「刑の一部執行猶予制度に反対する意見書」(2012年4月3日)
2012年(平成24年)4月2日
衆議院議長 横 路 孝 弘 殿
参議院議長 平 田 健 二 殿
京 都 弁 護 士 会
会長 吉 川 哲 朗
刑の一部執行猶予制度に反対する意見書
意見の趣旨
当会は、刑の一部執行猶予制度の新設に反対する。
意見の理由
第1 刑の一部執行猶予制度の概要
2011年11月4日、刑の一部執行猶予制度を新設することを主な内容とする刑法等の一部を改正する法律案及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律案(以下、二法案を合わせて「本法案」という。)が臨時国会に上程された。同月18日、当会は、慎重審議を求める会長声明を発表したが、わずか4日間(実質的には3日間)の審議で参議院で可決され、衆議院で継続審議となっている。
この制度は、3年以下の懲役・禁錮の言い渡しをする際に、その一部の期間を実際に刑事施設に収容して執行し、その後残りの期間の執行を1年以上5年以下の期間猶予するというものである。例えば「懲役3年、うち1年の執行を5年間猶予する」という判決になり、実際に2年間は刑務所で服役し、その後5年間は猶予期間として社会で過ごすが、この間に執行猶予が取り消されない限りは、残りの1年は実際には服役しないという制度である。
以下、具体的な問題点を見ていくこととする。
第2 理論上の問題点
1 一部執行猶予制度の法的性質及び機能
本法案は、現行制度の一部改正ではなく、現行制度とは法的性質を異にする全く新しい制度を新設しようとするものである。そして、この制度は、施設内処遇と社会内処遇との連携を図るためのものであり、実刑と全部執行猶予との中間的な刑事責任に応じた刑罰であるとされている。
現行制度上、本法案が導入しようとする制度と類似すると考えられる制度としては、刑事施設収容後の処遇という点で仮釈放制度(仮釈放者に対する保護観察制度)があり、刑の言い渡しをするが社会内で処遇する制度という点で執行猶予制度(及び執行猶予者に対する保護観察制度)がある。
よって、以下、この両制度と比較し、その法的性質及び機能の相違を明らかにすることにより、一部執行猶予制度の問題点を検討する。
(1)仮釈放制度との関係~残刑期間主義を超えるものであること
仮釈放制度(刑法28条)は、改善更生が期待できる懲役・禁錮刑の受刑者を、刑期満了前に釈放し、仮釈放の期間(残刑期間)が満了するまで保護観察に付することにより、施設内処遇と社会内処遇の連携を図り、円滑な社会復帰を促進するための制度である。
この仮釈放制度と刑の一部執行猶予制度とは、決定主体が地方更生保護委員会という行政機関(準司法機関)なのか裁判所なのかという点及び決定時が判決時なのか受刑中なのかという点は異なるが、他方で、施設内処遇と社会内処遇の連携を図ることによって更生を期する制度である点は共通している。
もっとも、現状では、仮釈放率は低下傾向にあって2010年には49.1%と半分を切っており、また、刑の執行率が低い段階で仮釈放が許される者の構成比は低下傾向にある(7割未満の刑の執行率で仮釈放される者は2010年で仮釈放者のうちの2.2%)。刑期が3年以下の場合、仮釈放期間が半年以下の者が大半である。
このことから、特に刑期が短い場合に十分な社会内処遇期間が取れないこと、また、更生のための条件に困難があり社会内処遇が必要な人ほど仮釈放が困難であることが施設内処遇と社会内処遇の連携を進める上での問題点とされてきた。
そこで、施設内収容ののちに十分な社会内処遇の期間を確保するために、刑の一部執行猶予制度が提案されたという経緯がある。刑の一部執行猶予制度であれば、社会内処遇の期間は残刑期間にとらわれずに年単位で確保できることになる。
ところで、仮釈放制度においては、仮釈放期間は刑期の残りの期間であり(残刑期間主義)、この間保護観察に付される(更生保護法40条)。例えば、懲役3年の実刑判決を受け、実際に2年間服役をして仮釈放になるとすれば、保護観察に付されるのは、刑期の残りの期間である1年間である。現行法が残刑期間主義を取るのは、刑期が行為に対する責任に対応するとされることから、刑期の範囲内で自由刑の執行を緩和したものであり、行為責任主義を根拠とするものと解される。
