意見書

「世界遺産内における開発行為等に対する意見書」(2014年5月15日)


2014年(平成26年)5月15日

京都市長  門  川  大  作  殿


京  都  弁  護  士  会

会長  松  枝  尚  哉



世界遺産内における開発行為等に対する意見書



意見の趣旨


1  京都市は、世界文化遺産「古都京都の文化財」の各登録資産のうち慈照寺及び醍醐寺(以下「本件登録資産」という。)を保護するため、本件登録資産の緩衝地帯(バッファゾーン、以下「バッファゾーン」という。)内において、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(以下「古都保存法」という。)の定める歴史的風土特別保存地区の指定を拡大するよう、国土交通大臣に対して意見の申出をすべきである。
2  京都市は、慈照寺のバッファゾーン内北白川疎水右岸(東側)において、既に宅地化されている等の理由で上記歴史的風土特別保存地区の指定ができない地域については、京都市風致地区条例(以下「風致地区条例」という。)における風致地区の指定を拡大すべきである。
3  京都市は、本件登録資産バッファゾーン内において既に風致地区の指定を受けている地域についてはその種別を強化し、かつ特別修景地域の指定を行うべきである。
4  京都市は、本件登録資産のバッファゾーン内の特別修景地域において、建ぺい率、緑地の規模その他規制の緩和を廃止し、形態意匠等の基準において規定されている既存樹木の保全を徹底すべきである。
5  京都市は、「古都京都の文化財」の各登録資産について、バッファゾーンの存在、区域及び範囲について、広く市民に周知すべきである。


意見の理由


1  「古都京都の文化財」の世界遺産登録及び本意見書作成の経緯
我が国が1992年6月に批准した世界遺産条約(1972年ユネスコ総会にて採択)に基づき、1994年12月、京都市,宇治市及び大津市に所在する17カ所の文化遺産が、「古都京都の文化財」の名称で世界遺産に登録された。
本年、「古都京都の文化財」が登録20周年を迎えることを契機とし、京都市は「歴史的景観保全に関する検証事業」の実施を決定した。
他方、当会に対しては、「古都京都の文化財」のうち、2008年9月に醍醐寺付近住民から、また、2014年2月には慈照寺付近住民から、バッファゾーン内における開発により登録資産周辺の景観が破壊され、緑地が減少し、土砂災害の危険が発生しているゆえ調査の申入れがなされている。
そこで、当会は、本件登録資産及びバッファゾーンの保全状況について、数度にわたる現地見分及び京都市からの事情聴取等調査を実施した。

2  我が国の世界遺産条約上の責務
我が国は、世界遺産条約に基づき、全世界に対し、世界遺産の保護及び保存に当たらなければならない義務を負っている(同条約4条ないし6条)。
そして、上記義務等の履行を確保するための作業指針は、「(登録)資産を保護するために必要な場合には、適切に緩衝地帯(バッファゾーン)を設置すること」(指針103項)とし、「設定された緩衝地帯が当該資産をどのように保護するのかについてのわかりやすい説明もあわせて示すこと」(指針105項)等バッファゾーンに関する定めをおいている。
バッファゾーンは、登録された世界遺産本体を、物理的、社会的、文化的に保護する役割を果たす重要な意義と役割を有しており、この保存管理なくして、遺産本体は保護し得ない。
「古都京都の文化財」についてもそれぞれバッファゾーンが設置され、世界遺産登録推薦の際、「法的事項(②)法的保護状況」において、「登録資産緩衝地帯、及び歴史的環境調整区域は、都市計画関係の法律、条例等によっても保護されている。」とし、バッファゾーンについて開発規制がなされていることを世界に対して明言した。
なお、2004年以降、世界遺産登録の新規申請に際しては、バッファゾーンの保存管理計画の提出が求められるようになり、2008年以降は、既に登録された遺産に関しても上記保存管理計画の提出が求められている。しかし、「古都京都の文化財」については未だ提出されていない。
2014年12月に「古都京都の文化財」が登録20周年を迎えるにあたり、京都市は速やかに保存管理計画を策定し、適切な保存管理を実行すべきである。
しかるに、以下に述べるとおり、本件登録資産のバッファゾーンにおいては、保存管理が十分ではなく、乱開発が進められつつある。

