ロースクール問題に対する意見書(2000年8月22日)



   京都弁護士会においては、平成11年10月14日付で「司法改革についての意見書」をまとめ、その中でロースクール構想については、十分検討に値する制度であるが、その内容においては検討すべき課題も多く、ロースクールの設置にあたっては、これら議論を煮詰めた上で、明確な法曹養成のビジョンを持って、設置すべきであるとの見解を発表したが、その後の司法制度改革審議会の審議の内容、各大学におけるロースクール問題についての提案等を検討の上、下記の通り当会の意見を発表するものである。




  1.    大学教育だけでは司法試験に合格できないため、大学の授業を受けずに専ら受験予備校で勉強するものが多くいることから、大学教育の空洞化とダブルスクール化が発生し、大学の法学教育そのものが危機的な状況にあると言われている。その様な中で司法試験を合格する者は基礎的教育が不足し、自発性、批判的精神が希薄であり、柔軟な思考力がなく、創造性にも乏しいと指摘されている。この様な指摘の中から、主に大学関係者から法科大学院構想が次々と発表されるに至った。

       しかし、我々法曹には、大学関係者のこれら提案の重点は、法学教育の危機の回避に置かれ、本来の法曹養成の基本である、いかに良質な司法の担い手である法曹を育てるかとの視点が希薄なように思われる。

       もっとも、翻って考えてみると現行の司法修習制度が最良の方法であるのかについては、多くの疑問を持たざるを得ない。

       現行修習制度は、統一、公正、平等原則に基づき、戦後の司法改革の中で重要な役割を果たしてきた。統一的に修習することにより、国民の人権活動に資する多くの民間法曹である弁護士を育て、「官」に対抗できる「民」を養成したことは、特に重要な意義のあるところであった。

       しかしながら、現行の司法修習制度には、裁判官のキャリアシステムを温存するため、民事裁判修習において要件事実教育が重視されるなど、裁判官の養成に重点が置かれているという大きな問題点がある。また、法曹人口増加に対応する人的物的設備を準備できるか、多種多様な人材を確保し法曹として養成することができるか、マニュアル志向ではなく法の基本的な考え方から推論し応用する能力を養成できるか、など、現行の司法修習制度では克服困難と考えられる点が存在することも確かである。


  2. これに対し、ロースクール構想は、法曹養成について次のような特色を持っている。



    1.    高度化、複雑化する現在社会において、法曹の役割はますます増大していくことが明らかである。この高度に発展する社会に対応するため、法曹自身の知識の高度化や、質の高い倫理観が求められている。

         1年半という現行の修習制度において、これら各種要望をかなえるだけの基礎的教育を十分行なうことは不可能である。

         しかし、ロースクールにおいて基礎的法学を初め、周辺領域の法律について十分な教育を受け、高度な能力と人権感覚を持った人物を育てることは可能と思われる。


    2.    法科大学院構想のもう一つの特色は、多彩な人材を確保できることである。

         法学部出身者だけでなく、他学部の学生を多く受け入れたり、社会人からの入学を認めることにより、他の分野で優れた能力を有する者を法曹として迎え入れることが可能となる。

         科学や福祉、文化といった特定の分野の法的発展に寄与できる人材を育てることは、極めて望ましいことである。


    3.    現在の司法修習制度のもとでは、法曹人口の増員には一定の限界がある。

         しかし、法曹人口が少ないことについては、国民の多くから指摘を受けているところであり、司法制度改革審議会においてもその増員が議論されているところである。

         司法改革をすすめ、法曹一元や陪審制度の実現、被疑者国選や法律扶助制度の飛躍的な拡充を求めていくためには、弁護士の質を確保しつつ、これを増員していくことが不可欠である。

         しかし、現行の司法修習制度においては、これら要求を充足する増員に対応できないことが明らかである。これに対してロースクール構想は、法曹の増員に応じられる側面を持っている。

         この様なロースクールによる法曹養成の利点を考えると、従来の司法修習制度に変わる法曹養成制度としてロースクール構想は、その運用如何によれば、極めて魅力的な制度になりうるものと思われる。

         また、各大学において実施に向けた試案が多く出されるとともに、司法制度改革審議会において、ロースクール構想の導入が大方の方向として議論されている今日、現行の司法修習制度の改革だけの議論では十分な説得性を持たないと思われる。

         むしろ、我々はロースクール問題について、積極的に関与し、その中でより良い法曹養成制度の実現を目指すべきと考えるものである



  3.    私達は、これらロースクール教育は、法曹一元制度のもとで本来の特色を発揮できることを特に強調したい。

       現在の社会では、様々な法的問題が発生し、それがますます専門化し、複雑化している。

       それらの紛争は、我が国だけの範囲に収まらず、国際化が著しい。また、知的所有権等の特殊な分野で十分な知識も求められている。

       これら拡大する社会的諸状況に対処するためには、あらゆる社会現象に直接対応し、これを十分理解した弁護士から裁判官を任用する法曹一元制度の導入しか道がないことは、多くの関係者が指摘しているところである。

