「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、冤罪事件の根絶のための審議を求める意見書」(2013年9月26日)


2013年(平成25年)9月26日

法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会
部会長  本  田  勝  彦  殿
委員・幹事 各 位

京  都  弁  護  士  会

会長  藤  井  正  大



法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、冤罪事件の根絶のための審議を求める意見書



意見の趣旨

当会は、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、今後の審議にあたっては、同部会設置の経緯及び法務大臣諮問第92号の趣旨に鑑みて、
1  憲法及び刑事訴訟法の求める適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪事件の発生の根絶に資するための制度の検討が求められているとの原点を改めて確認すること
2  「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」のうち、例外のない取調べの録音・録画制度の導入、被疑者・被告人の身体不拘束の原則の徹底、弁護人による援助の更なる充実化、全面的証拠開示制度の導入について、上記原点に立脚した提言をすべきこと
3  前項以外の事項は、今回の特別部会の検討対象からは除外し、別途その要否も含めて慎重に検討されるべきものとすること
を求める。

意見の理由

第1  法制審議会特別部会の設置の経緯及び諮問第92号の趣旨
      布川事件、足利事件、氷見事件などの冤罪事件、志布志事件や厚生労働省局長事件などの無罪となった事件など、我が国では現在でも多くの冤罪・誤判が生まれる状況にある。このような状況は、個別の事件における特殊な問題ではない。我が国の刑事司法においては、捜査・訴追機関の想定に基づく「真相の解明」に向けた供述獲得を目指す密室での取調べと、その結果作成される供述調書が、公判実務にも支配的な影響を与えてきた。また、いわゆる人質司法の問題、被疑者・被告人と捜査・訴追機関との圧倒的な力関係の格差と、それを背景とする証拠の偏在といった状況は、被疑者が十分な防御を行うことを困難にしてきた。すなわち、捜査機関の力が、刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与えてきたという構造的な問題があり、これが往々にして、捜査機関による独善・暴走を許すことにつながり、冤罪・誤判を生み出す大きな要因となってきたのである。
このような状況は、適正手続を保障する憲法31条、不利益供述の強要を禁ずる憲法38条、これらを実現する刑事訴訟法全体の趣旨に悖ると言わざるを得ないものであった。しかし、現行刑事訴訟法制定以後、捜査機関による独善・暴走を構造的な問題と捉え、適正手続保障の観点からこれを抑制するという方向での抜本的改善が図られることはなかった。こうした中、近年、厚生労働省局長事件に関する大阪地方検察庁における証拠改ざん等の一連の違法行為など、上記の構造的な問題がまさに現実化したというべき事態が発覚し、検察に対する信頼を大きく失墜させることになったが、これを契機として、同様の問題を根絶するための抜本的改善の必要性にも注目が集まることとなった。
かかる事態を受けて、法務省に設置された「検察の在り方検討会議」は、平成23年3月31日、「検察の再生に向けて」と題する提言を発表した。同提言は、「検察における捜査・公判の在り方」として、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため、直ちに、国民の声と関係機関を含む専門家の知見とを反映しつつ十分な検討を行う場を設け、検討を開始するべきである」と結論づけた。
      同提言を受けて、法務大臣は、平成23年5月18日、法制審議会に対して「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について御意見を承りたい」とする諮問第92号を発し、法制審議会は、平成23年6月6日開催の法制審議会第165回会議において、同諮問について調査・審議するための「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下、「特別部会」という)の設置を決定した。
      特別部会の設置に至る経緯が以上のとおりであることから、諮問第92号にいう「近年の刑事手続をめぐる諸事情」とは、捜査機関の力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与える構造的問題から冤罪・誤判等が生じてきた状況を意味することが明らかである。それ故、同諮問が求める「見直し」とは、憲法及び刑事訴訟法上の適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪の発生を根絶するため、密室における取調べなど、上記の構造的な問題を抜本的に改善する方策の検討を行うことにあると解されるべきであり、捜査・訴追機関の想定に沿った自白や証拠の獲得を容易にするための方策を導入するように求めたものではない。従って、諮問第92号の趣旨は、具体的には、取調べの全面可視化を中心として、捜査の適正を確保し、捜査機関の暴走を抑制して、冤罪の根絶に資する方向での提言を行う役割を特別部会に求めたことにあり、これが、同部会が立脚すべき原点であったというべきである。

