住居喪失者・DV事件被害者等の定額給付金及び子育て応援特別手当の受給に関する申入書(2009年4月3日)
2009年(平成21年)4月3日
総務大臣 鳩 山 邦 夫 殿
厚生労働大臣 舛 添 要 一 殿
京都府知事 山 田 啓 二 殿
京都市長 門 川 大 作 殿
京都府下 各 市 町 村 長 殿
京都弁護士会
会長 村 井 豊 明
住居喪失者・DV事件被害者等の定額給付金及び子育て応援特別手当
の受給に関する申入書
当会は、定額給付金給付事業補助金及び子育て応援特別手当給付事業補助金の交付に関し、以下のとおり申し入れる。
第1.申し入れの趣旨
1.国は、定額給付金制度導入の目的に鑑み、住居喪失者・DV事件被害者等の給付対象者(本来定額給付金を受け取るべき者。以下同じ。)が定額給付金を受け取ることができるよう、定額給付金の申請・受給者の基準についての適正な解釈を明確化すること
2.国は市町村(特別区を含む。以下同じ。)に対し、住居喪失者・DV事件被害者等の給付対象者が、申請時に居住している市町村で定額給付金を受け取ることができるようにするため、窓口における確認の方法などにおいて柔軟な運用を図るなど格段の配慮工夫を行うよう周知すること。
3.市町村は、住居喪失者・DV事件被害者等の給付対象者が定額給付金を受け取ることができるようにするため、窓口における確認の方法などにおいて柔軟な運用を図るなど格段の配慮工夫を行うこと。
4.国及び市町村は、子育て応援特別手当についても、前3項に記載した措置を同様に行うこと。
第2.申し入れの理由
1.2009年3月4日、国会の決議を経て、定額給付金の支給が正式に決定された。定額給付金は生活困窮者に対する対策として支給するとされているが、以下に述べるとおり、とりわけ住居喪失者・DV事件被害者等、本当に支援が必要な人に対し、支給がされない怖れがある。
すなわち、同給付事業補助金交付要領によれば、「給付対象者」は本年2月1日時点で住民基本台帳に記録されている者及び外国人登録原票に記載されている者であり、「申請・受給者」は給付対象者の属する世帯の世帯主(外国人については各受給対象者)とされている。
ところで、現下の不況下でいわゆる「派遣切り」による住居喪失者、「ネットカフェ難民」などを含むホームレス状態にある人々が大量に生み出されており、また離婚事件等においては、いわゆるDV被害により生命・身体に対する危険があるために住民票の異動ができずに居所を隠して生活している妻や子どもたち、実際には別居しているが様々な理由から離婚問題が解決するまでの間住民票を異動できない人、あるいは前記基準日以降に離婚が成立した人などが存在する。これらの人々こそ最も生活に困窮しており、定額給付金の受給を最も必要とする人々である。
しかし、上記基準を形式的に適用すると、これらの最も生活に困窮していると思われる人々が、定額給付金を受け取れないこととなる。
2.これに対し、総務省は、「路上生活者などで本来の住所地での不在期間が長く、住民基本台帳から消されている場合は、知人宅などに身を寄せるなどして住民登録をし、DV被害者は、居住する市町村に住民基本台帳についての支援措置の実施を申し出て、加害者である配偶者による住民票の写しの交付等を制限した上で、実際に居住する住所において住民登録を行うことにより受給できる」などと説明している(同省定額給付金室の平成21年1月27日付け「定額給付金給付事業Q&A(その2)」における問15に対する答え)。
しかし、すでに基準日とされる2月1日を経過してしまっている以上、基準日時点で実際に居住する住所において住民登録を行うことができなかった人については、もはや住居地で定額給付金を受領する手だてが失われてしまっている。
また、この基準によれば、「申請・受給者」は給付対象者の属する世帯の世帯主とされているところ、この「世帯」「世帯主」を住民基本台帳上に記載された世帯及び世帯主とすれば、その世帯全員分がその世帯主に支払われ、DV被害者などは自ら世帯主である場合を除いて定額給付金を直接受給できないこととなる。DV被害者らが形式上の世帯主に対し定額給付金の引き渡しを求めることも極めて困難で、これら被害者が定額給付金を受け取れない事態が数多く発生することが予想される。