これに対して一部執行猶予制度は、例えば「懲役3年、うち1年を3年間執行猶予する」という形で、年単位の社会内処遇期間を確保することができる。他方で、実際に2年間服役して釈放された後の執行猶予期間は3年になり、刑期の残りの期間である1年を2年上回ることになる。そして、この間は執行猶予を取り消されるかもしれないという不安定な地位に置かれる上に、保護観察に付される可能性もあるのである。
これは、施設内処遇と社会内処遇の連携のための社会内処遇期間の確保という観点からすれば望ましく見えるものの、刑期の残り期間を大幅に上回って自由制限を伴う監視下に置かれ得るという点で、仮釈放制度における残刑期間主義を踏み越えることになる。したがって、この制度は、刑期の範囲内での自由刑の執行の緩和という形で責任主義と調和する制度としてはとらえることができず、むしろ、自由刑とは別の1個の独立した刑事処分として、裁判所が言い渡す制度であるととらえざるを得ない。そして、責任主義の観点からは責任に対応するのは自由刑の刑期であり、それとは別の自由の制約を伴う制度は責任主義からは説明することができない。
よって、刑の一部執行猶予制度は、現行仮釈放制度とはその法的性質を全く異にする制度であり、刑法の大原則である行為責任主義と抵触する可能性が高い。
(2)執行猶予制度との関係~ダイバージョンの機能を有しないこと
もっとも、現行の全部執行猶予制度(及び執行猶予者に対する保護観察制度。刑法25条)も、例えば「懲役3年、保護観察付き執行猶予5年」という判決であれば、刑期を上回って自由制限を伴う処遇が行われ得るものであるから、一部執行猶予制度もこれに類するものであるかのようにも思われる。
しかしながら、全部執行猶予(及び保護観察付執行猶予)は、実際には一度も施設収容を行わずに社会内において処遇する制度であり、施設収容による社会からの断絶等の様々な弊害を回避するダイバージョンとしての重要な機能を有する。加えて、全部執行猶予(及び保護観察付執行猶予)であれば、刑の執行を受けず刑の言渡しの効力がなくなるという大きな期待によって、実際に刑を執行しなくても改善更生という刑罰の目的が達せられてもはや処罰の必要性がないということを自ら示し、社会復帰への動機づけとすることができる。
これに対して、一部執行猶予制度は、刑期の当初一定期間を必ず刑事施設に収容して行うものであるから、「一部執行猶予」という名称を冠してはいるが、その内容は紛れもなく実刑の一種である。現行執行猶予制度の本質であるダイバージョンとしての機能を有しない「一部実刑」の制度である点において、現行制度とはその法的性質及び機能が決定的に異なる。
したがって、本法案には、全部執行猶予制度と比較して、刑期を超える自由制限を許容するだけの正当性がない。
2 行為責任主義の変質
本法案は、刑事法の基本法である刑法典の中に「再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当である」(本法案による刑法27条の2)という文言を新設するものである。
この文言の意味するところは再犯防止目的という将来の不確定な事項にかかる要素であって、この規定の新設は、刑罰適用に関する一般原則の中に、これまで量刑判断の上で付随的にのみ考慮されてきたに過ぎない再犯防止可能性という要素を正面から判断の対象に据えるものである。このような要素を制度適用の決定的な要件として、刑期を超えて自由を制限する新たな制度を規定することは、行為責任主義という刑法の大原則の変質につながるおそれがある。
第3 裁判の場面での問題点
1 刑の重罰化・処遇の長期化の可能性
(1)現行法は全部執行猶予又は実刑のみ予定している。本法案では、これらに刑の一部執行猶予が加わる。そして、本法案における一部執行猶予の要件は、現行法における執行猶予の要件とほぼ重なる。
全部執行猶予と実刑しかない現行制度のほかに「中間的」な刑事責任に応じた刑罰として一部執行猶予制度を創設するとされていることからすれば、これまで全部執行猶予が選択されていた事例の一部とこれまで実刑が選択されていた事例の一部が本制度の適用を受けることが予定されているといえる。
したがって、現行法下において全部執行猶予が選択されていた事例が、一部執行猶予(=一部実刑)になる可能性があり、そうなれば実質的な重罰化がなされたことになる。
(2)他方、現行法下において全部実刑が選択されていた事例が、一部執行猶予となる可能性もあるが、このような場合には問題がないのであろうか。
(ア)この場合、施設内処遇が短期化したとしても、社会内処遇を加えた処遇期間全体が長期化する問題が生じる。
