「京都市都心部のまちなみ保全・再生に係る審議会」提言に対する意見書(2002年9月19日)



    2002年(平成14年)9月19日
京都市長  桝本  頼兼  殿
京都市議会議長  磯辺とし子  殿
京都市議会議員  各位  殿

         京都弁護士会
               会長  田  畑    佑  晃


【意見の要旨】
  「京都市都心部のまちなみ保全・再生に係る審議会」提言が、高度地区の変更及び美観地区の指定、特別用
途地区の指定について早急な実現を求めていることは、歴史都市京都の再生に向けた方向性を示すものとして
評価できるが、都心部の内部地域の高度制限を原則として20メートルとした上、これを超える土地利用につ
いては日照に配慮し、地域住民の同意を要件とすることを検討すべきである。また、美観地区、特別用途地区
の指定については、歴史的市街地の都心部にふさわしい内容の指定をすべきである。
  さらに、都心部の幹線道路沿道地域についても、内部地域への規制の見直しと合わせて、高さ制限及び容積
率の引き下げ並びに美観地区の指定の対策を実施すべきである。

【当会の意見】
1.本年5月、「京都市都心部のまちなみ保全・再生に係る審議会」(以下「まちなみ審議会」という。)は
、京都市都心部のまちづくりのあり方についての提言(以下「提言」という。)をまとめた。これを受けて京
都市は本年度中にも条例の制定などによる実現を図るとしている。    
  既に、町家の新築、改築の障害になっていた全国一律の防火規制(防火地域、準防火地域における木造建築
物の新築、改築にあたっての建築制限)の緩和については、一足早く9月市議会にも条例案が上程され、都心
部における町家の風情を残した改築が制度的に可能となる見通しと報道されている。

2.言うまでもなく、京都の歴史都市としての魅力は、市街地を三方からとりまくなだらかな山並み、市街地
に点在する里山及び鴨川、桂川とその水辺などの自然景観と、無数に点在する社寺・仏閣などの歴史的建造物
及び、それを取り巻く碁盤の目に整然と区画された町家をはじめとする木造・中低層を基本とした町並みから
なる都市景観が見事に調和して、世界に誇るべき優れた歴史的景観を形成してきたことにある。このような優
れた歴史的景観と結びついて、平安京以来の市民生活の営みは、その時代時代に応じた新しい価値を付け加え
ながら、世界に誇るべき優れた文化、祭り、産業を生み出してきた。
  しかしながら、ここ十数年来の急激な都市開発、とりわけ高さ制限、容積率をぎりぎり一杯使い、周辺の環
境、景観との調和を配慮しないマンション、ビルの林立により、上記の歴史都市としての魅力は、大幅に損な
われ、都心部の従前からの町家に居住する住民の住環境は、相当程度悪化してしまった。
  とりわけ、都心部地域は、用途地域としては「商業地域」になっており、高度地区規制は幹線道路沿道地域
で45メートル、内部地域で31メートル、容積率は幹線道路沿道地域で700パーセント、内部地域で40
0パーセントと高度利用が可能であり、ごく一部を除き美観地区規制もかかっていなかったため、上記の矛盾
が急激に進行した。
  既に、1994年には、「京都市土地利用及び景観対策についてのまちづくり審議会」の答申がなされ、都
心部地域の高さ制限の引き下げが提言されていたが、実現されなかった。
  逆に、建築基準法の規制緩和(1990年のみなし斜線制限や1995年の共用部分の容積率不算入)は、
この矛盾の進行に一層の拍車をかけた。  それでも、都心部の内部地域にはなお約8000軒の町家が現存し
て、なお京都の歴史都市としての魅力を残している。また、実際に利用されている容積率の平均値は約180
パーセント程度と、指定容積率(400パーセント)とは大きな乖離がある。

3.今般、都心部の内部地域の高さ、容積率及び景観規制が検討されているのは、上記状況に対する危機感が
各界各層にかなり広範に浸透してきたこと、及び都心部の内部地域において、近時、町家を再生した商業施設
が市民や観光客の注目を集め、NPOや不動産業者が積極的に町家の流通に係わろうとする動きが生まれるな
ど、空前の「町家ブーム」とも」言える状況の中で、町家の再生をしながら、歴史都市にふさわしい中低層の
調和あるまちなみを形成していくことが、京都においては経済的にも重要であることが共通認識化してきたこ
と、などがあげられる。
  このような認識が高まっているにもかかわらず、高さ、容積率をぎりぎり一杯使ったマンションが、大部分
は外来の大手ディベロッパーにより続々と商品化されており、現状に委ねたままでは、前記の状況は決して予
定調和的に改善されない。したがって、高さ、容積率の引き下げ及び景観規制を行なわない限り、いくら住民
が努力しても(勿論、この住民の努力を行政が支え、援助することは極めて重要である。)決して問題は解決
しないし、全体としては町並みの破壊は進行する一方である。
  ヨーロッパの歴史都市においては、土地の利用は所有と切り離された公共的なものであることが広く共通認
識になっているため、強力な規制が行なわれているが、日本においては、むしろ開発・建築規制はもともと緩
やかなところが、全国的にはなおさら緩和の方向にある。
  このような中で、京都がユネスコの世界文化遺産にも指定された歴史都市としての魅力をこれ以上減殺され
ず、再生していくための方向として、今回の提言の示す方向は、後記のとおり不十分な点はあるものの、基本
的には賛成であり、早期に制度化すべき方向であり、早急な制度化を求める次第である。