3.このような問題を放置することは、「景気後退下での住民の不安に対処するため、住民への生活支援を行う」という施策本来の目的を達することができないばかりか、人権擁護の観点からも看過できない問題である。
そのため、定額給付金の給付事業を行う市町村においては、当該制度導入の目的に鑑み、本来受け取るべき住民が定額給付金を受け取ることができるよう検討を姶めたところもある(報道によれば、宇都宮市、久留米市、鹿児島市、神戸市、沼津市等は、DV被害者が給付を受けられるよう独自の施策方針を検討しているとのことである。)。
4.そもそも、この基準に言う「世帯」「世帯主」をこのように形式的・硬直的に解釈すべきではない。法律上、「世帯」「世帯主」の定義規定はなく、ただ、住民基本台帳事務処理要領において「世帯とは、居住と生計をともにする社会生活上の単位である。世帯を構成する者のうちで、その世帯を主催する者が世帯主である。単身世帯にあっては、当該単身者が世帯主となる。」とあるだけである。そして、例えば、世帯主である夫からDV被害を受け避難のため他の場所で居住している妻については,既に夫と妻とが「居住と生計をともにする社会生活上の単位」は存在せず、生活の実態は住居も生計も別に営まれているのであって、もはや同一の世帯と言うことはできない。このような場合に、夫を「世帯主」として実質的には別の世帯である妻の分まで定額給付金を受給させることは不当であるし、「世帯」「世帯主」の解釈を誤ったものというべきである。このような場合には、妻が実質的な「世帯主」であることを認めるに足りる資料を示せば、当該妻に定額給付金の申請・受給資格を認めることが相当である。
また、この基準によれば、「申請・受給者」は給付対象者の属する世帯の世帯主であるが、基準日(本年2月1日)現在の世帯主である必要はない。その後、世帯主が交代することを当然に予定しているものと解することができる。
従って、例えば、?別居家族やDV被害者の代理人弁護士から地方自治体に対して、別居家族や紛争当事者分の定額給付金を世帯主へ支給しないよう要請があった場合、?基準日以降一定期間内(例えば6ヶ月以内)に離婚届出をした夫婦(この事実は支給する地方自治体に顕著である)、?その他、離婚後の住民票、D?の保護命令、調停調書、判決、法的紛争が係属中であることを証する文書、別居者の賃貸借契約書、その他客観的に別居の事実を確認できる文書がある場合、などは、もはや基準日時点の「世帯」は存在せず、従ってその世帯主に支給すべき理由はないというべきである。
ところが、定額給付金の申請・受給者の基準には、申請・受給者は「その者の属する世帯の世帯主」とのみ記載され、上記のような適正な解釈が明確化されていないため、市町村は住民登録地に居住できなくなったこれらの者に定額給付金を支給しても補助金交付の対象にはならないのではないかと考えて、給付をためらっているものと思われる。しかし、このような施策は、本来、国が責任をもって行うべきものであり、国において、住居喪失者・DV事件被害者等本来定額給付金を受け取るべき者が定額給付金を受け取ることができるよう、定額給付金の申請・受給者の基準についての適正な解釈を明確化することが必要である。
また、市町村はこれらの者に定額給付金を支給しようとする場合には、住居喪失者・DV事件被害者等本来定額給付金を受け取るべき者が定額給付金を受け取ることができるようにするため、窓口における確認の方法などにおいて柔軟な運用を図るなど格段の配慮工夫を行う必要があり、国はその旨を市町村に対し周知することが必要であると解される。
5.なお、定額給付金(総務省所管)の支給決定と同時に、子育て応援特別手当(厚生労働省所管)の支給も決定されている。これは、幼児教育期(小学校就学前3年間)の第2子以降の子一人あたりにつき36,000円を支給するものであるが、住民基本台帳及び外国人登録原票の情報から支給対象者を決定するとともに、支給対象となる子の属する世帯の世帯主の申請に基づき当該世帯主に支給することとされている。従って、定額給付金について前述した問題は、そのまま子育て応援特別手当の支給においても生じる。多くの市町村では定額給付金とあわせて支給事務作業がなされることが想定されるところでもあり、定額給付金と同様の措置が必要であると解されるので、申し入れの趣旨の通り申し入れる。