する処遇を慎重に決めるために、裁判員裁判においても、家庭裁判所で作成された社会記録や調査官の調査票、少年鑑別所で作成された鑑別結果通知書などを証拠として十分に検討することが不可欠であり、調査官や鑑別技官の証人尋問も活用することとすべきである。
⑨  公訴事実に争いのある事件については、まず公訴事実の審理と中間判決を行い、有罪判決となった場合のみ量刑の審理と判決をすることとする
  現在の裁判員裁判では、事実認定と量刑の手続が分けられておらず、かつ、証拠の取調順序は裁判所の裁量に委ねられている。そのため、犯人性等の公訴事実が争われている事件においても、犯罪事実を認定するための証拠とともに、量刑事実である前科前歴、その他の身上経歴事項に関する証拠までもが、事実認定判断がなされる前に取り調べられている場合が多い。初めて刑事裁判に臨む裁判員に、犯罪事実を認定するための証拠と量刑判断のための証拠とを区別して心証を形成させることは極めて困難である。裁判員が前科等に触れることによって被告人に対する不当な偏見を抱き、事実認定に影響を及ぼしているおそれは払拭できない(14)。
  また、被害者等の意見陳述も、通常は、犯罪事実の認定の前に行われている。一般市民である裁判員が被害感情に触れた場合、それに強く共感してしまい、冷静かつ公正に事実認定ができなくなる可能性も否定はできない。
  したがって、事実認定についての審理と量刑判断のための審理は明確に二分し、無罪の中間判決がなされればその段階で審理は終結し、有罪の中間判決がなされた場合のみ量刑の審理と判決をすることとすべきである。
⑩  量刑資料に量刑調査や情状鑑定の結果を取り入れる
  これまでに実施された裁判員裁判の量刑傾向を見ると、犯罪の背景や原因、被告人の更生可能性を重視する傾向が出ている一方で、量刑判断が感情的になっているとの指摘がある。例えば、性犯罪事件の量刑が極端に重罰化したり、家庭内暴力や介護疲れを原因とする家族内の殺人事件では執行猶予事例が増える一方で、第三者が被害者となった殺人事件では重罰化していると報告されている(15)。
  このような感情的な量刑判断は、裁判員の構成によって結論が大きくぶれる危険性がある。その結果、量刑判断が不公平なものとなり、被告人の公正な裁判を受ける権利を侵害するおそれがある(16)。
  量刑判断が感情的なものになる原因は、検察官及び弁護人によって法廷に提出される量刑資料や裁判所が提供する量刑データベースを資料とするのみでは、裁判員が合理的な量刑判断をするための資料が不足していることにある。すなわち、被告人に有利な情状、不利な情状があり、それらの情状がなぜ有利あるいは不利になるのかという理由が弁護人及び検察官から説明されたとしても、それだけでは、結論としての具体的な量刑(例えば、懲役何年が相当であるか)については、何らの根拠も存在しない。量刑データベースも過去の裁判傾向でしかないのであり、当該事案で量刑を決定する資料としては不十分というほかない。そのため、現在の量刑は、結局は裁判員の個人的な感情や感覚に根拠を求めることにならざるをえなくなっているのである。
  そこで、量刑判断の客観的な根拠とするために、調査官による量刑調査や情状鑑定の結果を量刑資料として採用し、適切な根拠に基づく理性的な量刑判断ができるようにするべきである。

6  評議に関する提言
⑪  死刑判決の量刑評決要件は全員一致とする
  裁判員裁判では、すでに複数件の死刑判決がなされている。それらの死刑判決が、どのような評決結果によってなされたのかは明らかではない。しかし、現在の制度では死刑も多数決で決めることができることとなっており、十分に慎重な判断がなされていない可能性がある。
  死刑は人の生命という究極の人権を侵害する刑罰であり、間違いがあった場合には取り返しのつかない刑罰である。その適用にあたっては、極めて慎重に判断されなければならない。最高裁判所も死刑を確定させる判決をする場合には全員一致を必要とする運用をしているところである。
