京都市市民参加推進計画(素案)に対する意見書(2001年10月30日)



2001年(平成13年)10月30日
京都市総合企画局
パートナーシップ推進室  御中

京都弁護士会
                                          会  長    福  井  啓  介

京都市市民参加推進計画(素案)に対する意見書


第1.はじめに

1. 京都市が検討を進めている市政への市民参加の問題について、当会は、20
00年(平成12年)7月18日、「市民参加制度の条例化に向けての提言」
(以下、「当会提言」という)を京都市市民参加推進懇話会(以下、「懇話会」
という)に提出した。
次いで、懇話会が同年12月に「提言素案」を公表して市民意見の募集をした
のに対し、当会は、2001年(平成13年)1月24日、「市民参加推進懇話
会提言素案に対する意見書」(以下、「当会意見書」という)を提出した。
懇話会は、同年3月に「市民参加の推進に関する提言」(以下、「懇話会提言」
という)を取りまとめた。
今般、京都市は、懇話会提言を受けて、「京都市市民参加推進計画(素案)」
(以下、「素案」という)を公表し、これに対する市民意見を募集している。当
会は、この意見募集に応じ、本意見書を提出するものである。

2. 素案でも触れられているように、京都市においては、地球温暖化防止京都会議
開催を大きな区切りとして「京のアジェンダ21フォーラム」等の市民と行政の
協働による取組みが進んできている。京都市基本計画等の行政計画策定過程にお
けるパブリックコメントの実施や公開フォーラムの開催、審議会委員の公募や審
議会の公開など、市政に市民意見を反映しようとする取組みも徐々に進んでいる。
そのような中で、市民参加の仕組みづくりが必要であるという認識のもと、懇
話会を設置してその提言を受け、「京都市市民参加推進計画」を策定し、かつ市
民参加推進条例の制定に取り組もうとしている京都市の姿勢は、評価できるもの
である。
素案が、「市民参加の時代」と規定した懇話会提言を受けて、市民参加推進の
基本的方向性として、1.京都の伝統や資源を活かした市民参加の取組みの推進、
2.市政運営の各過程(政策の形成、実施、評価の一連の過程)やまちづくりにお
いて様々な主体が参加できる重畳的な仕組みの用意、3.市民力の向上とその支援
を掲げていることは、基本的に支持できるものである。また、具体的取組みとし
て挙げられている、公開フォーラムなどを通じた市民意見の反映、電子会議室の
設置、市民参加の視点に立った行政評価システムの導入、事前評価を含む公共事
業評価制度の充実、市民参加ガイドラインの作成、市民参加手法開発研究会の設
置、市民の意見や提案がどのように反映されたかが明らかになるような仕組みづ
くり、市民コーディネーター等の養成、NPO活動への支援、市民活動支援セン
ター(仮称)を拠点とした市民活動の推進、情報の提供と公開の促進など、充実
すべき施策が多く含まれている。
一方で、以下に述べるように、市民参加の位置づけや行政の意思決定過程の見
直し等において不十分な点を指摘しなければならない。以下の事項を欠くことに
なれば、行政の意思形成過程に市民が実効的に参加していく「市民参加の時代」
にふさわしい仕組みとは程遠く、決定過程で市民意見聴取の機会が与えられるに
過ぎない「ポーズだけの市民参加」に形骸化してしまう危険性が大きい。
以下の意見が「京都市市民参加推進計画」の内容に反映されることを切望する。
なお、川崎市総合企画局都市政策部発行の平成12年度研究チームA報告書
「分権時代にふさわしい市民参加手続のあり方」(平成13年3月30日発行)
は、行政職員の実践経験を踏まえた市民参加手続に関する労作である。本意見書
作成に当たっては、この文献も参考にしたことを付言する。

第2.市民参加の意義・必要性について

2.  市民の英知と行動力の市政やまちづくりへの反映素案(4頁)は、「市民参加推
進の意義・必要性」として、
1.  市民ニーズを踏まえたより効率的,効果的な市政運営の確立とまちづくりの推進

3.  市民力の伸長と地域社会の活力の充実  
を挙げているが、素案の市民参加の捉え方、意義づけは、次の点で不十分である。

1.市民参加の権利性
市民参加は、市政の円滑な運営や行政目的達成のための便宜ではなく、市民の権利で
ある。このことは、当会提言(2〜4頁)で詳細に述べたとおりである。
懇話会提言(39頁)も、「憲法の保障する地方自治の本旨にのっとり、住民自治の
原則を具現化するための市民の権利として保障されるものである」と述べている。
素案では、このような市民参加を市民の権利として捉える視点・記述が欠落している。
この点、懇話会提言より後退した内容となっているといわざるを得ない。
「市民参加推進の意義・必要性」の中で、市民参加の権利性を明確に記述すべきである。