       そして、法曹一元制度を導入するためには、前記の通り広範な知識と人権感覚を持ち、倫理観の高い法曹が多くいることが必要である、その中からより良質の裁判官を選出する仕組みが必要である。そのため、法曹一元制度における法曹養成の理念は、支配的な理念や慣行をそのまま履行するのでなく、常にこれら事象に対し、批判的視点を持って取り組むものでなければならない。

       このような理念の実現は、現状の司法修習制度の中では限界があると思われ、学問の自由を確保している大学と、自治権を与えられた法曹によって運営されるロースクールにおいて、その実現が可能と思われる。それゆえ、ロースクール構想は法曹一元実現のための法曹教育として非常に適している。ロースクール構想は、法曹一元制度と結び合って初めて、その本来の特色を発揮する制度である。

       また仮に、法曹一元制度の採用なく、ロースクール構想が発足すれば、特定の大学のロースクールからだけ任官者を採用することが起こり、ロースクール内での差別化を拡大していくことは目に見えている。

       その様なことになれば、さらにキャリアシステム制度に出身ロースクールがどこかという問題が加わり、その弊害が更に深化することが懸念される。

       よって、ロースクール構想を採用する前提は、法曹一元の実現であると考える。


  4. ロースクール制度を導入するための前提条件


       ロースクール制度は、その制度設計如何によっては、極めて魅力的なものとなるが、逆に現在の法曹養成制度の問題点を克服するどころか、かえって、現在の法曹養成制度の質を低下させ、かつ、司法の官僚化を助長する結果になる可能性も持っている。

       それゆえ、どの様なロースクールが求められているのかを、慎重に見極めることが強く求められていると考える。

       私達は、以下の点が満たされることを前提としてわが国にふさわしい日本型ロースクールの導入をはかるべきものと考える。



    1. 法曹一元


         法曹一元を前提としないロースクール制度の危険性については前述したところであり、ロースクール制度は法曹一元制度のもとで導入されるべきである。

         ところで、各大学が発表するロースクール構想は、その教育内容を法曹一元とどうとらえるのか、現行のキャリアシステムの温存についてどう考えるのかについての視点が全くないか、極て希薄である。将来の司法制度のあるべき方向を見据えたロースクール構想でなければ、教育目的自体が不安定なものになることは明らかである。


    2. ロースクールが学部教育から独立すること


         後記の通り、当会においてはロースクールは大学とは別に外部に設置することを第1の選択と考えるが、仮に大学内にロースクールが設置されるとしても、少なくともこれが学部教育から独立していることが必要である。

         現在、ロースクール構想を打ち出しているかなりの大学が、教養過程、専門過程、法科大学院(ロースクール)過程を当該大学の法学部生に対する一貫教育として構想している。他大学、他学部からロースクールへの入学を全く否定しないにしろ、自大学の学生にロースクール入学への優先枠を与えることを前提にしている。

         したがって、ロースクールが学部教育から独立せずに、法学部の連続したコースとなると、法曹を目指す者は、ロースクールの存在する大学に入学することになり、大学の序列化や学閥主義が進むことになる。

         また、高等学校までの学業成績の優秀な者、経済的に比較的裕福な家庭の子女がロースクールのある大学に入学しやすくなることから、法曹全体の均質化、画一化が進み、やがては法曹全体の閉塞感を生み出すことになりかねない。

         さらに、法曹一元が実現せず、ロースクールが学部教育から独立しない場合、任官者が特定の大学に集中する危険性が高く、まさに裁判所の官僚化を推進することになりかねない。

         よって、ロースクールは自大学の学部教育と切り離して、一般に広く開設されたものでなければならない。特に自大学の優先枠を設置するロースクールの設置は、認めることができない。


    3. ロースクール教育の充実


         そして何よりもロースクール教育が充実したものでなければならない。法曹を目指す者は、学部教育を経て更に3年間の貴重な期間をロースクールで教育を受け、しかも、現行の司法修習と異なり授業料等の経済的負担を強いられるのであるから、ロースクールを導入した法曹養成教育の内容が現在よりもよりよいものにならないのであれば、ロースクールを導入する意味がなくなる。大学は、ロースクールを学部教育の延長ではなく、わが国の将来の司法を担う実務家を養成する機関であることをはっきりと認識して取り組まなければならない。さもないと、これまでの大学の授業の二番煎じになってしまうからである。

