声明

「要保護者の保護の利用を妨げる「生活保護法の一部を改正する法律案」の廃案を求める会長声明」(2013年6月10日)


1  本年6月4日、生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という。)が衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。
  しかしながら、改正案は、いわゆる「水際作戦」を合法化するものであるとともに、生活保護申請をより一層萎縮させる効果を持つものであって、看過しがたい重大な問題があると言わざるを得ない。

2  まず、改正案24条1項は、保護の開始の申請について、同項各号に定められた事項を記載した申請書を提出しなければならないとし、同条2項は、申請書には保護の要否判定に必要な「厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」としている。
  しかしながら、要保護者に対しては、生存権を保障する見地から、迅速な保護開始決定が強く要請されており、生活保護窓口における申請段階においては、簡便性が求められているのであって、現行の生活保護法24条1項は、保護の申請を書面による要式行為とせず、かつ、保護の要否判定に必要な書類の添付を申請の要件としていない。そして、平成13年10月19日大阪高裁判決、平成25年2月20日さいたま地裁判決などの裁判例においても、口頭による保護申請が認められてきた。衆議院における審議過程において、「特別の事情があるときは、この限りでない。」とのただし書が加えられたが、書面による申請と必要書類の添付を原則とすることに変わりはなく、改正法は、現実の保護申請に重大な制限を加えるものである。
  従前、全国の福祉事務所の窓口において、要保護者が生活保護の申請意思を示しても申請書を交付しない、または、申請の受理を拒否するという違法な取扱い(いわゆる「水際作戦」)がなされてきた。
  京都府下においても、2006年(平成18年)、当時54歳であった男性が、生活苦等を理由として、認知症の実母(当時86歳)と無理心中を謀った事件が発生したが、この男性は、伏見区役所に、数回にわたって生活保護の相談をしたものの断られていたと報じられた。また、2012年(平成24年)には、舞鶴市において、3人の子供をもつ、妊娠中のシングルマザーが生活保護の申請を行おうとしたところ、その所持金がわずか600円であったにもかかわらず、胎児の父親の連絡先が不明であることを理由に、舞鶴市が申請を受理しなかったことが報じられた。
  改正案は、上述の例を含め、これまで違法とされてきた「水際作戦」による取扱いを合法化することになりかねない。

3  また、改正案24条8項は、保護の実施機関に対し、保護開始の決定をしようとするときは、あらかじめ、扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けており、改正案28条2項は、要保護者の扶養義務者等に対して報告を求めることができるとしている。さらに、改正案29条1項は、調査の範囲を拡大し、過去に生活保護を利用していた者や、その扶養義務者についても、資産及び収入等の調査を行うことができるとしている。
  しかし、現行法下においても、保護開始申請を行おうとする要保護者が、扶養義務者への通知により生じる親族間のあつれきや生活保護受給者に対する偏見を恐れて申請を断念する場合は少なくない。このように扶養義務者への通知には保護申請に対する萎縮的効果があり、改正案によって扶養義務者に対する通知が義務化され、調査範囲が拡大することになれば、要保護者の保護申請に対し一層の萎縮的効果を及ぼすこととなるのは明らかである。

4  当会は、2012年(平成24年)11月22日、「生活保護基準の引き下げに反対する会長声明」を発表し、同声明の中で、「わが国の生活保護の『捕捉率』(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は15.3%~29.6%と推計されている。つまり、生活保護基準を下回る所得しかない世帯のうち実に7割以上が生活保護を利用していないことになる。」と指摘した。
  また、当会が同年11月18日に開催した第42回憲法と人権を考える集い「無縁社会を考える~孤立死ゼロへ~」においても、孤立死の原因の一つとして生活保護行政の問題点が指摘された。
  今般の改正案が、「水際作戦」を合法化し、要保護者の保護申請に対し一層の萎縮的効果を及ぼすものであることからすれば、生活保護の「捕捉率」はさらに低下し、さらなる孤立死を引き起こしかねないものと言わなければならない。

5  生活保護制度は、日本における最後のセーフティネットである。今般の改正案が、保護申請に制約を加えるものとしてこれまで違法とされてきた「水際作戦」を合法化し、生活保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼすことにより、客観的には生活保護の利用要件を満たしているにもかかわらず、これを利用することのできない要保護者を多数生じさせるおそれがある。これは、我が国における生存権の保障(憲法25条)を空文化させるものであって、到底容認できるものではない。
  よって、当会は、改正案の廃案を強く求めるものである。


2013年(平成25年)6月10日

京  都  弁  護  士  会

会 長 藤 井 正 大


アクセス

もっと詳しく

〒604-0971
京都市中京区富小路通丸太町下ル

京都弁護士会動画チャンネル