「法制審議会新時代の刑事司法特別部会の審議につき、冤罪事件根絶の原点に立ち戻った取りまとめを求める会長声明」(2014年6月5日)


法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)において、2014年(平成26年)4月30日付「事務当局試案」(以下「試案」という。)が公表された。
特別部会の審議は、郵便不正事件における捜査機関の証拠ねつ造事件や、捜査機関による自白強要が行われた多くの冤罪事件の発覚を受け、取調べを中心とする従来の刑事司法実務のあり方に対して、根本的な反省が求められたことから始まったものである。特別部会に期待されていた役割は、冤罪事件を根絶するため、取調べの可視化など根本的な改革を提言することであった。
しかし、今回の試案は、主な問題だけでも、以下のとおり、取調べの可視化や証拠開示などは限定的なものに止める一方、盗聴(通信傍受)の大幅拡大、被告人の虚偽供述禁止規定など、捜査機関の見立てどおりの有罪認定を容易にする提言が大幅に盛り込まれており、全体として警察・検察の意向を強く反映する案と化している。そこには、多くの冤罪事件等の反省を見ることができず、改革の原点から遠く離れたものと言わざるを得ない。

1  限定的な取調べの可視化
    試案では、取調べの可視化の対象事件の範囲を、裁判員制度対象事件とするA案と、これに加え、全ての身体拘束事件における検察官取調べとするB案が示されている。しかし、裁判員制度対象事件は全体のわずか2%であり、取調べの大半は警察官によって行われるのであるから、いずれの案でも取調べの大部分は可視化されないことになる。
また、「被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」などの例外規定は、捜査機関の判断で可視化しないことを認めるものである。
加えて、試案では、自白調書の任意性を立証するため、当該調書が作成された取調べの録音・録画媒体のみの証拠調べ請求を検察官に義務づけることが提言されているが、自白に至った過程が対象外となるのでは違法・不当な取調ベの抑制はできないし、可視化の目的を「検察官のための立証手段確保」に矮小化するものでしかない。

2  限定的な証拠開示制度
    試案では、「証拠の一覧表の交付」が示されているが、証拠の内容を理解できるものであるはずもなく、現行の段階的・限定的な証拠開示制度の修正にすぎない。全面的な証拠開示制度は検討から除外されており、再審における証拠開示制度にも言及されていない。被告人に有利な証拠を捜査機関が独占的に支配し続けることを許す限り、冤罪事件の根絶は不可能である。

3  盗聴のなし崩し的な拡大と手続の緩和
    犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(通信傍受法)は、対象事件を組織的殺人等に限って捜査手段としての盗聴を認めているが、試案では、これを窃盗や詐欺等といった通常の犯罪類型にまで大幅に拡大した上、通信事業者等による立会・封印等の措置を不要とすることが示されている。
    しかし、現行の通信傍受法が対象犯罪を限定し、立会・封印等の措置を要求するのは、立法当時、通信の秘密等に対する重大な制約として違憲の疑いが強く指摘されたからであった。この歯止めを「通信傍受の合理化・効率化」と称して緩和するならば、もはや同法に対する違憲の疑いは拭い難いものになる。また、捜査機関の求める犯罪類型への盗聴の拡大を認めるならば、将来さらなる拡大への歯止めは失われ、新設が検討されている共謀罪などを盗聴の対象とする要求にすらつながりかねない。

4  被告人の防御権・黙秘権を侵害する虚偽供述禁止規定
    試案は、刑事訴訟法の被告人質問の条文に、「被告人は、虚偽の事実の供述をしてはならない」との規定を加えるものとしている。
    一見、当然のことであるかのように提言されているが、誰が何を基準に「虚偽」を判断するのか不明であり、被告人の適切な防御を困難にするものである。自ら真実と信じることを主張しても、意図的に虚偽を述べたと評価される危険があるし、黙秘権を行使しても「否認すると虚偽になるから黙秘するのだろう」という不利な評価を受ける危険があるからである。

  当会は、憲法及び刑事訴訟法の求める適正手続保障の趣旨を徹底し、冤罪事件の根絶を希求する立場から、2013年(平成25年)9月26日付「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、冤罪事件の根絶のための審議を求める意見書」等により、特別部会が冤罪事件の根絶に資する制度の検討という原点に立ち戻った審議を行うよう、繰り返し求めてきたところである。しかし、今回の試案は、依然としてこの原点から逸脱しており、捜査機関による取調べを中心とする従来の実務を温存・拡大しようとするものとなっている。このままでは冤罪事件の根絶がさらに遠のくことを、当会は強く懸念する。
  そこで、特別部会に対し、改革の原点に立ち戻り、盗聴の拡大など捜査機関の求めに応じた方策は除外した上で、全事件での取調ベの可視化や全面的証拠開示制度など、冤罪事件根絶のための徹底した方策の提言を内容とする取りまとめを行うことにより、本来の役割を果たすことをあらためて求める。

  2014年(平成26年)6月4日

京  都  弁  護  士  会

会長  松  枝  尚  哉


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