秋の夜長に


  弁護士の三澤信吾です。今年の夏はいつまでも酷暑が続きましたが、この文章が掲載される頃には、涼しくなっているでしょうか。さて、私が、最近読んだ本の中で、印象に残った本をあげます。秋の夜長に、ページをめくって見られてはいかがでしょうか。

○朔立木『死亡推定時刻』光文社文庫
  無実の青年小林昭二は、当局の強引な捜査により誘拐殺人犯に仕立てられ、起訴されてしまいます。控訴審から国選弁護人になった川井倫明は、小林の冤罪を晴らすべく奔走すします。さて、小林の冤罪は晴れるのか。
  長編小説ながら淡々とした記述でとても読みやすいですが、その中にも著者の刑事事件に対するあつい思いがこめられた、本格的冤罪ドラマです。
  本書を読むと、冤罪を取り巻く問題について、いろいろと考えさせられます。現在冤罪事件と疑われている事件はたくさんありますが、それらすらも氷山の一角かもしれないと思うと背筋がぞっとします。
  なお、作者は、現役の法律家とされていますが、かなりの刑事弁護の経験をもった弁護士と思われます。若手弁護士が読んでも参考になる部分がたくさんあると思います。

  ○ザックリンチ著・杉本詠美訳・石浦章一監修『ニューロ・ウォーズ』-脳が操作される世界-(イーストプレス)
  本書は、先端脳科学が、社会、裁判、広告、金融、芸術、宗教、戦争に及ぼす影響を論じた本ですが、実際に書かれている内容は、監修者の石浦教授が記されているように科学界で権威ある「Nature」誌や「Science」誌に掲載され、研究者の間で話題になったものばかりだそうです。「神経法学」という章では、その前半に、アメリカではニューロサイエンスを応用した嘘発見器の開発にしのぎが削られており、またこれをビジネスチャンスとして競争がなされている様子が書かれています。もっとも、いまだ信頼できる嘘発見器は登場していないとのことです。後半は、アメリカでは元最高裁判事も参加して、脳に器質的障害がある犯罪者について法制度のあり方等が検討されていることや脳科学の惹き起こしうる問題について問題提起がなされています。
  脳科学は、DNA分析がそうであったように、いずれ、捜査や裁判を変えていくことになるでしょう。特に、刑事法の分野では、脳の器質的障害かどうかが容易に判断できるようになるとすると、心神喪失・心神耗弱の基準も再検討されることになるのではないでしょうか。
  しかし、そうであるとしても、リンチ氏も指摘するように、「新しい」「科学的方法」は、往々にして安易に信頼されてしまいがちです。ここに大きな落とし穴があることを見落としてはいけないと思います。


三澤  信吾(2010年10月25日記)


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