第1 相続のイロハ

1 「相続」とは何か

⑴ 「相続」とは

被相続人が死亡したときに,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すること。死亡した人のことを「被相続人」,被相続人の権利・義務を承継する人を「相続人」という。 財産はもちろん,負債も引き継がれることに注意が必要。
  • ① 財産 現金,預貯金,株式,不動産等
  • ② 負債 借金,保証債務
その他,賃貸人や賃借人の地位等の一定の法律上の地位も引き継がれる。また,負債の方が多いときは,相続放棄をすることもできる。

(2) 相続の発生時期

相続は,人の死亡により自動的に生じる。
2 相続の流れ
  • ⑴ まずは遺言書の有無を確認する。
  • ⑵ 遺言書がある場合,遺言で指定された人が指定された財産を引き継ぐことになる(「遺言による相続」)。 遺言書がない場合,法律の定める相続人(法定相続人)が法律の定めにより相続し,財産を分ける手続を行うことになる。これを「法定相続」といい,法定相続人が具体的に財産を分ける手続を「遺産分割」という。
  • ⑶ したがって,相続にあたり,まずは遺言書の有無を確認する必要がある。亡くなった方の自宅や金庫,銀行の貸金庫を調査したり,公証人役場に公正証書遺言がないかを照会する(後述)。
3 遺言書がある場合の相続手続
  遺言書がある場合には,死亡と同時に,遺言で指定された人が,遺言で指定された財産を取得する。遺言書の内容に従い,不動産の名義を変更したり,預貯金の払戻し・名義の書換等を行う。 ただし,遺言書が自筆証書遺言の場合は,まずは家庭裁判所で検認の手続(別紙1参照)を行わなければならないことに注意が必要。 なお,遺言の内容が他の法定相続人の遺留分(※1)を侵害し,遺留分減殺請求権を行使された場合には,遺言の内容通りの相続が実現しないこともある。

※1:遺留分を有する相続人は,配偶者・子及びその代襲相続・直系尊属であり,兄弟姉妹及びその代襲者に遺留分はない。

4 遺言書がない場合の相続手続

    ⑴ 遺産分割

    被相続人の死亡と同時に法律による相続(法定相続)が発生し,遺産分割の手続を行うこととなる。遺産分割に期限はないが,遺産分割が成立するまでは,相続人は,法定相続分に応じて遺産を共有することになり,勝手に財産を処分することはできない。

    ⑵ 遺産分割協議

    遺産分割をするにあたっては,まず,相続人間で,誰がどの財産を,どのような割合で取得するかの話し合いを行わなければならない。これを,遺産分割協議という。協議で決められた結果を,遺産分割協議書という書面にまとめる。 協議がまとまらない場合には,家庭裁判所の調停,審判手続を利用する。

    ⑶ 法定相続人は誰か

    遺言書がない場合,被相続人の財産(相続財産)は,法律が定めた相続人(法定相続人)が相続することとなる。法定相続人以外の者は相続できない。したがって,法定相続人が誰かということは極めて重要な事柄となる。 基本的なルールとして,まず,夫,妻といった配偶者は常に相続人となる。また,がいる場合,子も必ず相続人となる。配偶者以外の遺族については,次の通り順位が定められている。
  • 第1順位 子(子を代襲相続する場合の孫・ひ孫)
  • 第2順位 直系尊属(親,祖父母など)
  • 第3順位 兄弟姉妹(兄弟姉妹を代襲相続する場合の甥・姪)
  • ① 子(第1順位)

    子は第1順位なので,被相続人に配偶者と子がいる場合,配偶者と子が相続人となる。 子が先に死亡している場合には,子に代わって,子の子,つまり被相続人の孫が相続人となる。被相続人の孫もすでに死亡している場合には,孫に代わって,孫の子,つまりひ孫が相続人となる。これを代襲相続という。

    ② 直系尊属(第2順位)

