拘禁刑における作業・指導の義務付け等に反対する会長声明(2022年5月2日)(本イベントは終了しました。)


拘禁刑における作業・指導の義務付け等に反対する会長声明



  2022年(令和4年)3月8日、法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下「法制審部会」という。)を経た答申を受け、「刑法等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)が閣議決定を経て今国会に上程され、審議中である。
  本法案は、再犯防止を目的として、処遇プログラムの義務付けや福祉的支援の強制につながるような矯正及び更生保護における処遇の強化を図る内容が中心となっている。しかしながら、医療や福祉は、本人のために本人の意思に基づいて受けられるべきものであり、刑事司法から医療や福祉への橋渡しが必要になることがあるとしても、本質的に権力性を内包する刑事司法の関与は謙抑的であるべきである。以下、本法案の問題点を指摘する。
1  作業・指導を義務付ける拘禁刑の創設について
  刑法改正案第12条第3項は、現行の懲役刑と禁固刑を一本化した「拘禁刑」の受刑者に、改善更生を図るため必要な作業・指導を強制するものとなっている。
  しかしながら、被拘禁者に対する国際的な最低基準を定めた国連被拘禁者処遇最低基準規則(1955年の国連被拘禁者処遇最低基準規則が2015年に改訂されたもの。以下「マンデラ・ルールズ」という。)においては、犯罪をした者が社会に再統合されるようにすることが必要であるとされ、そのため当局の側に、適切かつ利用可能な教育、職業訓練、作業その他の援助を提供する義務を課す(第4条第2項)一方で、受刑者に対しては、作業や社会復帰に積極的に参加する機会を権利として保障しており(第96条第1項)、受刑者に対して義務を課してはいない。
  また、日本において現に行われている作業の強制に対しては、社会権規約委員会から、矯正の手段又は刑としての強制労働を廃止し、社会権規約第6条の義務に沿った形で関係規定を修正又は廃棄するように勧告されている(国連社会権規約の実施状況に関する第3回日本政府報告書についての2013年(平成25年)5月17日付総括所見パラグラフ14)。
  このように、作業や指導の義務付けは、国際基準に反している。
  しかも、各種指導には思考パターンや考え方を変えさせるようなものが含まれているが、強制力をもって人の内心に干渉し変容させることは許されないし、効果的でもない。
  したがって、当会は、「各種指導を義務付ける自由刑の単一化に反対する意見書」(2019年(令和元年)12月26日)(別添資料[こちら])で述べたのと同様に、拘禁刑は、移動の自由を制約する自由刑として純化させる方向で行われるべきであり、受刑者に対して作業・指導を義務付けることについて反対する。
2  その他の諸制度について
(1)更生緊急保護の処分保留釈放者への拡大・前倒しや生活環境調整の勾留中被疑者への拡大
本法案は、更生緊急保護(更生保護法第85条)の対象者について、現行の起訴猶予者から、処分保留釈放者にまで拡大・前倒ししている(更生保護法改正案第85条第1項第6号)。
また、現行法上刑事施設被収容者等を対象とする「生活環境の調整」の対象を、勾留中の被疑者にまで拡大する一方(更生保護法改正案第83条の2第1項)、その実施の有無は事実上検察官の意見に左右される仕組みとしている(更生保護法改正案第83条の2第2項、第3項)。
これらは、更生緊急保護や生活環境調整の対象者を、検察官による起訴の可能性が残されている段階にある被疑者にまで拡大するものであり、検察官が求める方向での更生保護施設への入所やプログラムの受講等を事実上強制されることになりかねない。すなわち、本人の意思に基づいて提供されるべき援助を、検察官の判断に委ねることにつながり、援助の在り方を根本的に変質させる懸念がある。
よって、当会は、これらの検察官権限の拡大について反対する。
(2)民間事業者による専門的処遇プログラムの受講義務付け
本法案は、保護観察中の特別遵守事項に、民間事業者が行う「特定の犯罪的傾向を改善するための専門的な援助」を新たに加えている(更生保護法改正案第51条第2項第7号)。
特別遵守事項は、保護観察対象者がこれを遵守しなかったとき(全部執行猶予の場合は加えてその情状が重いとき)には、執行猶予や仮釈放が裁量的に取り消しされることになるものである。
このため、この特別遵守事項としての委託を受けた民間事業者は、保護観察対象者が定められたプログラムの受講を遵守しているのかどうかを監視し、それを保護観察所に報告するという形で、保護観察所の指導監督という権力的作用の下請けをさせられることになる。そうすると、保護観察対象者は、監視・報告をする民間事業者に対して自分の素直な気持ちや生活状況を正直に打ち明けて相談することができなくなり、結局、当該民間事業者は効果的なプログラムの提供ができなくなってしまう。
よって、当会は、民間事業者が行う専門的処遇プログラムの受講を保護観察の特別遵守事項として義務付けることについて反対する。
(3)「訪問」型保護事業
更生保護事業法改正案第2条第3項は、これまでの「一時保護事業」を見直し、新たに「通所・訪問型保護事業」とするものである。
住居は個人が私生活を送る私的領域であり(憲法第13条)、住居の不可侵は憲法第35条第1項によって保障されているものであるから、大前提として、「訪問」型保護事業は、本人が希望するか、少なくとも本人の真意に基づく同意がなければならず、一旦同意があったとしても途中で本人が中止を望んだ場合には、何ら不利益を伴わずにその意思が尊重されなければならない。
この点、「訪問」型保護事業の対象者には、保護観察に付された者や処分保留釈放者が含まれる(更生保護事業法第2条第2項第1号、更生保護事業法改正案第2条第2項第7号、第3項)ことから、前述の2(2)の民間事業者による処遇プログラムの義務付けや、2(1)の処分保留釈放者に対する更生緊急保護としても可能ということになり、法律上ないし事実上の強制がされかねない。
また、本人の真意に基づく同意があったとしても、訪問の際にはその目的を明確にするとともに、私物の調査・探索や提出が行われるようなことがあってはならない。
よって、当会は、「訪問」型保護事業について、事実上も含めた強制となり得る形態での導入には反対する。仮に導入するとしても、住居の平穏やプライバシーに配慮した仕組みにすべきである。
(4)刑執行終了者等に対する「援助」
本法案は、「刑執行終了者等に対する援助」として、保護観察所の長が、刑執行終了者等に対して、「更生保護に関する専門的知識を活用し、情報の提供、助言その他の必要な援助を行うことができる」という規定を新設している(更生保護法改正案第88条の2)。
今回の新設条項自体は、「その者の意思に反しないことを確認した上で」とされており、「援助」を受けるよう強制されることはないはずである。
もっとも、これが刑事施設被収容者に対する生活環境調整(更生保護法第82条第1項)と合わせて実施されると、本人が積極的に希望していない場合であっても、法的義務はないにせよ、施設内処遇への影響や仮釈放への期待から、心理的には拒否しづらい状況になることが考えられる。
したがって、当会は、刑執行終了者等に対する「援助」について、本人の自由な意思の表明を十分に確保し、事実上の強制とならないように運用すべきであることを指摘する。

    2022年(令和4年)5月2日

京都弁護士会                

会長  鈴  木  治  一  
    


※  本法案に含まれる個別の法律の改正案については、それぞれ「刑法改正案」「更生保護法改正案」「更生保護事業法改正案」と表記している。

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