決議

「取調べの可視化(全過程の録画)の速やかな実現を求める決議」(2013年3月12日)


  憲法と国際人権法の理念に則った刑事司法を実現するため、当会は、内閣及び両議院に対し、被疑者の取調べの可視化(全過程の録画)を速やかに実現するよう求める。
  以上のとおり決議する。

提  案  理  由

  日本国憲法は、刑事司法手続において人権が尊重され、適正手続が保障されることを要請しており、これは、我が国が批准している国際人権規約(自由権規約)を始めとする国際人権法においても同様である。
  しかし、これまでの刑事司法手続においては、捜査機関による長期間の身体拘束(人質司法)を前提として、取調室という密室で作成された被疑者の供述調書(特に自白調書)に大きく依存した裁判がなされてきた。
  しかも、被疑者の供述の任意性・信用性を担保するはずの調書作成過程を事後的・客観的に検証する手段は存在しなかったため、自白調書を作成するために捜査機関による違法・不当な取調べが横行し、その結果、虚偽自白が誘発され、多くのえん罪事件を生み続けてきた。
  そして、違法・不当な取調べによって得られた虚偽自白によるえん罪の発生は、極めて残念なことに、現在でも続いている。2007年以降に相次いで言い渡された、志布志事件、北方事件、氷見事件、枚方副市長事件、厚労省元局長事件の無罪判決は、現在においても、依然として捜査機関による供述の強要等や誘導がなされ、その結果内容虚偽の自白調書が作成されている事実を明らかにした。
  さらに、昨年発覚した、一連のいわゆるPC遠隔操作による脅迫メールえん罪事件においても、少なくとも2人の男性が虚偽の自白調書を作成されている。報道によれば、被疑者とされた人の供述調書には、ありもしない犯行動機やメールの投稿者名の由来についても記載されているとのことである。全く身に覚えのない犯罪について自分がやったと認め、さらにその動機等まで記載された供述調書が作成されていることからすれば、捜査機関が独断で見立てた「事件の筋」に基づいて、違法・不当な強要や誘導を行った結果ではないかとの疑念を持たざるを得ない。今回は真犯人が他にいることがたまたま明らかになったが、このような偶然がなければ、えん罪が永遠に明らかにならなかった可能性がある。この事件は、現在においても虚偽自白によるえん罪が起こり続けていることに警鐘を鳴らすものとして重く受け止められなければならない。
  翻って考えると、強要や誘導によって虚偽の自白調書を作成する行為は、証拠を偽造する行為そのものであり、刑事司法の根幹を揺るがす決して許されない行為である。
  このような捜査機関による供述の強要や利益誘導といった違法な取調べをなくし、えん罪を防止するためには、取調べを可視化(全過程の録画)し、事後的・客観的な検証を可能にすることが重要である。
  取調べの可視化(全過程の録画)を実現することはまた、供述調書に記載された供述の任意性・信用性をめぐる争いによる裁判の長期化を防ぎ、被告人の迅速な裁判を受ける権利を保障する意味を持つ。また、裁判員裁判においては、供述の任意性立証のための手続は裁判を徒に長期化するものであり、裁判員にとって過度の負担となることが明らかである。その意味で取調べの可視化(全過程の録画)は、裁判員裁判を円滑に実施していくにあたっても極めて重要である。
  加えて、取調べの可視化(全過程の録画)は世界の潮流となっており、英国、アメリカ合衆国の20州、オーストラリア連邦をはじめ、大韓民国、香港、台湾、モンゴルなどで既に捜査機関に対し取調べの録画を義務づける制度が導入されている。我が国の刑事司法はこのような世界的潮流から立ち後れた状況にある。
  これに対し、検察庁は、取調べの一部録画を、裁判員裁判対象事件を中心とした一部の事件について本格的に導入し、警察庁も同様に一部録画を開始しているが、2012年7月に公表された最高検察庁による取調べの録音・録画の試行についての検証結果、同年9月に発表された警察庁による取調べの録音・録画実施状況を見ても、未だ一部の事件を対象とするに止まっており、不十分なものである。また、対象とされた事件についても、一部しか録画されていない場合、録画されていない部分についてはやはり事後的な検証は不可能である。さらに、録画の対象が、取調べの場面ではなく、最終の供述調書が作成された後に供述調書を読み聞かせて内容を確認し、若干のインタビューを行う部分に過ぎない場合もある。しかも、録画の前に被疑者のクレームを予め聴き取ってしまう「打合せ」が行われることもある。このような一部録画によって、取調べの状況を正しく感得することはできないというべきである。一部録画は、かえって供述調書の任意性・信用性の判断を誤らせてしまう危険性が大きいというほかない。
  ところが、現在、取調べの可視化(全過程の録画)の導入については、真相解明が困難になるなどという理由から、「おとり捜査」や「司法取引」といった新たな捜査手法の確立が必要となるとして、検討会等が立ち上げられ、先延ばしにされようとしている。一例として、新しい刑事司法のあり方を検討している法制審議会の特別部会では、本年1月に「基本構想案(部会長試案)」が示されたが、録画の対象範囲を捜査官の裁量に委ねる制度案を併記するなど、現在の試行よりも対象が限定されかねない内容となっており、むしろ議論が逆行しているとさえ感じられる。
  しかし、取調べの可視化(全過程の録画)が必要とされるのは、上述のとおり、これまで密室で行われてきた取調べを事後的・客観的に検証可能なものとし、えん罪を防止するためである。現実に虚偽自白に基づくえん罪が生じ、かつ生じ続けていることが明白となっている以上、新たな捜査手法をめぐる議論の帰趨にかかわらず、すべての事件、すべての取調べについて可視化(全過程の録画)が直ちに実施されるべきである。立法を遅らせる理由はない。
  当会は、2007年度に取調べの可視化実現本部を設置し、シンポジウムなどを通して広く市民に取調べの可視化(全過程の録画)の必要性を訴えてきた。その1つの結果として、京都府議会をはじめ、京都府下の大多数の市町村議会に取調べの可視化(全過程の録画)実現の推進を求める意見書を採択していただいている。
  したがって、当会としては、内閣及び両議院に対し、取調べの可視化(全過程の録画)を義務付ける刑事訴訟法の改正案を速やかに上程し、可決成立させるよう強く求め、本決議を提案する。

2013年(平成25年)3月12日

京 都 弁 護 士 会




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