    被相続人の直系尊属(親,祖父母)は,被相続人に子(孫,ひ孫)がいない場合にのみ相続人となる。 直系尊属の中では,被相続人に血縁的に一番近い人が相続人となる。したがって,親が健在の場合には親のみが相続人となり,祖父母は,両親双方が死亡している場合に,初めて相続人となる。

    ③ 兄弟姉妹(第3順位)

    被相続人の兄弟姉妹は,被相続人に,子(孫,ひ孫),直系尊属(親,祖父母)がいない場合に初めて,相続人になる。 先に死亡した兄弟姉妹がおり,その兄弟姉妹に子(被相続人から見て甥,姪)がいる場合には,その兄弟姉妹に代わって,兄弟姉妹の子(甥,姪)が代襲相続する。ただし,兄弟姉妹とその子である甥,姪がすでに死亡している場合には,その甥,姪の子は相続人とはならない(甥,姪まで)。

    エ 注意すべきケース(※2)

    下記のケースは,法定相続人にあたるかどうかの判断に注意を要する。
  • ① 別居中だが離婚していない配偶者
  • ② 離婚した元配偶者
  • ③ 内縁の夫,妻
  • ④ 養子縁組した子
  • ⑤ 養子(普通養子縁組)に行った子
  • ⑥ 子の配偶者
  • ⑦ 配偶者の前婚の子(連れ子)
  • ⑷ 法定相続分
  • 遺言がない場合,誰がどれくらいの割合で相続財産を相続するのかという点についても,遺産分割協議がまとまらない限り,家庭裁判所の調停や審判を経て,最終的には,法律が定める割合(法定相続分)に従って,遺産分割がなされることになる。したがって,法定相続分について理解しておくことも極めて重要。 法定相続人が,

    ア 子と配偶者の場合

    各1/2ずつ

    イ 配偶者と直系尊属の場合

    配偶者が2/3,直系尊属が1/3

    ウ 配偶者と兄弟姉妹の場合

    配偶者が3/4,兄弟姉妹が1/4 * 子,直系尊属,兄弟姉妹が複数の場合,上記の割合をさらに頭数で割ったものとなる。

※2:①○,②×,③×,④○,⑤○,⑥×,⑦養子縁組をしていない限り×

5 負債の方が多い場合

⑴ 相続放棄

被相続人に負債があった場合,遺言書の有無,内容に関わらず,法定相続人が,法定相続分に応じて当然に,負債を引き継ぐことになる。遺言で,特定の財産を相続させる者に借金の返済も負担させる,と定めたとしても,法的な拘束力はなく,債権者に対して主張することはできない。また,相続人間の話し合いで相続する負債の割合を決めることもできない。 相続人が負債を引き継がないようにするためには,相続放棄の手続をしておく。ただし,相続放棄をすると,プラスの財産も相続できなくなる。相続放棄をした者は,はじめから相続人にならなかったものとみなされる(民法939条)。 相続放棄をするためには,「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月以内」に,家庭裁判所に相続放棄の申述を行う必要がある(熟慮期間)(※3)。

⑵ 単純承認

単純承認とは,被相続人の権利義務を無条件かつ無制限に相続人が承継することをいう(民法920条)。 相続人が,
  • ① 相続財産の全部または一部を処分したとき(※4)
  • ② 相続開始を知った時から3カ月以内の熟慮期間内に,放棄または限定承認(※5)をしなかったとき
  • ③ 限定承認または相続放棄をした後でも,相続財産を隠匿したり,密かに費消したり,悪意で財産目録に記載しないなどの背信的行為があったとき
  • は,単純承認をしたものとみなされる(民法921条)。これを法定単純承認という。

    ※3:相続財産の状態が不明で3カ月では承認するか放棄するかを決められない場合には,熟慮期間内に家庭裁判所に申し立てれば,この期間を延長してもらうことができる。

    ※4:軽微な慣習上の形見分けや,身分相応の葬儀費用の支出などは「処分」にあたらない。

    ※5:限定承認とは,相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済するという,留保付きの相続の承認をいう(民法922条)。手続が面倒であり,かつ相続人全員の同意が必要であることから,あまり利用されていない。