3  本件登録資産バッファゾーンにおける開発行為
郊外の辺縁緑地に位置する登録資産については、市街地に位置する場合に比べ、一層、周囲の風景、特に緑地等の自然風景と一体をなしたものとして、その歴史的ないし文化的な価値についての評価がなされる傾向が強い。
したがって、バッファゾーン内の緑地を保護する必要性は極めて高く、樹木伐採等の開発行為は差し控えられるべきである。
この点、京都市では、世界遺産登録後の2001年、慈照寺(銀閣寺)周辺の半鐘山において、バッファゾーン内を含む地域の開発許可がなされ、当時のユネスコ世界遺産センター所長バンダリン氏が、「バッファゾーン内で開発許可が出された事実に対し、驚愕せざるを得ない。」と表明した。この表明により、上記開発許可が国内外を問わず問題視され、開発地域の縮小や周囲の樹木を復元するといった形で、一定の解決が図られた。
ところが、京都市は、かかる過去の教訓に学ぶことなく、以下の問題が起きている。
①  京都市伏見区醍醐北端山25番5外(以下「本件①」という。)について
本件①は、醍醐寺登録資産の真北に位置し、風致地区条例によって風致地区2種に指定されている。また、その南側半分は、歴史的風土保存区域に指定され、さらに京都市保有の地図によれば、醍醐寺のバッファゾーンでもある。
ところが、2006年、上記バッファゾーンを含む土地について宅地開発工事が着手され、しかも、翌年4月には開発業者の破産ゆえに工事が中止され、現地は原状回復等がなされないまま放置されている。
その後、2007年9月、本件①を含む醍醐寺北側が特別修景地域として指定を受けたものの、建ぺい率及び緑地の規模等について緩和措置がとられた。
特別修景地区においては既存樹木等の伐採等が制限されるが、当該地区については、前記宅地開発行為によって既に樹木は伐採されており、保存すべき「既存樹木」は存在しない。結局のところ、建ぺい率等に関する規制の緩和だけがなされたのみである。
②  京都市左京区浄土寺南田町159番1(ニチレイ保養所跡地。以下「本件②」という。)について
本件②は、敷地北東部分が風致地区3種、特別修景地域として指定されており、西側は岸辺型美観地区に、南東側が山麓型美観地区に指定されている。さらに、全域が慈照寺のバッファゾーンに指定されている。
2013年、本件②に関して新たな開発計画が持ち上がり、既存建物が解体された際、「既存樹木を全部伐採する」との説明がなされた。
そのため、隣接する法然院、そして多数の地元住民から、景観への影響や緑地の減少、土砂災害の危険に対する懸念ゆえに開発行為に対する反対の声が上がった。
現在は、土地所有者と京都市の間において、開発許可に向けた協議が継続しているが、地元住民は、バッファゾーン内であることを無視して開発行為がなされることに対し、強い懸念を示している。
このように、本件登録資産については、登録に際し、全世界に対して「登録資産緩衝地帯、及び歴史的環境調整区域は、都市計画関係の法律、条例等によっても保護されている」と明言がなされたものの、現実には適切には保護されていない。