すなわち、現行法下における「懲役3年」の実刑判決が「懲役3年、うち1年を3年間の執行猶予」という一部執行猶予判決となる例を仮定した場合、刑そのものの内容は、「懲役3年」であって変化はなく、むしろ、身体拘束の期間は2年に短期化するのであれば不利益はないとも思われるが、期間全体としては実刑+執行猶予期間として言い渡された刑期全体(3年)よりも長期化(5年)することになる。
そして、本法案の趣旨が「施設内処遇と社会内処遇の連携」であることからすれば、本制度においては保護観察に付されることが多くなると考えられる。そうすると、保護観察付執行猶予という形で自由が制限される期間が刑期よりも長期化する結果となる。また、保護観察の付かない一部執行猶予の場合であっても、長期間にわたって、執行猶予の取消があり得るという不安定な地位に置くことになる点で問題がある。
(イ)また、同一の行為に対する言渡し刑期そのものが長期化する可能性がある。
すなわち、法制審議会の部会における法務省事務当局の説明によれば、刑責を変更するものではないとしつつ、現行制度において実刑が相当な刑責を有する者について、「実刑として言い渡す刑期を現行制度よりも短くした上で、残りの刑期の執行を猶予し、他方で、全体の刑期を現行制度より相応に長いものとして刑を量定することとなる」とされており、同一の行為に対して、現行制度よりも、言い渡し刑期が長期化することが想定されている。執行猶予には取り消しの可能性もあることを考慮すれば、行為責任に対応した刑期を超える刑を科すことになり、この点でも問題がある。
2 判決による判断可能性
刑の一部執行猶予制度は「犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるとき」に言い渡すものとされている。この制度では再犯防止のために施設内処遇と社会内処遇の有機的連携をはかるとされているが、そのためにはいつの時点で施設内処遇から社会内処遇に移すことが適切であるのかを判断しなければならないということになる。
しかしながら、現行制度では「犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状」について、裁判所が十分な情報を得るための量刑調査制度は存在しない。
また、仮に、判決時点でこれらの情報があったとしても、1年後、2年後という将来の施設内処遇の効果を正確に予測することは不可能である。
よって、判決の時点で、裁判所が、再犯防止の施設内処遇と社会内処遇の連携をはかるために、実刑部分を何年にして執行猶予期間を何年にすればいいのかを判断することは不可能である。
3 刑の軽重判断の困難化
また、刑の一部執行猶予という新しい制度ができることで選択肢が増え、刑の個別化に資するとして評価する見解もある。
しかしながら、実刑と執行猶予とを組み合わせるこの制度は、刑の軽重の判断に深刻な困難をもたらすことになる。それが顕在化するのは、控訴審における不利益変更の禁止の場面である。
例えば、懲役1年の実刑判決から懲役1年6月執行猶予3年保護観察付判決への変更は不利益変更に当たらないとするのが判例であるが、他方、懲役1年の実刑判決から懲役1年6月うち6月を3年間保護観察付執行猶予という判決に変更した場合には不利益変更に当たるであろう。では、同じ例で、一部猶予される刑期が8月の場合、10月の場合、12月の場合、・・・とどこからが不利益変更に当たらないことになるのであろうか。あるいは、保護観察付執行猶予の期間が1年の場合と5年の場合とで結論は異なるのであろうか。
これについては事例の積み重ねによって解消すべきとする考え方もあり得るかもしれないが、刑の全部執行猶予と異なり、刑の一部執行猶予は刑のどの部分をどれだけ執行猶予するのかについて何通りもの組み合わせがあり得るため、事例の蓄積を重ねても容易に予測可能性が付くとは思えない。また、全部執行猶予の場合と異なり、一部実刑であるがゆえに、不利益変更なのかどうか被告人にとっては判然としないことも多いと思われ、量刑に不満がある場合の被告人の控訴を萎縮させてしまうことすら考えられる。
このように、刑の一部執行猶予制度は、刑の軽重の判断を困難にすることによって、本来、公平で安定的であるべき刑の判断を混乱させることにつながるものである。
第4 実施の場面での問題点
1 保護観察の実施体制