4.提言の結論に対する意見
  提言がその結論で、都心部の内部地域について「直ちに実施に向けた検討を行うべき」としているのは、1.
高度地区の変更、2.美観地区の指定及び3.特別用途地区の指定である。
  結論においては、いずれも賛成であるが、内容にはいくつかの不十分な点があることを指摘せざるを得な
い。以下、4点に限って述べる。
(1)第1に、高度地区の変更について、その具体的内容は提示されていないが、20メートルに引き下げが
検討されている地域は内部地域全体ではなく、その一部に止まるようである。しかしながら、現在の土地利用
の実情からしても、まず、31メートル地域を近隣商業地域の高度制限と同等の20メートルとしたうえ、地
域の実情に応じて、地区計画などにより、緩和もしくは強化(15メートル地域)をしていくのが、実効性を
確保する面からも必要である。都心の内部地域を、職住近接で住民が居住でき、かつ、歴史都市としての魅力
ある空間として再生していくためには、中低層建築物を基本とすべきであるからである。
(2)第2に、内部地域における高さ20メートルを超える土地利用について、市長の承認を条件として認め
るという制度を条例によって制定することを想定し、その際の承認条件として、採光、通風への配慮をその考
慮要素としてあげている。
  しかしながら、上記第1で指摘した問題に加え、仮に内部地域において例外的に20メートルを超える土地
利用を認める場合には、採光、通風のみならず、日照への配慮は住環境の維持から不可欠であり、少なくとも
近隣商業地域で認められるのと同程度の日照についての配慮ができていることを条件としなければ、都心部に
住民が住み続けられる条件は維持できない。また、このような例外的高度利用は地域の住民の総意を前提とす
べきことから、当該地域(具体的には当該建築物が存し、あるいは直接に日照等の影響が及ぶ範囲の町内)の
住民の大多数の同意を要件とすることが検討されるべきである。
(3)第3に、美観地区の指定及び特別用途地区の指定については、いずれも賛成である。現在この地域の用
途地域は商業地域であるが、地域の実情にあわない。手法としては、近隣商業地域への指定換えも考えられる
が、都市計画法により地域の実情に応じた特別用途地区が認められるようになった経過に鑑み、歴史的市街地
の都心部にふさわしい形での特別用途地区規定をすることは望ましい手法である。
  提言においては、特別用途地区の内容として、住居専用住宅については300パーセント(現行400パー
セント)まで容積率を引き下げるが、商業・業務ビル、あるいは低層部分に店舗などを併設して都心のにぎわ
いを継承する共同住宅については、これまでどおりの容積率を認めるという手法を想定しており、この考え方
は基本的に賛成できる。
  美観地区指定の内容については、歴史都市京都の中心市街地にふさわしい内容の指定をすべきである。
(4)第4に、今回の提言が緊急に指定換えを求めているのは、内部地域だけのものであり、幹線道路沿道地
域については検討課題とされるに止まっている。
  しかしながら、幹線道路沿道地域の高さ45メートル、容積率700パーセントという指定は、あまりにも
過大である。従来は御池通、烏丸通、四条通など幹線道路沿いのビル群もそのほとんどが高さ31メ−トルま
でのラインで揃えられていた。ところが、ここ数年で幹線道路沿いはもちろん、幹線道路には面していない内
部地域との境目付近にまで、40メートル級の高層マンションが相次いで建てられており、上記まちなみ破壊
を一層深刻な問題にしている。
  当会は既に、2001(平成13)年10月に「御池通沿いの景観形成のあり方に関する意見書」を公表し
、御池通沿いの容積率及び高さ制限の引き下げを提言しているが、幹線道路沿道地域全般についても、今般の
「提言」の趣旨を尊重し、高さ制限の引き下げ(31メートル)、商業・業務ビルや店舗併設ビル以外につい
ての容積率の引き下げ(400パーセント)並びに美観地区の指定について、内部地域への規制の見直しと合
わせた対策を実施すべきである。

以    上


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