第2  特別部会による「基本構想」の概要
      特別部会は、上記の経緯による設置以来約1年半の審議期間を経た第19回会議(平成25年1月29日)において、「部会の設置から1年半余りを経過し、新たな刑事司法制度を構築するに当たっての検討指針やそのための具体的方策の在り方について一定の方向性を得るに至った」として、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」と題する取りまとめ(以下「基本構想」と言う)を発表した。なお、その後、一般有識者を含まない、二つの「作業分科会」が設置され、同構想に基づく提言の具体化作業が進められている。
      基本構想の概要は、各論である「第3  時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」において、9項目(「1  取調べへの過度の依存からの脱却と証拠収集手段の適正化・多様化」として、(1)取調べの録音・録画制度、(2)刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度、(3)通信・会話傍受等、(4)被疑者・被告人の身柄拘束の在り方、(5)弁護人による援助の充実化の5項目、「2  供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」として、(1)証拠開示制度、(2)犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充、(3)公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)、(4)自白事件を簡易迅速に処理するための手続の在り方の4項目)にわたる「方策」の検討を提言するというものである。

第3  「基本構想」の内容的問題点(総論部分)
基本構想の、実質的な総論部分である「第2 時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」においては、まず、「これまでの刑事司法制度において、捜査機関は、被疑者及び事件関係者の取調べを通じて、事案を綿密に解明することを目指し、詳細な供述を収集してこれを供述調書に録取し、それが公判における有力な証拠として活用されてきた。」として、捜査機関による取調べとその結果作成される供述調書が果たしてきた機能を評価することから論が起こされている。
その上で、基本構想は「取調べ及び供述調書への過度の依存は、本来公判廷で事実が明らかにされるべき刑事司法の姿を変容させ、取調べを通じて作成された供述調書がそのまま公判廷でも主要な証拠として重視される状況を現出させ、刑事裁判の帰すうが事実上捜査段階で決着する事態となっているとも指摘される。」「取調べ及び供述調書に余りにも多くを依存してきた結果、取調官が無理な取調べをし、それにより得られた虚偽の自白調書が誤判の原因となったと指摘される事態が見られる。この点に関連して、捜査段階において真相解明という目的が絶対視されるあまり、手続の適正確保がおろそかにされ又は不十分となって、無理な取調べを許す構造となってしまっていないかとの指摘もなされている。」等として、これを我が国の刑事司法制度における「ひずみ」として指摘し、諮問第92号が発せられた経緯等からして、「取調べを中心とする捜査の適正確保が重要な課題であることが認識されなければならない」とする。
    しかし、基本構想は、これに続く総論の後半において「それと同時に、我が国の社会情勢及び国民意識の変化等に伴い、捜査段階での供述証拠の収集が困難化していることは、捜査機関における共通の認識となっている」「従来供述調書が公判段階でも有力な証拠とされてきた背景としては、証人の中には被告人の面前でありのままの供述をすることが難しい状況に置かれる者がおり、あるいは、被告人が公判廷で真実の供述をするとは限らないという実情もある。」等とも指摘し、「公判廷で事実が明らかにされる刑事司法とするためには、その前提として、捜査段階で適正な手続により十分な証拠が収集される必要があり、捜査段階における証拠収集の困難化にも対応して、捜査機関が十分にその責務を果たせるようにする手法を整備することが必要となる」等と指摘する。
    この総論の後半部分は、前半部分を受けて「捜査・取調べの適正化」を図るべきとする方向性とは、明らかに対置される観点からの論述である。すなわち、前半部分を受けた「取調べの適正化」等の方策が、密室での取調べと供述調書を中心とする従来の実務による証拠収集ひいては捜査・訴追機関の想定に沿った「真実解明」すなわち有罪認定を困難にするとの立場から、従来ない強力な証拠収集手段など、捜査・訴追側の権限を拡大する手法を要求し、「捜査・取調べの適正化」を骨抜きにするものと評価するほかない。
    前述のとおり、捜査機関の暴走の表面化に端を発し、諮問第92号が発せられるに至った経緯からすれば、同諮問は憲法の要請である適正手続保障を徹底し、捜査・取調べの適正化を図ることを中心的な要請としていると解するほかないところ、この総論の後半部分は、同諮問の要請するところではなく、むしろこれと対立するところの、捜査・訴追側の要求を露わにするものである。この後半部分が含まれることによって、基本構想の総論全体としても、捜査機関の暴走についての反省とその抑制という観点を没却するものとなっている。かかる総論によって、今後の審議の方向性が規定されるならば、諮問第92号の趣旨に即した検討を行うべき特別部会がその本来の役割を果たすことは不可能になると言わざるを得ない。