         とりわけ、法曹としての教育にとって、「実務」との関わりは極めて重要であり、全課程で充実した実務教育が行なわれる必要がある。


    4. ロースクール教育の運営主体


         ロースクール教育の運営は、大学を中心として行なわれるとしても、その目的は将来の司法の担い手を育てるものである。それゆえ、ロースクールは単に文部省や大学人だけで運営されるのではなく、法曹三者、取り分け弁護士会が運営主体の一翼を担い、ロースクール教育に責任義務を果たす必要がある。

         大学人と法曹関係者は、ロースクール教育が充実したものになるか否かは、我が国の司法の将来に大きな影響を及ぼすことを認識し、互いに協力して理論と実務の融合を計る中で、理想的なロースクールの実現に最大限の努力をする必要がある。



  5. ロースクールの教育方法及び教育内容


       論ずべき点は多々あるが、本意見書では特に、ロースクール教育の教員の構成、財源、教育内容及び教育方法について意見を述べる。



    1. 教員の構成


         後に述べるように、ロースクール教育においては実務教育が極めて重要であることから、法曹実務家を教員として大幅に登用する必要がある。弁護士は、日々、依頼者からの事情聴取、事件調査、文献や判例調査、事件の方針決定等を行っており、基礎的な実務教育のための教員として最もふさわしい存在である。また、各弁護士会は、ロースクール教育のあり方が法曹の将来を決定付けるとの認識のもと、自ら積極的に関与していかねばならない。

         さらに、教育の充実をはかるためには、各大学は大学間の垣根を超え、相互に教員の派遣を行う必要がある。


    2. 財源


         大学が運営主体となるとすれば、充実した教育を行うためには授業料収入の他、国などからの助成金が必要となる。特に私立大学に対しては、国立大学との間で格差が生じないよう、国の手厚い財政的支援が不可欠である。将来の司法を担う人材を養成するのであるから、国が財政的支援を行うことは当然のことであろう。


    3. 教育内容



      1. 基本法等の理解を深める科目


           マニュアル主義では未経験の課題に十分に対応することができない。未経験の課題に対して法の持つ基本的論理に照らして適正な結論を導き出すことができるよう、基本法の理解を通じて法の持つ基本的論理を学びとる。また、この観点からは、法哲学や法歴史学など、法の基本的理解を深める科目の教育も必要である。


      2. 専門的分野についての導入的科目




        1. 現在の司法試験の選択科目等、基本法に準じる科目
        2. 専門的分野の科目


      3. 実務家(特に弁護士)になることを想定した科目




        1. 模擬演習


             教員が設定した仮設事例により、弁護士業務の技能を育成し、応用させるための演習を行う。例えば、契約書の作成、事故の被害者に対する模擬面接等、様々な場面での模擬演習が考えられる。


        2. 模擬裁判


             学生が法曹三者、当事者や証人となることにより、訴訟の流れを把握させることができる。


        3. 実務教育


             実務教育について多くのロースクール構想が消極的であるが、法曹を育てる教育機関である以上、現在社会において生起する社会現象に対し、法曹としてどのように対処するかを教育することは重要な教育項目であり、実務教育は是非必要である。

             実務教育に消極的な意見は、従前の大学教育の内容にとらわれた意見であって、弁護士を中心とした法律実務家が積極的にロースクール教育に支援・参加することにより、ロースクールで実務教育を行うことは十分可能である。

             アメリカのロースクールでは、実務研修として、エクスターンシップ(弁護士事務所、裁判所、公的機関、公益団体で、弁護士や裁判官の監督のもと、法律調査を中心とした法律業務を行う)とクリニック(法律家として「生きた事件」で実務を行う)が行われており、アメリカでは、これらの実務教育がロースクール教育において極めて重要であることが認知されている。

             現行の司法修習において、単に裁判を傍聴し、或いは弁護士と依頼者との打合せに同席するだけではなく、判決や訴状を起案する前提で、自ら補充尋問事項を検討し、或いは依頼者に質問することにより、修習の実があがることは皆が経験しているところである。

             ロースクールでも実務研修がなければ、すべては無味乾燥な机上の学問となってしまう危険性が高い。よって、ロースクールでは、この実務教育を一つの柱として教育を行うべきである。

             なお、日本型ロースクールにおいて、具体的にどのような実務教育を行うかは、今後、大学関係者、弁護士会を中心として継続的な検討を要する課題である。


        4. 社会経験を積ませる


             法律実務家は日々現実に生じている事件を扱うのであるから、早い時期から社会の実相を見ておく必要がある。特に人権感覚を養うために、社会福祉施設でのボランティア活動などを中心とすべきである。