この制度を実施することにより、保護観察の人員は大幅に増加すると思われる。例えば、国会審議においては、2010年の統計から、3年以下の懲役・禁錮の初入者は9,089人、覚せい剤の累犯で3年以下の懲役・禁錮になった人は3,855人であり、合計約13,000人がこの制度の対象となり得ること、仮にこのうちの半分に刑の一部執行猶予で保護観察が付くとすれば約6,000人となることが説明されている。2010年の統計によれば、現行制度の下では、仮釈放者の保護観察開始人員が14,472人、保護観察付執行猶予者の開始人員が3,682人であることを考えれば、大幅な人員増加になることは間違いない。
保護観察付一部執行猶予における保護観察を実際に実施するのは、保護観察官であり保護司である。日常的な接触は保護司が行い、保護観察官は節目や問題が生じたときに介入するという形で協働して行うのが通例である。そして、2008年施行の更生保護法によって、特別遵守事項としての専門的処遇プログラムの実施等が保護観察官の職務として新たに加わっている。
このような制度の下で、保護司の数はほぼ横ばいであり、保護観察官の数はわずかずつ増えてはいるものの、更生保護法によって保護観察官が直接担当することとなった職務の増加に追いつくものではない。その上に、刑の一部執行猶予制度によって前述のような保護観察の人員が増加することになれば、保護観察を十分に行うことはますます困難になろう。
しかも、本制度の対象となる人は刑事施設内での努力の多少にかかわらず出所時期が決まっていることから、仮釈放者と比べて、動機付けをしてモチベーションを保つことが困難であることが予想される。
このように人的体制が不十分なままで、しかも動機付け困難な保護観察対象者が増えれば、たとえ個々の保護観察官や保護司は献身的に努力したとしても、保護観察の補導援護という支援的な役割が十分に行き渡らないまま、執行猶予の取消等の指導監督という権力的な役割が硬直的に運用される恐れが強い。
2 保護観察付一部執行猶予対象者の受け皿
この制度で一部執行猶予に保護観察が付される場合、実刑部分の刑を終了して出所してくる際には住居の特定が必要になる(更生保護法78条の2)。
しかし、現状でも受刑者に住居を確保することができず、そのために仮釈放にならないケースがたくさんある。法制度を変えたからといって、これまでであれば住居の確保が困難であった受刑者について、住居の確保が出来るようになる保証はない。このために自立準備ホーム(緊急的住居確保・自立支援対策)の制度等が動き始めているが、受け入れ民間団体の数も少なく、必要数を十分に確保出来るという見通しもまだたってはいない。
そのような受け皿が確保できなければ、いくら施設内処遇と社会内処遇の連携と言ってみても絵に描いた餅でしかない。必要なことは、社会内での受け皿の確保のための方策であり、仮釈放に代わる法制度の新設ではない。
3 処遇の困難さ
本制度の対象となる人は、刑事施設内での努力の多少にかかわらず、出所時期が決まっていることになる。
そうすると、早期の出所に向けて努力しようという動機に欠けることになり、施設内処遇も出所後の社会内処遇もモチベーションを保つことが困難になると予想される。
この点、本制度の実刑部分においても仮釈放はあり得るとされていることからすれば、本制度の対象者に対しても仮釈放に向けた処遇が可能であるという反論が考えられる。しかし、仮釈放の基準となる刑期は実刑部分ではなく言い渡し刑期全体の3分の1とされていることから、実刑部分が言い渡し刑期全体の3分の1以下であれば、そもそも仮釈放はありえないことになる。また、言い渡し刑期全体の3分の1を超える場合であっても、そもそも短期実刑であることや本制度で裁判所が釈放時期を決めているということになると、運用上、仮釈放に消極的になるおそれが高い。とすれば、処遇の困難さを仮釈放の可能性で解消することにはならないと思われる。
4 遵守事項の扱い
現行の保護観察付執行猶予における遵守事項違反は「遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき」(刑法26条の2)に初めて執行猶予の裁量的取消事由とされている。ところが、保護観察付一部執行猶予における遵守事項違反は「遵守すべき事項を遵守しなかったとき」に執行猶予の裁量的取消事由とされており、情状の重さは考慮されることになっていない。
このことによって、社会内処遇がより硬直的なものになるおそれが高い。
第5 薬物使用者に対する刑の一部の執行猶予制度
規制薬物又は毒劇物の自己使用・単純所持に係る罪(以下「薬物自己使用等事犯」という。)を犯した者については、初入者でなくても刑の一部執行猶予判決がなされうるが、かかる制度についても以下の問題点がある。
1 簡易薬物検出検査を利用した保護観察のあり方
