「安全保障を巡る憲法問題と立憲主義の危機に関する会長声明」(2014年6月10日)


1  はじめに
  2014年(平成26年)5月15日,安倍首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」という。)は報告書(以下「本報告書」という。)を提出し,首相は,同日の記者会見において,集団的自衛権の限定的な行使を容認する方向性を示し,必要であれば憲法解釈変更についての閣議決定を行うと述べている。
しかしながら,集団的自衛権の必要性を巡る議論には誤導が存在する上,集団的自衛権を容認する「解釈改憲」を行うことには立憲主義の見地から重大な問題がある。

2  集団的自衛権の必要性に関する誤導
  集団的自衛権は,自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもって阻止する国際法上の権利と定義されている。この権利は,その定義から明らかなように,①我が国への直接攻撃が存在しないこと,②攻撃される外国が我が国と「密接な関係」にあること,③国やそれに準ずる組織による武力攻撃があることを前提とした上で,④我が国による「実力行使」を問題にする概念である。したがって,①我が国への「直接攻撃」に至らない脅威への対処の必要性,②「我が国と『密接な関係』にある」外国に限らない,一般的な世界平和への攻撃ないし脅威への対処の必要性,③テロやサイバー攻撃のような「国やそれに準ずる組織」に当たらない集団からの武力行使,または「武力行使」に至らない攻撃への対処の必要性,あるいは,④実力行使に当たらない支援(基地提供などの便宜供与)の必要性によっては,集団的自衛権の行使の必要性を基礎づけることはできない。
  しかるに,本報告書に記載された事例は,集団的自衛権によらなくとも対処が可能なものや,集団的自衛権とは直接関係のないものが多数含まれている。こうした事例を挙げた上,安保法制懇が当該事例において採るべきと考える具体的行動を先に定めてから憲法をその妨げにならないよう解釈し,その延長線上に集団的自衛権の必要性を根拠づけるやり方は,国民を誤導するものと言わざるを得ない。これは,集団的自衛権容認を限定的とするか全面的とするかにかかわらず,不適切なものである。

3  立憲主義の危機
  次に,限定的とはいえ,集団的自衛権を容認するための憲法解釈として,本報告書は,憲法9条2項を,我が国が当事者となる「国際紛争を解決する手段」としての戦力を放棄したものと解釈し,「個別的又は集団的を問わず自衛のための実力の保持やいわゆる国際貢献のための実力の保持は禁止されていないと解すべきである。」とする。このような解釈は,過去に学説上も主張されたことがあるが,憲法9条2項の存在意義を失わせるとして,ほとんど支持されてこなかったものである。それゆえ,歴代政府も,同項の規範的拘束力を認め,これを,自衛権行使の範囲を必要最小限度に制限するものと理解してきた。具体的には,自衛権行使について,①我が国に対する急迫不正の侵害があること,すなわち武力攻撃が発生したこと,②これを排除するために他の適当な手段がないこと,③必要最小限度の実力行使にとどまるべきことという限界を定めたものと理解し,集団的自衛権はおよそ①の要件を満たすことがないとして,これを否定してきた。
  しかるに,本報告書のような解釈の変更が認められるとすれば,それは,従来の政府解釈が持っていた憲法9条2項の規範的拘束力を失わせることになり,従来なされてきた解釈の変更とは全く異質の変更を認めることになる。これは政府による憲法9条2項の廃止にほかならない。政府による憲法の廃止は,憲法による国家権力の制限という立憲主義の原則からは,絶対に認めてはならないものである。その意味で,これは立憲主義の危機である。

4  最後に
  このように,本報告書は,国民を誤導する議論により,憲法9条2項の廃止に等しい解釈変更を試みるものであり,立憲主義に危機をもたらすものである。安倍首相及び政府がこのような方向性を是とするということは,国家権力によって,立憲主義が破壊されようとしているということである。立憲主義の破壊は,これを大原則とする日本という国家の破壊に等しい。つまり,憲法9条2項の廃止に等しい解釈改憲を認めてしまえば,我が国は,外敵ではなく,国家権力によって破壊されることになる。このような事態は到底容認できないものである。
したがって,政府による解釈改憲の動きに対し強く反対する次第である。


      2014年(平成26年)6月10日

京  都  弁  護  士  会

会長  松  枝  尚  哉


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