2.政策形成過程での市民参加の重要性
(1)   懇話会提言を踏まえ、素案においても、政策の『形成、実施、評価』の一連の過
程での市民参加、各過程での市民参加、とりわけ、政策の企画立案など政策形成の
初期段階からの市民参加を確保していくものとされている(4頁、6頁〜)。
このような政策形成過程での市民参加は、市政のあらゆる分野で推進されるべき
である(市民参加のもとで「子どもの権利に関する条例」案づくりを行った川崎市
の取組みなどにも学ぶべきである)が、今日の行政で最も市民参加が求められるの
は、公共事業や大型開発事業など、市民の生活に与える影響が大きく利害が複雑に
対立する分野である。
このような分野における市民参加の必要性について、次の点が指摘できる。
  1.   事業計画を立案する場合、市民ニーズが複雑・多様化した社会では、行政だけ
でその判断を下すことは困難である。「行政は誤らない」という考え方を、「行
政は間違えることがある」という考え方に転換して、より合理的な意思決定をす
るために、市民意見を施策に取り込み、行政の視点だけでは欠落する点を補充す
ることが求められる。
事業を行うかどうかの決定を含む政策形成過程・意思形成過程での十分な市民
参加を確保することにより、多様な利害の調整や市民的な合意形成が可能となる
のである。
  2.   地方政治の重要施策の決定システムの基本は、代表民主制である。しかし、代
表民主制は万能なものではない。
議会は重要な意思決定機関であるが、議会における市民意見の集約システムが
整備されていないこともあって、複雑・多様化した市民の意見を十分に把握・反
映するには限界がある。また、首長や議員の選挙で公約とされたことや争点とな
ったことについては選挙において住民意思が示されたといえようが、それ以外の
ことについては民主的な意思決定がされたとはいい難い。このような代表民主制
の限界を補完する機能が市民参加に求められるのである。
  3.   当会意見書(1〜3頁)で述べたとおり、これまでの京都市における重要な政
策決定の過程を振り返った場合、このような政策形成過程での市民参加は極めて
不十分であった。行政責任の名のもとに行政のほぼ最終的な意思決定をしてから
市民に公表し所要の手続を進めるというこれまでの行政手法を、根本的に見直す
必要がある。
(2)   素案においては、このような意見や利害が分かれる市政の重要課題や公共事業計画
等について、その立案・意思形成の過程での市民参加を、今後十分に確保していくと
いう視点・姿勢が不十分である。「政策の評価」の項(15頁〜)で、公共事業評価
制度に関して、「事業着手前に、その事業の妥当性を評価し、あるいは事業完了後に
その効果を確認する公共事業評価制度の充実を図る」とされているが、意思決定手続
の根本的変革を展望しているものか疑問である。
行政と市民のパートナーシップ型の市民参加も重要であるが、これまで述べたとお
り市民参加の意義はそれに止まるものではない。意見対立が生じるような行政課題に
ついての行政の意思決定の仕組みを根本的に見直して、その過程に市民参加を確保し
ていくという方向性を明確にすべきである。
そして、このような行政の意思決定過程における市民参加の制度化は、市民参加推
進条例での基本原則の規定を受けて、行政手続条例の改正等の条例化により行われ
るべきである。

第3.市民参加推進のための具体的取組みについて

1.パブリックコメント
(1)   懇話会提言では、「市民による代替案を含むパブリックコメントの実施」(必要
に応じて「市民からの提案」を含めることにより、施策選択の幅を広げるとともに、
市民提案の施策への反映を図ることができる)が挙げられていた(懇話会提言28
〜29頁)。素案では、この市民提案を含めるという部分が脱落している。これを
含めるものとすべきである。
(2)   パブリックコメントの対象は、「原則として全ての市政運営の基本的な計画」と
されているが、当会意見書(4頁)で指摘したとおり、重要な条例の条例案も対象
に加えるべきである。

2.「市民提案制度」
懇話会提言では、「行政側から案を公表して市民意見を聞くパブリックコメント制度や意
見聴取だけではなく、市民からの積極的な政策提言を受け入れる制度が求められる」として、
「市民が直接に異議を唱え、代替案を提案できるしくみ」としての「市民提案委員会(仮称)」
の設置が求められていた。これは、当会提言で提案した市民からの政策提言の受け皿制度と
しての「市民政策委員会」への提言・申立制度に通じるものである。
素案では、単に「市民提案制度について検討を進める」という記述になっているが、市民
からの代替案を含む積極的な政策提案を受け入れる制度としての「市民提案委員会(仮称)」
の設置を明記すべきである。

