「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針」を抜本的に見直すことを求める会長声明(2013年10月17日)



1  本年10月11日、政府は、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(略称「原発事故子ども・被災者支援法」。以下「支援法」という。)について、復興庁が定めた「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針」(以下「本基本方針」という。)を閣議決定した。
しかし、本基本方針は後述するように支援法の基本理念や趣旨に反する問題点を多く有している。そこで、本基本方針の有する問題点を以下に指摘するとともに、これを抜本的に見直すことを政府に対して求めるものである。

2  まず、本基本方針は策定過程に問題がある。すなわち、支援法第5条第3項は、政府が基本方針を策定しようとするときは、あらかじめ、その内容に東京電力原子力事故の影響を受けた地域の住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させるために必要な措置を講じるよう明記しているが、復興庁は、事前に公聴会の開催等の措置を講ずることなく、本年8月30日に本基本方針の原案を公表し、公表当初はわずか2週間(本年8月30日から9月13日)という極めて短期間の意見募集(パブリックコメント)を行おうとした。また、復興庁は、「基本方針案」についての説明会を本年9月11日に福島市で、同月13日に東京都江東区で開催したが、説明会開催の告知がなされたのは各開催日のわずか1週間前であった。
復興庁は後に、意見募集の締め切りを本年9月23日まで延長した。しかし、日本全国に避難した被災者らに対する説明会の開催、周知のための期間、そして何より、支援法において基本方針が持つ重要性に鑑みれば、本基本方針に対して被災者の意見を反映させる措置としては極めて不十分であった。意見募集の期間は最短でも2か月間は必要であり、復興庁は再度の意見募集を実施するべきであった。
  また、説明会についても、多くの被災者が生活している福島県内での開催が1回限りというのは余りに限定的であり、さらに全国各地に避難者がいる状況を考えれば、それ以外の各地でも開催して、より多くの被災者からの直接の意見聴取を行うべきであった。本年9月30日現在、京都府内の公営住宅で受け入れをしている避難者は、福島県からの避難者だけを見ても188世帯499人もの多数に達しており、復興庁は、京都府内においても説明会を開催し、避難者らの意見聴取をするべきであった。しかし、政府はかかる措置を講じないまま、上記のとおり本年10月11日に本基本方針の閣議決定を行ったものであり、これでは、被災者の「意見を反映させるために必要な措置」を講じたとは到底言えない。

3  次に、本基本方針は、支援対象とする地域の設定の仕方に大きな問題がある。本基本方針は、「支援対象地域」を福島県中通り・浜通り(避難指示区域を除く)の33市町村のみを対象としているが、事故による放射能汚染は、福島県中通り・浜通りに限られず、より広範な範囲に広がっており、本基本方針が定める「支援対象地域」の範囲では狭きに失する。しかも、本基本方針では、「支援対象地域」のみを支援対象とする施策は一つもなく、「支援対象地域」を定める意味そのものが骨抜きにされている。さらに、本基本方針が掲げる「準支援対象地域」については、その範囲が不明確であり、行政の恣意により支援の対象となる地域が縮減されるおそれがある。
    支援法は全会一致で成立した法律であるが、その制定時の国会答弁では福島県外も「支援対象地域」となるとされていた。また、支援法第8条第1項は、「支援対象地域」を「その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域」と定義している。それにもかかわらず、本基本方針は支援法における「支援対象地域」の定義を無視して放射線量を基準とせず、「支援対象地域」を福島県内の一部という、あまりに狭い範囲に限定しているのである。このように本基本方針の「支援対象地域」の設定の仕方は、立法者の意思に反しており、抜本的な見直しを免れ得ない。
従って、本基本方針は、「支援対象地域」につき、同法の定義に従い一定の放射線量を基準として設定し直すべきである。具体的には、2011年(平成23年)3月11日以降の1年間の追加被ばく線量が国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の一般公衆の被ばく限度量である年間1ミリシーベルトを超えることが推定される全地域及び福島県の全域を「支援対象地域」とし、「支援対象地域」の住民には、避難の権利を実質的に保障するための必要な支援施策を実施するべきである。

4  続いて、本基本方針が定める施策では避難者の生活支援に不十分である。本基本方針の中には、福島県外への避難者に対する、民間団体を活用した情報提供や相談対応、福島県外も対象とした自然体験の拡充等、評価すべき施策も存在する。
  しかし、本基本方針の被災者生活支援等施策は、その多くが既存施策の寄せ集めに過ぎない。また、居住者や帰還者に対する支援施策に偏っており、避難者に対する新規の具体的な施策は3件にとどまっている。これでは、被災者が居住継続、避難及び帰還のいずれを選択したとしても等しく支援するという支援法第2条第2項の基本理念に則ったということはできない。特に、避難先住宅の確保に関し、当会は、2012年(平成24年)2月21日、「東日本大震災の被災者に対する公営住宅の無償支援期間をさらに延長することを求める会長声明」 を発し、京都府及び京都府内の各自治体に対し、東日本大震災の被災者に対する公営住宅の無償支援期間をより長期なものとするよう求めた。しかし、現状では公営住宅の無償支援期間が入居後3年から入居後4年に延長された状態であるに過ぎず、本基本方針においても震災から4年が経過する2015年(平成27年)4月以降については 「代替的な住宅の確保等の状況を踏まえて適切に対応」すると言及されているだけであり、避難者らは来年3月以降、公営住宅の無償支援期間が1年以内に満了することの不安にさらされることとなる。避難を選択した被災者を支援する観点から、本基本方針には、地方公共団体の行う公営住宅の無償支援期間を、より長期間にわたって延長する措置を講じるよう定めるべきである。
  また、本基本方針では、被災者にとって最も切実で重要な健康・医療関係の施策が先送りとされている。福島県の県民健康管理調査や調査結果に基づく二次検査などについて、県外避難者は、福島県で検査を受ける場合は交通費が支給されず、避難先で検査を受ける場合には医療費の一部負担を強いられている。全ての避難者に対して、予防原則に基づいた無料での検査の実施と検査結果の本人への情報開示が行われるべきである。
  さらに、本基本方針は、支援法第9条が規定する「子どもの移動先における学習等の支援に関する施策」について、福島・岩手・宮城の3県以外に避難した子どもたちに対する具体的支援策に乏しい。全国に避難した子どもたちに対し十分な学習支援が必要である。
  加えて、支援法の確実な実施のためには、政府に外部委員を含む常設の諮問機関を設け、公開の場で支援法の実施のために継続的な協議を行うことのできる体制を確立することが必要である。

5  東日本大震災の発生からはや2年6か月を経過したが、汚染水漏えいの問題など、原発事故の収束にはほど遠く、被災者は、いつ終わるとも知れない避難生活や内部被ばく等の不安と向き合いながら暮らしている。
被災者、避難者が安心できる生活と将来への希望を取り戻すためには、真の意味で支援法の基本理念に則った基本方針が策定され、それに基づいた施策が実施されることが不可欠である。そこで当会は、政府に対し、本基本方針を抜本的に見直すことを求めるものである。

2013年(平成25年)10月17日

京  都  弁  護  士  会

会長  藤  井  正  大
      

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