第4  基本構想の内容的問題点(各論部分)
1  基本構想の各論部分である「第3  時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため検討するべき具体的方策」においては、前述のとおり、「1  取調べへの過度の依存からの脱却と証拠収集手段の適正化・多様化」として5項目、「2  供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」として4項目の合計9項目について、総論の「検討指針」を受けて「具体的な検討を行うべき事項」が、枠囲みによって示されている。
2  「具体的な検討を行うべき」とされた9項目のうち、1(1)取調べの録音・録画制度、(4)被疑者・被告人の身柄拘束の在り方、(5)弁護人による援助の充実化、2(1)証拠開示制度の4項目については、検討項目それ自体としては、密室における取調べなどを中心とする構造的問題に対して、適正手続の観点から是正を図ろうとするものであり、諮問第92号の趣旨あるいは前述した総論前半の問題意識から導かれると考えられる。
ただし、そこに示されている具体的な方策等の内容を見れば、以下のとおり、適正手続保障の観点は大幅に後退させられ、極めて不徹底な提言となっていると言わざるを得ない。
特に、最も重要かつ中心的なテーマであったはずの、1(1)取調べの録音・録画制度については、基本構想は「取調べや捜査の機能に深刻な支障が生じるという事態を避ける観点から」として、全面的な録音録画を前提とする案は挙げられず、「一定の例外事由」があることを前提とする案及び「取調官の一定の裁量に委ねる」とする案の2案のみが検討の対象とされ、いわば骨抜きの提言というべきものになっている。この取りまとめについては、実際に取調べを受けた経験を有する唯一の委員である村木委員から、この二つの案に沿って具体的な検討が進むことについては「非常に強く反対」との意向が表明されるなど、捜査関係者以外の各委員から批判が相次ぎ、また、一般マスコミの報道によっても激しい批判を浴びたところである。なお、前者の案に言う「一定の例外事由」の具体的範囲は基本構想においては曖昧であったが、その後第1作業分科会の検討を経て、「十分な取調べをすることができないおそれがあること」により「捜査に著しい事情があると認めるとき」という例外事由まで挙げられるに至っており、後者の「取調官の一定の裁量に委ねる」案との区別が極めて曖昧な議論となっている。
また、1(4)被疑者・被告人の身柄拘束の在り方については、「勾留と在宅の間の中間的な処分を設ける」「身柄拘束に関する適正な運用を担保するため、その指針となるべき規定を設ける」とされているが、現状の勾留または保釈の要件や運用に問題はないとする意見など、いわゆる人質司法の問題に対する意識が極めて希薄な議論を踏まえての提言であり、身体不拘束の原則という観点の不徹底さを懸念せざるを得ない。
1(5)の弁護人の援助の充実化については、適正手続保障を実質化する上で極めて重要な観点であるにも関わらず、被疑者国選弁護制度について「更なる公費負担」が市民に受け入れられるかといった適正手続と無関係の消極的観点が持ち出され、また、取調べへの弁護人の立会については「録音・録画以上に取調べへの支障が大きい」などとする捜査機関側の強い抵抗を理由に、検討から排除された。
2(1)の証拠開示制度について見れば、近時の再審無罪事件の例からも明らかなように、冤罪を根絶するための鍵とも言える重要性を有するにも関わらず、原則事前全面開示論については「被告人の虚偽の弁解を許すこととなり得るなどの弊害が指摘され」る等として、「争点及び証拠の整理と連動した現在の段階的な証拠開示制度の枠組みを改める必要はないと考えられる」としたが、適正手続の観点から捜査・訴追機関の恣意を抑制し、当事者の実質的対等を実現するにはほど遠い内容となっている。
3  他方、前項以外の5項目(1(2)刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度、(3)通信・会話傍受等、2、(2)犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充、(3)公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)、(4)自白事件を簡易迅速に処理するための手続の在り方)は、捜査の適正を確保し、捜査機関の暴走を抑制して、冤罪の根絶に資する方向に沿ったものではなく、むしろ前述した総論後半の問題意識から、捜査機関の権限拡大や、捜査・訴追側の想定に沿った「事案の解明」を容易にする方向性を持った項目が大半を占めている。しかし、諮問第92号の発せられた経緯及び趣旨からすれば、各項目の内容以前の問題として、このような方向性を持った検討項目が各論の過半を占めて提示されること自体が、大いなる疑問であり、特に、捜査権限の大幅拡大については、諮問第92号の趣旨から要請される適正手続保障の趣旨を実現する方策に対する、捜査機関の抵抗として持ち出されたものと言わざるを得ない。端的に言えば、諮問第92号が注文していない事項を、勝手にテーブルに並べようとしたものと評するべきである。
