柴犬


「かわいい子ですね、柴犬みたいで。」
「柴犬によく似た犬やね。」

周囲から認められているように、かわいい彼は、散歩中声を掛けられることがよくあった。
しかし、彼は「柴犬みたい」な犬ではない。血統書つきの両親から産まれたまさに「柴犬」そのものである。

私が小学校3年生の頃、従兄弟の家にいた美人で気位の高い彼の母が、3匹の赤ちゃんを産んだ。2匹は、彼女似の整った顔立ちをしていたが、彼は残念ながら彼女には全く似ていなかった。しかし、私は彼に一目惚れをし、彼を弟分として我が家に迎えた。

彼はすくすくすくすく成長し、あっという間に彼の両親よりも大きくなった。彼は、一般的な柴犬より2周りほど大きく、強健な足腰を誇っていた。
彼は、一日1時間以上の散歩を当然の権利として主張し、ダッシュで駆け回ることを好んだ。そして、散歩の後にお腹いっぱいご飯を食べることを、彼は何よりも好んだ。
たまに彼は、もう散歩に行ったにもかかわらず、散歩に行った人と違う家族を見つけては、「今日はまだ散歩に行っていませんが?」という顔で散歩を要求し、二度目の散歩の後、二度目のご飯をちゃっかり食べることも多々あった。

そんな彼は、毎日の散歩では飽き足らないのか、隙を見つけては大脱走をすることがたまにあった。彼の捜索は昼夜を問わず連日繰り広げられたが、どこまでも田んぼと自然が広がる村での捜索は困難を極めた。脱走から一週間後、近所の家で飼い犬のようにご飯をいただいている彼を見つけたときは、まさに首根っこをつかんで連れて帰ったものである。

彼の散歩好きは、おじいちゃんになっても変わることはなかったが、散歩以外の大半の時間を寝て過ごすようになった。お気に入りのストーブの前で熟睡し、寝起きに「喉が渇いた」と水を要求したり、しっぽを焦げ臭くしたりしたこともあった。

家族の中で彼は私と最も仲がよく、私にとっても家族の思い出の中心にはいつも彼がいる。私は彼と二度と会うことはできなくなり、ふと寂しくなることもあるが、子ども時代を彼と過ごすことができた私はとても幸せだと思う。

いつかまた、彼のような柴犬と過ごしたい。

八木  康介(2014年7月22日記)


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