「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」に対し冤罪根絶の原点に立ち戻った審議を求める会長声明(2015年5月27日)


  2014年(平成26年)9月18日、法制審議会は、法務大臣による諮問第92号に対して「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」を採択・答申した。政府は同答申を踏まえ、2015年(平成27年)3月13日、第189回国会に「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」を提出し、現在審議されている。

  上記法務大臣諮問は、郵便不正事件における捜査機関の証拠ねつ造事件や、捜査機関による自白強要が行われた多くの冤罪事件の発覚という近年の諸事情に鑑み、密室での取調べを中心として、捜査機関の力が刑事司法実務全体に圧倒的な影響を与える構造的問題から冤罪が生じてきたという従来の状況に対して、根本的な反省と改革を求めるものであった。従って、今回の刑事司法制度改革の原点は、捜査の適正を確保し、捜査機関の暴走を抑制して冤罪の根絶に資する方策が求められたことにあり、具体的には取調べの全面的可視化、全面的証拠開示制度など、密室での取調べ中心の実務を抜本的に改める冤罪根絶方策の導入が期待されていた。しかしながら、上記答申は、取調べの可視化や証拠開示などは限定的なものに止める一方、盗聴(通信傍受)の大幅拡大・手続緩和や司法取引などをはじめ、捜査機関の力をさらに強め、その見込みに沿った有罪認定を容易にする方策が大幅に盛り込まれる内容となった。

  その結果、同答申を踏まえた本法案も、一方では限定的ではあるが取調べの可視化を中心とする冤罪防止の趣旨から導かれた方策を含むものの、他方では盗聴をはじめとして捜査機関に更に強大な権限を与えるための方策という、冤罪根絶の趣旨とは性質・方向性を異にする方策を大幅に含み、全体としては捜査機関の意向を強く反映するものとなっている。そこには、捜査機関による密室での取調べ中心の実務が多くの冤罪事件を生み出したことへの反省は読み取れない。本法案がこのまま一体として成立するならば、捜査機関の見込みを追認する有罪認定をさらに容易にさせ、従来の実務の問題点を一層深刻化させる法制を生み出しかねない。そのような、冤罪根絶という改革の原点から遠く離れた結果となることを、当会は容認できない。また、特に盗聴の大幅拡大及び手続の緩和については、通信の秘密、言論の自由、プライバシーといった基本的人権の保障に深刻な危機を招き、国家が市民社会を監視し、その存立の基盤を脅かしかねないことについての重大な懸念もある。

  当会は、2013年(平成25年)9月26日には「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会に対し、冤罪事件の根絶のための審議を求める意見書」、2014年(平成26年)3月6日には「警察・検察の行う全事件の取調べについて、全面的な可視化を求める会長声明」、同年6月5日には「法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会の審議につき、冤罪事件根絶の原点に立ち戻った取りまとめを求める会長声明」、2015年(平成27年)3月5日には「通信傍受法の対象犯罪拡大と手続の緩和に反対する会長声明」を発し、この改革が冤罪根絶という原点に立ち戻ることを繰り返し求めてきた。

  冤罪の根絶は、刑事司法制度がその目的を果たすために不可欠な条件である。そこで、当会は、本法案の国会審議においては、そこに含まれる諸方策につき、冤罪根絶の趣旨に照らして個別に検討し、取調べの可視化や証拠開示制度など、冤罪根絶の実現に必要な方策は一層充実させ、捜査機関の権限拡大方策は本法案から削除する方向での修正を行うなど、慎重な審議の上、改革の原点に立ち戻った法律として可決されることを求める。

  2015年(平成27年)5月27日

京  都  弁  護  士  会

会長  白  浜  徹  朗  

  



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