また、これら5項目については、捜査機関に強大な権限を与え、自白への圧力を強め、反対尋問権、黙秘権といった憲法上・刑事訴訟法上の権利保障を揺るがしかねない深刻な問題を含むにも関わらず、これまで我が国の刑事司法関係者の間で広く議論がなされて来たという経緯も持たない論点である。
よって、これら5項目は、適正手続保障の趣旨の徹底による冤罪の根絶という観点からは逸脱する検討項目であることが明らかであり、この特別部会で拙速に結論を出すべきものではなく、別途慎重に検討がなされるべきである。
4  なお、各論部分である「第3」の「3  その他」においては、「いずれも意見の対立があるなどして一定の方向性を得るには至らず、当部会で結論を得ることは困難」とされた5点の項目((1)事実認定と量刑に関する手続の在り方、(2)いわゆる2号書面制度の在り方、(3)DNA型鑑定資料の採取及び保管等に係る法制化、(4)「検察官の上訴権の制限」、(5)刑事実体法の在り方等)について、「その要否及び当否も含めて『別途検討されるべき』」とされ、特別部会における検討の対象から除外される方針が事実上言明された。
これらのうち特に(1)ないし(4)は、いずれも適正手続保障の趣旨の徹底による冤罪の根絶という観点からは、極めて重要な意義を持つ検討項目であり、上述した諮問第92号の趣旨からすれば、引き続き検討の対象とされるべきものとも考えられるものであった。しかし、これらについては「意見の対立」などを理由に、審議の途中から「別途検討されるべき」とする一方で、前項の5項目については引き続き「具体的な検討を行うべき」とする基本構想の取りまとめ方には、同諮問の趣旨に鑑みて重大な疑問がある。
第5  特別部会の審議の在り方についての問題点
      以上のような内容を持つ基本構想は、いずれの項目もきわめて論争的なテーマであり、全委員の意見の一致が容易に得られるような項目は無かったと言って良い。しかし、基本構想は、上述のとおり、ある項目については「一定の方向性を得るに至った」として「具体的な検討をすべき」として取り上げ、ある項目については「一定の方向性を得るには至らなかった」として除外しようとしている。そして、具体的に取り上げることとされた項目及びその内容については、捜査・訴追機関の意向を強く反映する結果となっていることも、上述のとおりである。
      このような基本構想の取りまとめは、特別部会設置の経緯・趣旨に答えるものとも、全委員の問題意識を正確に反映するものとも言い難いが、その要因として、特別部会の構成及び審議の進行方法が、本来は改革を求められる対象である捜査・訴追機関の意向を自ずと反映する構造となっている点に問題があることを指摘せざるを得ない。
      すなわち、特別部会の人選においては、一方で厚労省局長事件の冤罪被害当事者である村木厚子委員、冤罪問題の実態を告発する映画を制作した周防正行委員をはじめとする一般有識者を含むものの、他方で委員・幹事の相当数を検察・警察のトップ以下要職の現任者・経験者が占めている。また、審議の進行も、事務方としての法務省が作成する「進行イメージ」と題する書面に基づいて行われてきた。「基本構想」の取りまとめは、第18回会議で配布された「部会長試案」を原型として、若干の文言修正を加えて行われたものであるが、「部会長試案」までに、どの項目をどのような形で取り上げるか、特別部会全体としての議決等の公式な意思決定プロセスは存在せず、「一定の方向性を得るに至った」とされた項目と「一定の方向性を得るには至らなかった」とされた項目の振り分けの基準も客観化されていない。部会長は法曹関係者ではないが、第18回会議の冒頭で「部会長試案」の内容を「まず事務当局から説明してもらいます」として、法務省幹部が詳細な説明を行った。「部会長試案」は実質的に「法務省案」に他ならないと考えることが自然であり、これを原型とする基本構想が、捜査・訴追機関の意向を強く反映したものになったことは、成り行きとしては当然であった。
      しかし、特別部会における、かかる審議の在り方は、適正手続保障の趣旨の徹底と冤罪の根絶という観点から、同部会に期待される役割を果たす上で、重大な疑問があるというべきである。