4  具体的な対策
      かかる異常な事態を解消するために以下の対策を講じるべきである。
(1)歴史的風土特別保存地域の指定拡大
本件登録資産のように辺縁緑地に位置する世界遺産周辺は、いわゆる開発圧力が高い。
バッファゾーン内の改変行為を抑制するためには、現状維持を原則とする凍結型保存が有効であるところ、このような凍結型保存の制度として古都保存法に基づく歴史的風土特別保存地区の指定制度がある。
古都保存法は、「古都における自然的環境と一体をなして伝統と文化を具現し、形成している土地を保存する」という目的を実現するために上記指定制度を設けている。世界遺産登録制度の目的も、上記の目的と合致するところがあることからすれば、本件登録資産保護のために、歴史的風土特別保存地区の指定を進めることは理に適っている。
(2)風致地区の指定拡大及び規制強化
既に、宅地化されている地域については、(1)の方法をとることは困難である。歴史的風土特別保存地区の指定は、自然的環境を対象としており、登録資産そのもの及びその周辺の樹林地に適用されるのが原則だからである。
そこで、既に宅地化された地域については、風致地区条例に基づき風致地区に指定するなどして、バッファゾーンに配慮した開発制限を課すべきである。
たとえば、慈照寺については、北白川疎水右岸(東側)のうち、岸辺型美観地区よりも山側の部分は緑地が残っている。
しかし、この緑地部分の一部は、歴史的風土特別保存地区及び風致地区に指定されておらず、形態意匠のみを規制する山麓型美観地区に指定されているにすぎず、開発を制限するには不十分である。
これらの地域について建ぺい率及び緑地の規模等に関する規制を課せるよう、積極的に風致地区指定等を行うべきである。
(3)風致地区の規制強化
さらに、本件登録資産バッファゾーン内においてすでに風致地区に指定されている地域においては、バッファゾーンとして役割を果たすため、より規制を強化し登録資産の保護を図るべきである。
具体的には、風致地区の種別を強化し、また特別修景地域に指定されていない地域についてはこれを指定すべきである。
(4)風致地区特別修景地域における規制緩和の撤廃及び既存樹木保全の徹底
次に、本件登録資産のバッファゾーン内の風致地区は、特別修景地域に指定されているが、他の地域と同様に、建ぺい率や緑地の規模等に関する規制が緩和されている。
しかし、少なくとも、世界遺産のバッファゾーン内では規制を緩和すべき理由はない。
また、京都市は、風致地区条例における「特別修景地域内に適用する許可基準」第7条に規定されたて既存樹木の保存について、周辺との調和がなされていれば一度伐採をしたうえで新たな樹木の植樹を認める解釈を行っている。
しかしながら、京都市の「京都市風致地区条例による許可基準の解釈と運用」では、既存樹木の保全(保存)について、「歴史景観を構成する重要な要素となっている既存樹木を伐採せずに残していこうという趣旨」であるとしており、あくまで既存樹木の伐採を禁止するものであるから植え直しも原則的に否定すべきものである。このことは、景観の維持及び災害の防止の必要性の高いバッファゾーン内では、より徹底されるべきである。
(5)バッファゾーンの存在、区域及び範囲の周知
本件①をはじめとし、バッファゾーン内の土地を取得した事業者が土地の開発を行おうとしたところ、バッファゾーン内であることを理由として住民らから激しい抗議を受け、紛争となるケースが後を絶たない。
これは、土地取得の際に、当該土地が登録資産のバッファゾーン内に位置する事実が明確に意識されていないことによるものと考えらえる。
そこで、京都市では、このような紛争を未然に防ぐためにも登録資産のバッファゾーン区域について京都市民に対し、周知徹底を行うべきである。
この点、京都市は、当会の聴取に対し、バッファゾーンの正確な位置を記した図面を残しておらず、また、どのような根拠でバッファゾーンの区域が決められたかについても、記録が残っていないことを認めた。
このような京都市の態度自体がバッファゾーンを軽視するものであり、今後のさらなる紛争を回避するために、即時あらためられるべきである。
そこで、京都市は、上記市民への周知徹底を図る前提として、まず、バッファゾーンの正確な位置を再確認すべきである。
特に、京都市は、平成26年度の予算として「歴史的景観の保全に関する検証事業」を盛り込んでいるところであり、当該事業においてバッファゾーンの位置の特定も併せて行い、そのうえで市民に対して周知するべきである。

5  結論
  以上のとおりであるから、当会は、意見の趣旨記載のとおりの意見を述べるものである。なお、本意見書は、当会に調査の申入れがなされた登録資産のみを対象としているが、他の登録資産においてもバッファゾーン内の開発規制について強化する方向での見直しを進めるべきことは言うまでもない。

以  上


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