「東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の消滅時効に関する意見書」(2013年10月17日)
2013年(平成25年)10月17日
内閣総理大臣 安 倍 晋 三 殿
衆議院議長 伊 吹 文 明 殿
参議院議長 山 崎 正 昭 殿
京 都 弁 護 士 会
会長 藤 井 正 大
東京電力福島第一原子力発電所事故による
損害賠償請求権の消滅時効に関する意見書
第1 意見の趣旨
2011年(平成23年)3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「福島原発事故」という。)による損害賠償請求権については、民法第724条の定める短期消滅時効及び除斥期間の適用を排除し、被害者救済のための特別の立法措置をとることを求める。
第2 意見の理由
1 問題の所在
福島原発事故から2年半が経過したところ、被害者の損害賠償請求権(原子力損害の賠償に関する法律第3条第1項)は、同法に時効に関する規定がないため、「被害者が損害及び加害者を知ったときから3年」で時効消滅する旨の民法の規定(第724条前段)により、事故発生日から3年経過後である2014年(平成26年)3月11日より順次時効消滅するのではないかという問題がある。
2 東京電力の見解とその問題点
この消滅時効の問題に関し、東京電力は、文部科学省の要請をふまえ、2013年(平成25年)2月4日、①消滅時効の起算点を東京電力が中間指針に基づき賠償請求の受付を開始した時とし、②被害者が東京電力から請求を促すダイレクトメールや損害額を予め印字した請求書(用紙)を受領したことをもって時効の中断事由とし、受領時から3年間の消滅時効が進行するとの見解を示した。
しかし、上記見解の表明によっても、法律上、東京電力が時効期間の経過後に消滅時効を援用することも可能であると解釈される余地があり、被害者にとっては、損害賠償請求権の消滅時効に関する懸念は払しょくされない。
まず、①の「賠償請求の受付開始時」に関し、例えば2011年(平成23年)4月分の精神的損害については同年9月が時効の起算点となり、同年10月分の精神的損害については同年12月が時効の起算点となる旨東京電力から説明されているが、延長された期間はわずか数か月にすぎない。
次に、②の事項の中断事由に関しては、東京電力がダイレクトメールや請求書を発送したのは、警戒区域内等のきわめてわずかな避難者に限られ、東京電力の見解によれば、自主的な避難者や区域外で被害に遭った多くの者について、時効中断事由は生じていないことになる。
3 和解仲介手続の問題点
また、損害賠償請求の手段として、2011年(平成23年)4月11日、原子力損害賠償紛争審査会が設置され、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解仲介手続が開始されたが、当初、和解仲介手続の申立てには消滅時効の中断効が付与されておらず、2013年(平成25年)5月29日、和解仲介打ち切り通知から1か月以内に訴えを提起した場合に中断効を認める特例法が成立した。しかし、この特例法の下でも、原発事故の被害者が時効中断効を得るためには、和解仲介手続を申し立て、かつ、和解仲介打切後1か月という極めて短い期間内に訴訟提起という重い手続的負担を要求されることになり、消滅時効の問題は依然として解消されていない。
4 消滅時効の規定を福島原発事故に適用すべきでないこと
そもそも、民法が、被害者が損害の発生及び加害者を現実に認識している場合、3年間で権利が消滅する旨の短期消滅時効を定めたのは、加害者の法的地位の安定をはかり、証拠の散逸等の危険を防ぐ等の理由によると言われている。
しかし、この消滅時効制度の趣旨を、福島原発事故にも適用するのは妥当でない。2012年(平成24年)2月23日付意見書(福井県内に設置された原子力発電所及び原子力施設に関する意見書)においても指摘したとおり、福島原発事故による被害は非常に広範囲・長期間に及ぶ甚大なものである。大量の放射性物質の放出により、国の規制値をはるかに超える放射線を被ばくすることとなり、福島県から約16万人の住民が避難し、現在も5万人以上の県外への避難者がおり、京都府も累計1072名(2013年(平成25年)9月30日京都府発表)の福島県の避難者を受け入れてきた。このように福島原発事故は、多数の住民の避難、水・食糧等に対する規制、法令の改廃など経済的・社会的な大混乱をもたらしたものであり、福島原発事故は、民法が想定している通常の事故とはその規模・性質が全く異なり、3年以内に加害者たる東京電力の法的地位の安定を図る要請も乏しい。また、福島原発事故の全容は現在もなお解明されておらず、避難に伴う家族との離散、再就職、生活の再建その他の精神的苦痛・不安等の様々な問題により、賠償請求を行うことが困難な被害者が多数存在する。
そして、福島原発事故による損害賠償請求権を有する被害者は、東京電力が仮払補償金を支払った数だけでも16万6000人と非常に多数に上り、さらに、自主的避難者の数も含めると、これを上回る人数となる。これほど多数の被害者に対する救済の必要性が客観的に明白であるのに、従来の法律の一般的な規定に則り、個々の被害者に申立てや訴訟提起の負担を課し、3年間の経過で権利を消滅させる事態を許すのは、著しく正義に反するものというべきである。
よって、福島原発事故の被害に関する損害賠償請求権には、民法の短期消滅時効の規定を適用すべきではない。
5 除斥期間の規定を福島原発事故に適用すべきでないこと
また、民法には、損害の発生及び加害者の認識にかかわらず、20年の経過で権利が消滅する旨の規定がある(一般に、除斥期間と解されている)。しかし、福島原発事故によって生じる健康影響等の被害は、原子爆弾による放射線に起因する疾病等の被害者の例からも明らかであるが、放射線に起因する疾病等の性質上、20年以上経過した後に判明することもあり、単に20年間の経過という事情のみで権利を消滅させる事態を許すのもまた、著しく正義に反すると考えられる。
よって、福島原発事故の被害に関する損害賠償請求権には、民法の除斥期間の規定を適用すべきではない。
6 結論
以上のとおり、当会は、福島原発事故による損害賠償請求権の消滅時効について、意見の趣旨のとおり特別の立法措置をとることを求める。
以 上