第6  今後の特別部会の審議に関する当会の意見
      上述のとおり、基本構想は、全体として、捜査・訴追機関の意向を強く反映した方向性を打ち出したものと理解される。しかし、特別部会が設置された経緯および諮問第92号の趣旨からは、特別部会が設置された趣旨は、適正手続保障手続の趣旨を徹底し、冤罪を根絶するための制度の検討を行うことにあると解するほかなく、これが特別部会の立脚するべき原点である。基本構想の持つ方向性は、かかる原点からは遠く離れたものと言わざるを得ない。
      よって、当会は、特別部会に対し、今後の審議にあたって、以下のことを求めるものである。
      第一に、特別部会の設置の経緯に鑑み、部会の立脚すべき原点は、憲法及び刑事訴訟法の求める適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪事件の発生の根絶に資するための制度の検討にあるということが、今一度、改めて確認されるべきである。今後の審議においては、この原点から遠く離れた基本構想の方向性を根本から再検討し、原点回帰を図らなければならない。
      第二に、上記の原点に立脚した方向性再検討の具体的内容として、適正手続保障の趣旨を実現するための諸項目については、その具体的な方策の内容自体としても、当該趣旨を徹底する内容での提言を目指すべきである。具体的には、特に取調の可視化については、捜査官の恣意による骨抜きを許さないために、例外のない全面的な録音・録画を行う制度の導入を検討すべきである。また、被疑者・被告人の身体拘束の在り方については、「勾留・保釈の実務に問題はない」といった現状追認的観点からの検討ではなく、人質司法の現状を直視し、身体不拘束の原則を徹底する提言を目指すべきである。弁護人の援助の充実化については、公費負担問題にすり替えることなく被疑者国選弁護制度の拡大すべきことに加え、取調べへの弁護人の立会についても、取調べの適正化のため重要であるからその導入を検討すべきである。証拠開示制度については、現状の段階的証拠開示手続の枠組みでは捜査・訴追機関による恣意的な対応を排除できないことから、冤罪根絶の鍵ともなる事前の全面的証拠開示制度の導入を検討すべきである。
      第三に、基本構想の「第3」のうち、1(2)刑の減免制度、協議・合意制度及び刑事免責制度、(3)通信・会話傍受等、2(2)犯罪被害者等及び証人を支援・保護するための方策の拡充、(3)公判廷に顕出される証拠が真正なものであることを担保するための方策等(司法の機能を妨害する行為への対処)、(4)自白事件を簡易迅速に処理するための手続の在り方、の5項目については、検討項目自体が適正手続保障の趣旨から導かれるものではない。したがって、基本構想で提言された具体的方策の内容的当否を論ずる以前の問題として、これら項目を特別部会の検討テーマとして審議すること自体、特別部会に求められた役割とは異質なものであるし、また、十分に議論が成熟した論点とも言い難いものであるから、今般の見直しとしては検討対象から除外し、別途その要否も含めて慎重に検討されるべきである。
      刑事訴訟法第1条の目的とする「事案の真相を明らかに」することは、捜査・訴追機関の想定に沿った有罪判決を意味するのではない。しかし、今後の特別部会での審議が、基本構想の持つ現在の方向性を維持したまま継続され、そのまま立法提言に至ることとなれば、適正手続保障の趣旨を徹底する改革の趣旨は捻じ曲げられ、我が国の刑事司法制度は、現在以上に、捜査・訴追機関の想定に沿った有罪判決を量産するだけの場として機能するであろう。そこでは、当会の希求する冤罪の根絶は、現在以上に遠のくであろうことを、当会は深く懸念し、今後の特別部会の審議が原点に立ち帰ったものとなることを求め、本意見を述べるものである。

以  上


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