「死刑執行に対する会長声明」(2013年5月13日)


1  2013年(平成25年)4月26日、東京拘置所において、2名に対する死刑の執行が行われた。前回、3名に対する執行が行われた2013年(平成25年)2月21日から、わずか2ヵ月余りの間に、何らの社会的議論を呼びかけることなく、ふたたび複数名に対する死刑の執行が行われたことは、死刑制度に対する様々な意見がある中において、極めて遺憾な事態である。当会はこれに対し、強く抗議するものである。

2  相次いで行われた死刑の執行は、死刑制度の存置を当然の前提として行われているものである。しかし、1990年(平成2年)当時、死刑を廃止している国が80ヵ国であったのに対し、2012年(平成24年)10月現在、世界198ヵ国のうち、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国が97ヵ国、通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国が8ヵ国、10年以上死刑を執行していない事実上の廃止国が35ヵ国あり、その3分の2以上にあたる140ヵ国が事実上の死刑廃止国となっている。現在、いわゆるG8諸国で国家として死刑制度を存置しているのは、日本国のみである。アメリカ合衆国においては、州によっては死刑制度を存置しているが、2012年度(平成24年度)中に死刑が執行されたのは、9つの州のみとなっており、すでに18の州が法律で死刑を廃止している。このような実情をふまえれば、死刑制度に対する国際社会の考え方は、縮小から廃止へ向かおうという情勢にあるといえる。

3  こうした国際社会の情勢を背景に、国連拷問禁止委員会は、2007年(平成19年)5月、日本政府に対し、「死刑を言い渡された人々に関する国内法における多くの条項が、拷問あるいは虐待に相当し得るものであることに深い懸念を有する。」として、「死刑の執行をすみやかに停止し、かつ、死刑を減刑するための措置を考慮すべきであり、恩赦措置の可能性を含む手続的な改革を行うべきである。」との勧告を行っている。そしてこれに続く2008年(平成20年)10月には、国連人権(自由権)規約委員会において、日本政府に対し、「世論調査の結果如何にかかわらず、死刑廃止を前向きに考慮し、公衆に対して、必要があれば、廃止が望ましいことを伝えるべきである。」との勧告が発せられており、さらに国連総会でも、2007年(平成19年)、2008年(平成20年)、2010年(平成22年)及び2012年(平成24年)の4回にわたり、日本を含む死刑存置国に対して死刑執行の停止を求める決議が採択されている。この様に、死刑制度に対する日本政府の態度は、国際社会でも批判的に注目される対象となっている。

4  死刑制度に対しては、峻厳な応報論や死刑に犯罪抑止力があることを前提とする存置論がある一方で、4つの死刑確定事件(免田・財田川・松山・島田各事件)について再審無罪判決が確定したことなどを実例として掲げつつ、死刑確定者の外部交通が厳しく制限されていることから再審による救済制度も不十分であるとして、ひとたび誤った死刑執行がなされたときには、失われた命をどのようにしても回復できないことなどを根拠にする廃止論も存する。とりわけ日本では、死刑と無期懲役との量刑について、裁判所によって判断が分かれる例があり、その基準も必ずしも明確であるとはいえず、また死刑確定者のうち、誰をどのような基準で執行するのかについても明らかではない。
    日本政府は、2010年(平成22年)8月6日、「死刑の在り方についての勉強会」を発足させ、2012年(平成24年)3月9日、その「取りまとめ報告書」を発表した。同報告書は、死刑制度についての廃止論及び存置論の主な主張について紹介した上で、「現時点で本勉強会として、結論のとりまとめを行うことは相当ではない」、「国民の間で更に議論が深められることが望まれる」と指摘している。ところが、それ以後、日本政府は、死刑制度に関する全社会的な議論を行うための措置を一切講じようとしないまま、今回の死刑執行に及んだものである。また、同勉強会では、執行の告知の在り方を含めた死刑執行の問題や執行に関する情報提供の在り方などの問題についても検討事項として掲げていながら、それらの問題は検討未了のままとされている。今回の死刑執行についても、執行に至るまでの検討の経過や結果は一切明らかにされておらず、日本政府が死刑制度に対し、国際社会から求められている責務を果たしているとは到底いえない。このように死刑制度に対する様々な議論があり、日本に対し、国際社会からもその在り方を検討することが明示的に求められている中で、社会的議論が十分になされていない状態で死刑執行を繰り返すことは、許されるべきではない。

5  当会は、2006年(平成18年)6月8日「死刑執行の停止について(要請)」を発表し、その後も、繰り返して行われてきた死刑執行に対し、その都度、これに抗議する会長声明を発してきた。また、2008年(平成20年)より毎年度、死刑制度調査検討プロジェクトチームを設置し、2009年(平成21年)からは、「死刑を考える日」と題するシンポジウムを毎年開催している。2013年(平成25年)2月には、同シンポジウムに200名を超える多数の参加を得て、市民が死刑制度に対して強い関心を抱いており、死刑について社会的議論を行うための措置が必要であることを実感した。当会としては、広く社会において、死刑制度についての議論が行われるよう呼びかけるとともに、こうした議論を行うための何らの措置も講じないまま、死刑の執行がなされたことに対し、強く抗議する。

      2013年(平成25年)5月13日

京  都  弁  護  士  会

会長  藤井  正大


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