「福岡」事件につき、真相の徹底的究明と抜本的改革策の確立を求める意見書



京都弁護士会
会長    福 井 啓 介

1. はじめに

福岡高裁判事の配偶者を被疑者とする脅迫被疑事件について、福岡地検次席検事から同判事に対し捜査情報が漏洩されていたこと、さらに同事件の捜査令状や令状請求関係書類の一切が裁判所職員によってコピーされ、令状関係情報が高裁、最高裁へと報告されていた事実が明らかになった。これらの事実は、現在の裁判所や検察庁の抱えている問題点が顕在化したものとして看過できないものである。このような事態が発生した背景およびその事実を徹底的に究明して、問題の所在を明らかにするとともに、抜本的改革策を確立することが求められている。

2. 法務省・最高検察庁に対し

2001年(平成13年)3月9日付け法務省「福岡地方検察庁前次席検事による捜査情報漏えい問題調査結果」によれば、山下次席検事(当時)は、特別に裁判官に対して捜査に関する情報を漏らしたことを認めている。犯罪を追及すべき立場にある者が、犯罪を裁くべき立場にあるものに、その家族に関する極めて重要な捜査情報を漏洩し、そのことが「罪証隠滅」に繋がった虞れのある今回の事件は、司法に対する市民の信頼を根底から揺るがす重大事件である。にもかかわらず、裁判官に情報を漏示した理由については、納得のいく説明はされないままになっており、またその理由が明らかにされないまま不起訴処分とされてしまい、真相は十分明らかにはされたとは言い難い。
さらに重要なことは、このような問題が起こった要因の解明と対策である。何よりも、社会との接触に乏しいキャリアシステムの下で、検察官の意識が市民感覚と大きなズレを生んできたことが指摘できる。さらには同じ病弊を持つ裁判官との間で、長年に渡って「在朝法曹」として培われ、「判検交流」の積み重ねや職務を通して形成されてきた特権的、官僚的仲間意識の存在、さらには、検察官にとっての最大の利害関係人である裁判官の便宜を図るという癒着の形成が指摘されなければならない。
法務省は、本件を契機として、人事・教育制度の見直しや検察審査会の制度改善などが必要だとしているが、キャリアシステムや「判検交流」問題、さらには日常の職務執行のあり方など制度自体に起因する病弊を除去するための抜本的改革策を樹立し、これを実現することが不可欠である。

3. 最高裁判所に対し

平成13年3月14日付け最高裁判所調査委員会作成の「調査報告書」によれば、上記被疑事件に関し福岡簡裁に5回の令状請求があり、各回について裁判所部内で令状請求関係書類のコピーが数部ずつ取られ、そのコピーがその日のうちに地裁上席裁判官、地裁事務局長、地裁所長、高裁事務局長にまで届けられ、その内容は、やはり即日に高裁長官、さらには最高裁人事局任用課長、人事局長に報告され、指示が仰がれていたものとされる。また、同報告書は、かかる令状関係情報の伝達が上級庁による司法行政上の措置や指導監督の必要から許容される、裁判部門から司法行政部門への「裁判情報」の伝達も司法行政上の目的を達するために合理的な必要がある限りにおいては許されるなどと、司法行政上の措置の必要性や監督権を一方的に強調するものとなっている。
しかしながら、司法行政上の措置や監督権が個々の裁判官の裁判権に影響を及ぼし、またはこれを制限するようなことがあってはならないことは「裁判官の独立」を確保する上で、当然の事理である(裁判所法81条)。しかしながら、同報告書は、この点に関する配慮と検討を全く欠いたものとなっている。本件においては、本来、秘密であるべき令状関係記録が、令状担当裁判官さえ知らないところで、司法行政ルートにおいて、その日のうちに地裁上席裁判官、地裁所長、高裁長官、最高裁事務総局へと伝達され、さらには地裁上席裁判官が、令状担当裁判官に対し、古川判事との交友関係の有無の確認をしたり、令状審査に当たり秘密保持を求めるなどした上、ようやく一件記録が交付されたことが明らかとされている。このことは、司法行政上の措置や監督権の行使が、捜査情報の秘密性とこれに対する国民の信頼および裁判官の職権の独立に、何ら意を介することなく行使されていることを端的に示すものである。
さらに、同報告書は、捜査情報につき、令状関係部門からはもとより、司法行政が「然るべきルート」により、直接、捜査責任者からも情報を得ることができるものとさえしている。しかし、このようなことがまかり通れば、司法行政が捜査の秘密を侵し、公正な捜査権の発動に不当な影響を及ぼすことが強く危惧される。
また、今回の事態は、こうして「司法行政」の名の下に、本人のみならず裁判官の家族や親族に至るまでの膨大な情報が収集され、それが最高裁判所の人事局にまで伝達されていることを明らかにしており、こうした情報が、当該裁判官も知らないまま、裁判官の人事評価や様々な人事管理にも利用されていることを強く推認させるものとなっている。
ところで、上記「最高裁判所調査委員会」は、本件においては当事者ともいうべき同事務総局の局長クラスにより構成されたもので、事実関係の解明が十分なされていないことや、きちんとした改革策が出されていないことは、そのことに起因していると言うほかない。また、最高裁裁判官会議との関係も明らかでなく、いかなる法的根拠、権限により設置されたか等、同報告書の出所そのものも疑問なしとしない。
真相の徹底的究明なくして真の改革は打ち出し得ないことは明らかであり、当会は、先ず何よりも、今回の事態が起こった背景を解明し、その真相を徹底的に究明することを強く求めるものである。同時に、今回の調査によっても明らかになっている、司法行政の名による捜査情報へのアクセスや、裁判官の独立した職権行使への干渉、さらには、そうした情報が人事管理等に濫用されるようなことのないよう、司法行政のあり方について抜本的改革策を確立するよう求めるものである。

4. 司法制度改革審議会に対し

本事案に見られるような裁判所の司法行政の異常な実態は、現行のキャリアシステムと官僚的裁判官制度に起因していることは明らかである。貴審議会においては、今回の「福岡」事件の背景および真相を究明するとともに、司法官僚制の下で続いてきた、このような司法行政の問題点を徹底的に究明し、その実態に即した抜本的改革策を提言されるべきである。同時に検察制度についても、本意見書で指摘した背景や要因を究明し、このような問題を引き起こすことのないよう、判検交流の廃止などを含む抜本的改革策を提言すべきである。

以  上

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