3.住民投票制度
当会は、当会提言、当会意見書において住民投票制度の導入の必要性を述べてきた。
素案では、「平成14年度から制度のあり方について調査研究を始める」としているが、庁
内での検討に止まらず、市民や議会代表も参加する検討機関を設置して、2年程度の期限を設
定して検討すべきである(素案が提案している「市民参加手法開発研究会」の第1テーマとす
ることも考えられる)。

4.行政の施策選択において、市民参加の手法を採用したか否か、またその内容がどうかを施
策選択の判断基準とするような仕組み
懇話会提言(25頁)は、「行政の施策選択において、市民参加の手法を採用したか否か、
またその内容がどうかを施策選択の判断基準とするようなしくみをつくることも求められる」
と提言している。
環境影響評価法は、許認可等の行政処分の審査において、環境影響評価の結果を考慮すべき
ことを規定するいわゆる横断条項を置いている。このような仕組みを参考にして、行政処分以
外の行政の意思決定において、「行政の施策選択において、市民参加の手法を採用したか否か、
またその内容がどうかを施策選択の判断基準とするようなしくみ」を構築することは、市民参
加を実効的なものとするために是非とも検討すべき事項である。
ところが素案では、この事項が脱落している。懇話会提言に沿って、その仕組みづくりの検
討を盛り込むべきである。

5.市民の不服申立手続
前記4の仕組みと合わせて、第三者機関を設置して、市民の申立を受けて行政の市民参加履
践状況を審査し、参加手続が不十分な場合には手続をやり直させるといった仕組みづくりの検
討も必要である。このような市民の不服申立制度の存在こそ、市民参加の権利性を具体化する
ものである。

6.公聴会の改革
    当会意見書(6頁)で指摘したとおり、市民参加の充実策として公聴会の改革を盛り込む
べきである。
現行法上、都市計画法(都市計画審議会)、環境影響評価条例等において、公聴会の手続き
が規定されているが、その運用は、市民が一方的に意見表明し主催者側が聞き置くだけの場に
終わっている実態で、市民参加の理念から考えて極めて不十分である。市原野清掃工場のケー
スのように、環境影響評価手続きで市民から公聴会開催の要求があっても開催されないことも
ある。
    本来、公聴会は、市民の疑問・意見に対し、行政等が資料提出を含めた説明責任を果たすと
ともに、双方向のコミュニケーションを図っていくべき場である。京都市においては、市民参
加の理念に基づき、制度上の公聴会を、対審型を採り入れた実質的に市民意見を反映できるも
のとするよう改革すべきであり、これを計画に盛り込むべきである。

7.行政の意思決定手続における市民参加の条例化
第2−2の「政策形成過程での市民参加の重要性」で述べたとおり、行政の意思決定手続の準
則とこの過程での市民参加手続を、条例で規定すべきである。
    京都市には、他の自治体同様、行政手続法にのっとった行政手続条例がある。現行行政手続
条例は、不利益処分を中心とする行政処分や行政指導の手続を規律するものである。
行政手続法が規律していない行政立法や行政計画の策定手続を、地方自治体が独自に自主立
法(条例)によって規律することは可能である。行政立法や行政計画の策定等の行政の意思決
定手続の準則を、行政手続条例に盛り込むことを検討すべきである。その中で、市民参加手続
として、計画素案の早期公表、市民の代替案提出権の保障(資料提供・専門家派遣などの技術
的援助を含む)、市民意見の聴取や公聴会・協議会の開催、行政の応答・資料提出義務、市民
からの不服申立手続などを規定することを検討すべきである。
    なお、このような手続を、行政手続条例の改正という形式をとらずに、自治基本条例あるい
は行政決定手続における市民参加推進条例という形式で定めることも十分に考えられる。

8.市民参加推進条例制定過程における市民参加
    市民参加推進条例の条例案については、少なくとも議会提案前に行政の素案を公表してパブ
リックコメントを経ることはもちろん、幅広い市民や市会の議員の参加も確保した協議会を設
置して代替案の提案を得るなど、市民参加推進条例の制定過程にふさわしい市民参加を確保す
べきであり、そのことを市民参加推進計画で明確にすべきである。

以  上

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