  したがって、死刑判決については、極めて慎重な判断を要するものとして、全員一致の評決を求めるべきである(17)。

7  上訴に関する提言
⑫  事実誤認及び量刑不当を理由とする検察官上訴は認めない
  検察官の控訴によって、一審における事実認定や量刑に関する裁判員裁判の判断を覆す控訴審判決がなされた事例がでている。例えば、覚せい剤の知情性が否定されて全面無罪判決(18)が出された覚せい剤取締法違反事件  の控訴審で、東京高裁は検察官が一審の被告人質問後に撤回した被告人の供述調書4通を職権で採用して取り調べた上で、供述内容が何度も変遷している被告人の弁解は信用しがたいとして、被告人の知情性を認定し、一審判決を破棄して有罪の自判をした(19)。
  しかし、このように、上訴審において裁判員裁判の判決を容易に覆す判決がなされ、裁判員の判断が尊重されないこととなると、裁判員裁判の趣旨である司法に対する市民の理解と信頼(裁判員法1条)も失うことになりかねない。裁判員裁判は、裁判官裁判以上に基本原則等が徹底して判断がなされている。この点を考慮すれば、裁判員裁判における判断は、裁判員の健全な社会常識が反映されたものとして、可能な限り尊重されるべきである。市民に対する信頼なくして、司法に対する市民の理解と信頼を得ることなどできない。
  したがって、上訴審は、事後審に徹すべきである。このことは、裁判員法制定段階から議論されており、司法研究や東京高等裁判所裁判官の研究会においても主張されていた(20)」。しかしながら、事後審であるという控訴審本来の趣旨を運用上徹底しない判決がなされた実情を踏まえると、裁判員法の法文上で明確にしなければならない。
  そこで、裁判員裁判の判決に対しては、まず、法律的判断(手続違反)についてのみ当事者双方に上訴を認めることとすべきである。
  もっとも、たとえ裁判員の判断が尊重されるべきであったとしても、無実の被告人に対する有罪認定や不当に重い量刑判断は許されないことは言うまでもない。刑事裁判が人権保障を目的とした制度である以上、事実認定及び量刑判断について被告人に不服がある場合は、上訴審で是正する機会が保障されなければならない。また、裁判官は、法律家として、無実の被告人に対する有罪認定や不当に重い量刑判断を防ぐべき役割を担っている。このような裁判官の役割は、裁判員裁判で有罪認定や量刑判断をするには「裁判官及び裁判員双方の意見を含む合議体の員数の過半数」による多数決が必要とされている(同法67条)ことにも現れている。第一審の  裁判官がその役割を果たすことができなかった場合には、上訴審の裁判官がその役割を果たさなければならない。
  したがって、法律的判断(手続違反)についてのみ当事者双方に上訴を認め、事実認定及び量刑判断については被告人及び弁護人のみが上訴できることとし、検察官による事実認定及び量刑判断に関する上訴は制限すべきである(21)。
⑬  死刑判決に対しては必要的に上訴されるものとする
  裁判員裁判は死刑が求刑される事件も対象とするが、死刑は人の生命という究極の人権を侵害する刑罰であり、誤判の場合には取り返しがつかず、また仮に誤判のおそれがない場合であったとしても、死刑の適用が真にやむをえないものであるのか否かは極めて慎重に判断されなければならない。
  そのため、裁判員裁判で死刑判決がなされた場合には、被告人に上訴意思がない場合であったとしても、国の責任において、必ず上訴審の裁判官が裁判員裁判における判断に誤りがないかを再度見極めることとするべきである。そして、上訴審における評決においても、やはり死刑判決については全員一致を要件として、裁判員6人、一審の裁判官3人、控訴審の裁判官3人、そして上告審裁判官5名の合計17名の意見が一致したときにはじめて死刑判決を確定させることができることとするべきである。
  したがって、裁判員裁判においてなされた死刑判決に対しては、必要的に上訴されるものとすべきである。
以  上




(脚注)
1  最高裁判所事務総局「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~平成23年7月末・速報)」1頁