本制度は、施設内処遇に引き続いて社会内処遇を実施することにより「規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑み」、特則を定めたものとされている。
そのために、本制度においては、薬物自己使用等事犯を犯した再犯者に対して一部執行猶予判決をする場合には、必ず保護観察が付され、特別遵守事項として規制薬物に関する処遇プログラムを受けることが義務づけられ(本法案による更生保護法51条の2)、同処遇プログラムの中では定期的な簡易薬物検出検査(尿検査)が予定されている。なお、現在実施されている簡易薬物検出検査においては、陽性反応が出た場合には警察に出頭させ、出頭しない場合には保護観察官が警察に通報するという形で刑事処罰に直結する方法がとられている。
しかしながら、薬物自己使用等事犯を繰り返す者に対しては、監視や処罰による威嚇は有効ではなく、依存症という病気からの回復というアプローチが必要である。前述の「依存を改善することが有用である」という法案の規定は、薬物自己使用等事犯を依存症という病気の問題としてとらえ、その改善を図ることによって解決しようという意図を含んでいる。この観点からは、当会が過去に執行した「保護観察所で実施されている簡易尿検査を用いた保護観察処遇に関する申入書」(2004年8月27日)でも述べたように、簡易薬物検出検査は支援のきっかけとして活用すべきであって、刑事処罰に直結させて支援から切り離すような使い方は、薬物依存症からの回復には役に立たず、不適切である。
にもかかわらず、簡易薬物検出検査の活用方法を見直さないままで処遇プログラムを当然に特別遵守事項として義務付けることになれば、現状の簡易薬物検出検査の問題点がさらに大きくなることになる。
2 民間団体との連携及び受け皿について
本法案によれば、薬物依存のある対象者への保護観察における指導監督の方法として、「医療」あるいは「公共の衛生福祉に関する機関その他の適当な者が行う規制薬物等に対する依存を改善するための専門的な援助」を受けるよう必要な指示その他の措置を取ることが予定されている(本法案による更生保護法第65条の3第1項)。
しかしながら、現状では、薬物事犯者を受け入れることができる民間団体は限られており、数千人単位になるであろう一部執行猶予対象者を受け入れるだけの受け皿は到底足りないと言ってよい。
また、現行の自立準備ホームには対象者の違法行為についての保護観察所への報告義務が課されているが、今後の受け皿となる民間団体にも同様の報告義務が課されたり義務として参加する対象者の割合が増えたりするようになると、民間団体の自主的な活動や当事者同士の関係性を阻害するおそれもある。そうなれば、民間団体の本来の特性を生かした対象者への支援や保護観察における連携ができなくなり、本末転倒である。
第6 あるべき社会復帰支援の方策
有罪判決を受けて施設収容された人がスムーズに社会に再包摂されるためには、一定の社会的支援が必要である。しかし、現状では、司法と福祉の狭間で適切な支援を受けられない人がいる。本制度が提案された背景には、このような現状に対して、施設収容後にも、刑事司法制度の側から国家が一定期間関与することによって、社会への再包摂をスムーズにしたいという意図も含まれてはいる。
しかしながら、刑事司法制度の枠内での関与としては、現行の仮釈放を積極的に活用することによって早期に施設から釈放し、残刑期間に支援をすることが可能であり、また、満期釈放者に対しても、現行制度の下でも更生緊急保護による支援も可能なのである。にもかかわらず、これらが活用されていないことこそが問題なのであって、行為責任主義に抵触するような疑義のある新たな制度を構築する必要性はない。そもそも、刑事司法が無限定にその対象を広げることは不当な自由制約につながり得るのであるから、その対象の拡大については慎重であるべきである。
また、施設内処遇と社会内処遇の連携にかかわる制度をどのように変更しようと、現実に社会的支援が十分になされるだけの人的物的体制、社会内における受け皿がなければ無意味である。
とすれば、刑務所出所者に対しても、そうでない者に対するのと同じように、刑事司法ではなく社会政策としての福祉的支援があるべきなのであり、十分な財政的裏付けを持って人的物的体制、社会内における受け皿を整備して支援が行われることこそが必要なのである。
第7 結論
以上のとおりの問題点があるので、当会は、刑の一部執行猶予制度の新設に反対する。
以 上