             現在、弁護修習の中で「社会修習」として取り組んでいるところであるが、ロースクール制度が導入されれば、ロースクール教育の中で行われるべきである。


        5. 法曹倫理


             法曹倫理教育が重要性は言うまでもなく、ロースクール時代からこの点についての教育を行うべきである。




      4. 教育方法


           大教室における講義方式はできるだけ避け、少人数のクラスで教員が学生と議論をしながら授業を進めることが望ましい。  また、「正解」を求めすぎるとマニュアル志向に陥る危険があるので、問題を分析し、推論を行い、解決策を見いだす過程を重視した教育を行うべきである。

           法曹にとって事実を聴取すること、相手方と交渉をすることは最も基本的な技術であるから、ロースクールでは、一貫してこれらの技術を高める教育がなされるべきである。




  6. 既存の法曹養成制度との関係など、制度に関する問題について



    1. ロースクールをどこに設置すべきか


         ロースクールを大学から独立させるために大学外に設置することが望ましい。

         既存大学内に設置されると、既存大学の序列や学閥主義がロースクールに持ち込まれる危険性があり、また、大学間で教員の相互派遣がなければ教員の確保に支障が生じ、教育の質が低下するおそれがある。外部設置案はこれらの危険を回避することができ、良き法曹の教育という目的のため、出身大学にとらわれないで、法曹を目指す者に広く門戸が解放され、自由に法曹教育を受ける機会が与えられる点で、最も理想的であることは明らかである。

         ただ、法曹三者が積極的に関与するとしてもロースクール教育の担い手の中心は大学の教員と考えられること、大学にはロースクール教育に必要な物的設備があること、大学外に設置した場合、ロークスクール教育にふさわしい大学教授の確保が極めて難しいこと、特に学問の研究を目的とせず、且つ、身分保証が十分でないロースクールに、大学教授を得ることが難しいこと、ロースクール構想は大学教育の復権を一つの大きな目的とし、大学内に設置することを前提に議論が進んでいることを考えると、外部設置案によるロースクールの設立は、相当困難な要因があると思われる。

         よって、私達は外部設置案を第1の選択としつつも、各大学の要望、事情も考慮に入れて柔軟に対処し、ロースクールの実現を計るべきと考える。

         なお、仮に大学内にロースクールを設置する場合でも、弊害を最小限に食い止め、理想に近づけるために、ロースクールが設置大学の学部教育から独立して設置されるべきであることは、先に述べた通りである。


    2. 司法試験との関係


         ロースクール卒業者から法曹不適格者を排除するために、司法試験は残す必要があると考える。但し、司法試験受験生はロースクール卒業者となるため、試験内容は大幅な変更を要する。また、一回の試験だけではなくロースクールでの成績も合否判断の要素とすべきである。

         なお、ロースクールにおいてあるべき法曹養成制度を目指すのであるから、ロースクール卒業を司法試験の受験資格とすべきである。しかしながら、現在の司法試験制度の合格を目指す受験生が相当数あること、他学部、他分野からロースクールへの入学がどの程度できるか未知数の部分があることから、ロースクール制度が定着するまでの間、現行の司法試験制度による合格枠を一定数残す必要があろう。


    3. 従来の司法修習との関係


         ロースクール構想と法曹一元制度が順調に発展すれば司法試験に合格し、ロースクールを卒業後は、特別な研修所教育を行う必要はなく、研修弁護士制度を導入し、弁護士の実務をしながら研修をするシステムがふさわしい。必要に応じてこの中で、裁判実務、検察実務の修習を行なえば足りると思われる。


    4. ロースクールへの入学資格


         ロースクール構想の一つの特色は、法学部出身者だけではなく、法曹に多彩な人材を確保できることである。法曹全体が発展するためには、法学部以外の学生や、別の分野で優れた能力を有する者を法曹として迎え入れることが必要である。

         よって、ロースクール入学の選考方法は、法学部出身者以外の者も入学できるものとしなければならない。

         また、色々な事情で大学に行けなかった人達にもロースクールは開かれるべきである。    それゆえ、ロースクールの入学試験を受験できる資格試験を考えるべきである。


    5. ロースクールの期間


         ロースクールにおいて、法曹としての基礎的な能力についての教育を受け、人権感覚や倫理観を研くためには、相当の教育実施機関が必要とされると思われる。各種のロースクール構想における教育期間については、2年とするものが多いが、我々の実体験からすれば、いかに基本的事項に限定するとしても、その教育期間は少なくとも3年は必要と考えるものである。


    6. 奨学金制度の充実


         ロースクールの入学者は、大学卒業後入学するものが大多数であり、中には一旦社会人になってから入学する者もいるわけであるから、その生活保障は極めて重要である。

         そのため、有能な人材を得るためには高額の奨学金制度の充実が是非必要である。アメリカにおけるロースクール生の実情も考慮し、生活資金の貸与や、学費免除等の工夫が必要である。




        
                                    




2000年(平成12年)8月22日

京都弁護士会

会長    三  浦  正  毅

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