2  第26回近畿弁護士会連合会人権擁護大会シンポジウム第1分科会「被告人のための裁判員裁判の実現を!」報告書19頁
3  鳥取弁護士会会長声明「法廷内でのストップウオッチの呈示に関する会長声明-鳥取地方裁判所 裁判員裁判第4号事件公判について-」
4  「季刊刑事弁護」67号21頁
5  「季刊刑事弁護」67号21、25、31、33、36、43頁
6  公判前整理手続の工夫により迅速化することが可能であるとしても、その制度設計からすれば自ずから限界があり、裁判官裁判よりも裁判員裁判の方が時間がかかることは避けられない。
7  現実的観点からも、②のように裁判員裁判対象事件をすべての刑事事件に広げ、従来、裁判員裁判の対象とされていなかった事件について被告人の裁判員裁判請求権を認めることとすると、その数は相当数増え、裁判所としての対応が困難になることが予想される。辞退制度を導入すれば、争いのない事件において被告人が裁判員裁判を辞退する等して裁判員裁判が一定数減少すると考えられるため、事件総数としては現実的に対応可能な数となることも期待される。
8  公判前整理手続の担当裁判官は、必ずしも合議体である必要はない。事件によっては1名で足りる場合もあり、公判前整理手続と公判の担当裁判官を分離することは、現実的にも運用可能である。
9  「季刊刑事弁護」67号29頁
10  最高裁判所事務総局「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~平成23年7月末・速報)」6頁
11  少年逆送事件については、本提言が指摘するような問題点を根拠として裁判員裁判の対象事件から除外すべきとの意見もある。しかし、現時点では未だ実施件数も少なく、除外すべきと結論づけることまではできない。もっとも、本提言で提案しているような審理の在り方をもってしてもなお問題点が改善されないのであれば、将来的に対象事件から除外することも検討されるべきである。
12  仙台地裁平成22年11月25日判決
13  日本弁護士連合会第54回人権擁護大会シンポジウム第1分科会実行委員会「私たちは『犯罪』とどう向き合うべきか?  基調報告書」184~188頁
14  「季刊刑事弁護」67号32頁参照
15  「季刊刑事弁護」66号22頁、34頁
16  このような問題からすれば、裁判員には事実認定のみをさせて量刑判断はさせないという考え方もありうるところである。 しかし、他方で、被告人の更生可能性を裁判官よりも重視する傾向も出ていることなどからすれば、一概に、裁判員に量刑判断をさせることが不当であるとは言い難い。そこで、量刑判断が感情的になりすぎないための方策を講じた上で、裁判員による量刑判断を続けていくべきである。
17  全員一致とすることの結果、評決の秘密が露わになってしまうので問題であるとの指摘もある。しかし、死刑という重大な人権侵害をする場面において、生命という究極の基本的人権の尊重は、評決に秘密に優先されなければならないと言うべきである。
18  千葉地裁平成22年6月22日判決
19  東京高裁平成23年3月30日判決、「季刊刑事弁護」67号25頁
20  司法研修所編「裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方」(2009年、司法研究報告書)93頁~、東京高等裁判所刑事陪席裁判官研究会(つばさ会)「裁判員制度の下における控訴審の在り方について」判例タイムズ1288号(2009年)5~19頁、東京高等裁判所刑事部部総括裁判官研究会「控訴審における裁判員裁判の審査の在り方」判例タイムズ1296号(2009年)5~15頁
21  陪審員制度を採用する英米法国や参審員制度を採用する大陸法国の多くも、同様の理由で、検察官による上訴を制限している。

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